次へ進む道
「いやいや、そんな生涯を捧げてもらっても困るというか、じ、自分の人生は……い、一度きりなんだから、やりたいことをさ……やった方がいいというか……」
意味不明なジェスチャーと、しどろもどろな言葉。
明らかに動揺しているのはバレバレだ。
そんな里奈の様子を見ながら、「私は騎士ですから。何なりと命令を」と、笑うわけでもなく無表情でリチェーヌは立ち上がり言った。
(そういうことじゃないんだけど……)
今までいた世界と感覚がかけ離れていて、どう対応したらいいか分からない里奈は、リチェーヌから視線をそらし、ぎゅっとスカートの裾を握る。
「どうかされましたか? 体調が悪いのですか?」
「え!? 大丈夫大丈夫!! 全然平気!」
「そうですか。それでは、出発してこの国から離れましょう。馬を用意してありますから」
「う、馬~!?」
叫ぶ里奈をよそに、リチェーヌはさっさと歩いて行ってしまったので、あわてて追っかける。
ジェントルマンなのか冷たいのかよくわからない。
連れて行かれた場所には、黒いたてがみに栗色の馬が二頭大人しく草を頬張っていた。
手綱は木につながれていて、ちゃんと乗れるようどちらの馬にも鞍が装着されている。
初めて間近で見る馬だったのでなかなか近づけない。
リチェーヌは「襲いませんから」と一言だけいって、手綱を木から解き里奈に渡そうとする。
「私、馬をこんなに近くで見るのも初めてだし、乗馬だってしたことないから無理! リチェーヌさんの後を走ってくから大丈夫だよ」
一歩ずつ馬が近づいてくるので、里奈もまた一歩ずつ下がっていく。
リチェーヌは手綱を渡したくても渡せずにいた。
「そうですか……さすがに走ってついてくるのは無理ですので、私の前にお乗りください」
「ほんと、私のことは気にしないで!!」
「それでは意味がないのですが」
「……でも……」
「怖くないですから。馬は優しい生き物です。右手を出して」
言われるまま右手をリチェーヌに向けて差し出す。
彼はその手をとり、馬の頭に乗せ、里奈の手でゆっくり頭から鼻へ向けて撫ぜた。
その間、馬は暴れることなく大人しくしてくれたので、里奈の緊張が和らいでいく。
「馬は警戒心が強いので、後ろから近付くと蹴られます。前から視界に入っていけば大丈夫です」
「へぇ~、そうなんだ。かわいい」
緊張が解けてきたところで、リチェーヌは鞍に乗るよう指示をする。
渋っていても仕方ないと思った里奈は、恐る恐るあぶみに左足をかけた。
そして、後ろから支えられながら一気に重心を上へ押し上げ、馬へまたがる。
ぎゅっと、手綱を持ったまま固まっている里奈に、「そのままでいてください」と言いながら、リチェーヌもまた里奈の後ろへ馬へまたがった。
そして、間髪入れずに、里奈から手綱を引き取り、馬を発進させた。
「落ちる、落ちる~!!」
「落ちません」
里奈の叫びに冷静に答えリチェーヌは、どんどんスピードを上げていく。
思ったよりも地面より離れているように感じるし、なにせかなり上下に揺れるので、高所恐怖症でなくても怖い。
前かがみになって必死に揺れに耐えている里奈にリチェーヌは向かう先を伝えた。
「このまま、城下町を進み、一気に国境の検問を越えます」
「ちょっと待って!! 私、まだ帰れない!」
その言葉に驚いたリチェーヌは、馬の速度を急に弱め、「なぜです?」と里奈に問う。
態勢的に後ろを振り向けない為、彼がどんな表情をしているのか分からないが、多少なりとも驚いているように感じられた。
「このまま放っといて自分だけ帰れない。このままクーデターになれば、たくさんの人の血が流れる。内乱なんてよくないよ! 知った以上、このことをあの王子に伝えないと!」
「外から来たあなたに、そこまでしてもらう必要はないです。これ以上この世界にかかわれば、あなただって傷つき、最悪、帰ることができなくなるかもしれない。それでもいいのですか?!」
今までの、感情のこもっていない発言とはうって変わって、彼の真剣さが顔を見なくても伝わってきた。
里奈は鞍をギュッと握りしめ、揺れる中、目を閉じ深く息を吐く。
(私は決めたんだ――自分が正しいと思うことをするって)
そして、ゆっくり目を開けた。
「何もできないかもしれない、帰れなくなるかもしれない、それは十分承知の上で、王宮に向かわせてもらえないかな。こんなモヤモヤした気持ちのまま帰っても気持ちは晴れないし、後悔すると思うから。作戦まで聞いてしまった以上、このことを王子に伝えて誰も死なないようにしたいし、『命を懸ける前にまずはお互い話し合え』って彼らに言ってやりたいの!!」
里奈もまた、必死にリチェーヌに自分の思いを伝える。
彼がどう受け取ったか分からない。
自分の心臓の音と馬の蹄の音だけが耳にしばらく響いていた。




