心から強く願うこと
ここまで来れば大丈夫だろうか――?
男が走りながら、ふと後ろを振り返った瞬間――
「ぎゃっ!」
同じく猛スピードで走ってきた里奈とぶつかり、二人は派手に尻餅をつき、その場に倒れこんだ。
「リナ様、大丈夫ですか!?」
前を走っていたリチェーヌが、里奈に駆け寄り、体を起こす。
いたたた……と言いながらお尻をさする里奈を無視して、男は急いで起き上がり、その場から立ち去っていく。
(もしかして今のは、放火犯?!)
一瞬、脳裏に浮かんだが、今は犯人を捕まえるより、王子の救出が先だ。
リチェーヌに支えられながら、立ち上がった里奈は、温室へと再び走り出す。
目の前にした温室は黒い炎が上がり、ガラスが割れ、そこから勢いよく炎が外へと舞い上がっていた。
炎によって飲み込まれたこの状態で、アルフォードは無事だろうか――?
里奈は首から下がっている魔石を右手で握りしめる。
そして、自分の中の全ての情報をフル稼働し、火災の時どうしたらいいか必死で考える。
しかし、火災訓練のときに習ったことは、自分が火災現場に出くわしたときの『逃げ方』だけ……
人命救助の仕方なんて教えられていない。
「消防車は?! 速く消火しないと丸焦げになっちゃうよ!!」
「リナ様はここにいてください! 私が行きますから!」
動揺している里奈の肩に手を置き、目線を合わせ深呼吸するように言った。
涙目になっている里奈は、言われた通り深呼吸する。
息を吐き終わった次の瞬間――
(えっ? リチェ?)
彼は今までに見せたことがない、優しい表情を里奈に向け、次の瞬間には、炎の中へと突き進んでいった。
「リチェ!」
大声で叫ぶも、里奈の声はすぐさま何かが崩れる轟音によってかき消される。
「どうしよう、このままじゃ、リチェも死んじゃうよ……お願い、神様……。もう元の世界に帰れなくたって構わないから……だから二人を助けてください。お願いします! この前神様に向かって、ひどい暴言を吐いたことなら謝りますから! だから、お願い……」
さっきから、手のひらから血が出ていてジンジンしている。
ぶつかったときにできた傷……
でも今はそんなことなんてどうだっていい。
血がにじむ右手でぎゅっと魔石を握りしめる。
(もし、私が魔法使いの血を受け継いでいるのなら、今使わないで、いつ使うのよ――)
里奈は、夢で見た母の姿を必死で記憶から呼び起こす。
確かに母は言っていた――
『強く願い欲するまでどうか静かに眠り、彼女の身を危険なものから守りたまえ』
つまり、私が魔法の力を強く願えば使えるのかもしれない――
そして、炎が轟々(ごうごう)と燃え盛る温室に向かって、一歩踏み出し、魔石を握ったまま大きく息を吸い目を閉じた。
「ローゼンの血よ、私に力を貸して! どうか、二人を守れる力を貸して! この炎を消して!」
後になって思えば、この時いろんな偶然が重なっていたのかもしれない。
でも、この世に偶然ないだろう。
だって、自分で願って進んだ道なのだから、全て起こるべくして起こったのだ。




