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私は魔法使いなんかじゃない!  作者: いと・うさぎ
アムステール王国再建物語Ⅰ
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今自分がすべきこと

 次の日、いつものように道場で床掃除をしていると、後ろから祖父が竹刀で肩をバチンと叩いてきた。


「痛った~。真面目に床拭きやってるよ!?」

 

 里奈は祖父を見上げながら自分の仕事ぶりを主張。


「どこが、真面目なんじゃ。さっきから溜息ばっか。心ここにあらずなのによくもまぁ、真面目とかぬかしおるな!」

「色々私だってあるんだよ!」


 里奈は立ち上がり、ムッとしながら雑巾をバケツに放り込んだ。

 床掃除はあと半分残っているが、ボイコットすることに決め、道場から去ろうと靴下を履く。

 すると、またしても右肩を竹刀で軽く叩かれた。


「もう! おじいちゃん、何で叩くの!? 私、何か悪いことした?!」

 

 自分と同じくらいの身長の祖父を睨みつけたが、威嚇するどころか、里奈の心は祖父に見透かされていた。


「悪いことをしたという顔しておる。さては、何か学校であったのだろう?」

「何にもないよ……ただ、ちょっとね、聞いちゃいけないことを聞いてしまっただけ……」


 祖父は目を細め里奈を見つめる。

 その眼を見ていると、心から何かが溢れてきて、自分でもどうしたらいいか分からなくなってしまう。

 そして、昨日のことを自然と話してしまう自分がいた。


 里奈の話を聞き終えた祖父は、里奈に道場の真ん中で目を閉じ座るように言った。


(また竹刀で叩かれるんだろうな……)


 そう思いながら目を閉じる。

 しかし、いっこうに祖父は叩いてくる気配がない。

 そのかわり、里奈に問いかけた。


「人生というものは、選択の連続じゃ……簡単な選択もあれば、胸が張り裂けそうになるくらい悩まされる選択もある。時に選択を誤って、自分の思い描いていた道から外れることもあるじゃろう……」


 落ち着いた祖父の声が、道場全体に響き渡った。

 遠くで雨の音が微かに聞こえる。

 祖父は里奈に優しく諭すように続ける。


「生きていれば理不尽なことにも合うだろうし、自分にはどうすることもできないこともある。そんな時こそ、周りに流され自分の中の信念を曲げてはいけない。里奈、お前はどう生きたいのじゃ? 」

 急に質問されたので、目を開け、祖父を見上げる。

 

「どう生きたいかなんて考えたことないよ。だって、まだ私小学生だし……」

「年齢なんて関係ない。お前は嘘つきで、正しくないことも平気でやる、悪い人間になりたいのかい?」

「そんなのにはなりたくないよ! 正しく生きたいし、自分に正直に生きたいよ!でも、今度は私が女子から仲間はずれにされちゃうんだよ……」


 叫びに似た声で里奈は祖父に言い放つ。

 どうせおじいちゃんにはわからない――

 里奈はそう思ってしまう。

 

「苦しい気持ちはよくわかる。でも、本当に仲間外れにされている子を放っておいていいのかい? 里奈はそれで後悔しないのか? それが里奈にとって最善なのかい?」


 自分より少し背の高い祖父は、里奈の目線までかがんで言った。

 その強い凛とした眼差しは今でも忘れられない……


「どんな時も、どんなことがあっても、後悔しないよう生きなさい。自分の心に語りかけ、本当に自分が正しいと思うことをやればいい。他人が里奈の選択を判断する訳ではないんじゃよ。里奈自身が将来、その選択が間違っていなかったのか判断することになるんじゃ。そして、その正義感のために心が傷つくこともあるじゃろう。でも、里奈のその勇気がきっと多くの人を助ける」


 祖父は竹刀を床に置き、大きな手で私の頭を撫でた。

 すると、目から涙があふれ、せっかく拭いた床の上にぽたぽた落ちていく。


「里奈、あれこれ考えずに、自分が本当に『正しい』こと思うことやってみなさい――」


 里奈は頷き、シャツの袖で涙を拭うと、道場の入口へ走り靴下と靴を急いで履いた。

 そして、傘を広げ雨が降る外へ駆け出していく。


(おじいちゃんの言うとおりだ。私が今すべきことは森本さんに『あのこと』を伝えることだ!)


 森本彩花が、皆に裏切られたことを知らないままでいるよりも、自分が安田愛子たちを裏切って、皆からハブられる方がずっといい――

 

 そう思うと心がすっと軽くなった気がした。

 

(さすがに、もう公園にはいないよね……?)


 息を切らしながら、さくら公園へ入っていく。

 雨が降る公園には人っ子一人いなく、雨音だけしか聞こえてこない。

 里奈はキョロキョロと辺りを見回しながら中へ進んでいくと、時計台の下で傘もささずに、ぽつんと立ったままでいる三つ編みの女の子を見つけた。


「森本さん!」


 里奈は、叫びながら彼女に駆け寄った。

 森本彩花は、待ち合わせの時刻から、ずっとここで傘もささずに待っていたらしい。

 服の色が変わるほど、彼女はずぶ濡れだ。

 里奈は、そっと自分の傘に彼女を入れて話しかける。


「森本さん……待ってても、誰もこないよ……」

「……」


 森本は何も言わず、ただ俯いている。

 ぽたぽたと、長い三つ編みから水滴がしたたり落ちる。

 そんな彼女に、なんて声をかければいいのか分からない里奈はとりあえず、自分の家の道場に連れていくことに決めた。


 そして、氷のように冷たい森本の両手を握り、

「うちのおじいちゃんのチャーハンすっごくおいしいんだ。森本さんも絶対気に入るよ! ご飯食べたら一緒にお菓子買いに行こう!」


 里奈が今伝えられるありったけの言葉で彼女に語りかけた。








 


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