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私は魔法使いなんかじゃない!  作者: いと・うさぎ
アムステール王国再建物語Ⅰ
38/235

火災

(よし……眠ったようだな……さっさと火をつけてここから逃げないと……)


 黒ずくめの男が、小さい箱からマッチを一本取り出し、床にいておいた石油に近づけながら点火させる。


 すると、瞬く間に炎の道ができ、一気に周りの草木にバチバチと音を立てて、燃え移っていく。

 それは火の馬が走っているかのよう――


 男は、すぐさま扉を開け、脱出しようとしたが、温室から完全にでる間際に、すやすやと眠る王子の姿が目に入ってしまった。

 

(これで……いいんだよな……)


 扉の前で男は立ち止まり、自分の心に尋ねる。

 男が立ち止まっている間も、どんどん炎は王子の元へ迫っていく。

 

 その時だった。


 奥から、ゲホゲホとむせる音。


 男は息ができなくなった。

 でも、それは炎のせいでも、煙のせいでもなかった。


 男の顔に汗がぶわっと吹き出す。

 心臓の鼓動がどんどん速くなっていく。

 ドアノブに掛けられた手が動かず、汗がにじむ。


(今ならまだ――)


 男は一瞬、王子のもとへ走ろうかと思った。

 でも、それは一瞬のこと。


 頭の中で、仲間たちの声が響き、それはすぐさまかき消された。

 そして、唇を噛みしめ、

「ちくしょう!! ちくしょう! 何で俺なんだよ!! なんで俺がこんな役目を……」

右手でドアノブをぎゅっと握りしめたまま、左手で扉を叩く。

 

 ドン……ドン……ドン……


 男が叩く音が温室に響くが、炎で巻かれた木が倒れる音で、かき消されていく。


「た、たすけて……く……れ」


 か細い声が、後ろから微かに聞こえたが、もう遅い。

 彼は、自分の心に蓋をし、頭を下げて勢いよく駆け出していく。


「俺は間違っちゃいない! こうしないと俺らの生活はよくならないんだ!!」


 叫びながら、自分の最大限の力で走る。

 侍従や侍女たちが、水を早く! と叫びながら行き交う中をすり抜け、皆が向かう方向とは逆に走っていく。


 侍従たちがどんなに頑張っても、あの火災はもう消し止められない――

 もう王子は目を開けることはない――


 男は拳を握りながら走っていく。




 




 


 




 

  





 

 

 

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