温室の中で思うこと
一方のアルフォードには、里奈の想いはもちろん届いておらず、いつも通り自室で昼食を済ませると、温室へと向かった。
それは、いつもと変わらない日常――
変えたくても変わらない日常――
温室に入り、一番日当たりのよい場所に設置されている木のテーブルに向かう。
その途中で、昨日まで一本も咲いていなかった、赤い薔薇がいつの間にか沢山花開いているのに気が付いた。
薔薇の他にも、ペチュニアやチューリップ、マリーゴールドなど、色とりどりの花が天井のガラス板から差し込む太陽光に向かって咲きほこり、甘い香りを漂わせている。
ここは一番落ち着く場所だ……
ここにこれば、色々考えずに済む……
そして、椅子に腰かけ、読みかけの歴史書の挟んであるしおりをとり、続きを読み始める。
この読書は五年前からずっと続けている毎日の日課だ。
ずっと部屋から出ない自分をイリヤが心配して、この場所に連れてきてくれた。
事件以来、ずっと放置されていたこの温室を、侍従や侍女たちが一生懸命手入れしてくれたので、昔のような美しい状態に戻った。
この温室がなかったら、今の自分はいないだろう……
読んでいるつもりが、全く頭に入っていかない。
その代りに、この温室のこと、皆が自分にしてくれたこと、そして、事件のことを考えてしまう。
いつもなら、過去のことを思い出すことなんかないのに――
アルフォードは、いつもの調子が狂い始めていることに気が付き始めていた。
「絶対あいつのせいだ。あいつが来たから俺の調子も悪くなったんだ!」
ここにはいない彼女の姿を思い浮かべながら悪態をつく。
「どうせ、帰れない~とかいってぎゃんぎゃん泣きわめいているんだろうな。笑える。口答えするから大変な目に遭うんだ」
アルフォードは鼻を鳴らしながら、深く椅子に腰かけ、光が優しく差し込む天井を見上げる。
この温室は天井もガラス張りだが、直射日光が当たりすぎないよう一流建築士が念密に計算して設計したので、光がまるで降ってくるかのような優しい光で包まれている。
温度管理もできるよう、換気口や暖房設備も取り付けられているが、今の季節は稼働していない。
よって、花々の香りが温室中に立ち込めていた。
だから、彼は気づかなかった――
温室の床に、石油がまかれていることも、扉近くの大きな木の幹に潜んでいる男の姿にも――
そして、温かい心地よい罠の中で、彼は夢の世界へと誘われてしまった。




