葛藤
「では、これより作戦を説明する」
エミリアは後ろに下がり、用意されてた椅子に腰かけ、代わりに司会進行をしていた男が前に出る。
そして彼は、黒板に地図が描かれている大きな紙を広げ磁石で四隅をとめ、長い棒で城の絵を指した。
「内部の情報によると、王子はアムール城の一番奥の東の塔を居住空間としており、そこから出入りすることはほとんどない。また、警戒心が非常に強いので、侍女や側近のごく一部の者しか東の塔に出入りすることを許さず、外部の人間とのやり取りは全て、側近のイリヤ・ヴォンテールがやっている。このことは我々にとってかなり良い条件である」
皆が、その地図を少しでもよく見ようと身を乗り出すので、里奈が座っている所からは全く見えない。
その上、隣のおばさんたちが、前の人の頭と頭の間に割り入って地図と見ようと押しのける。
里奈は、何度も倒れそうになるのをぐっと堪えないといけなかった。
(ちょっと~押さないでよ~! ってか胸あたってますって……)
里奈もおばさんも必死だ。
「東の塔を攻め込むことができれば、我々の勝ちである。しかし、王宮の警護護衛たちがそう簡単に我々を入れるはずもないし、彼らはその道のプロだ。正面から突入はかなり厳しい……」
次第に部屋は、ガヤガヤとした元の雰囲気に戻っていく。
民衆は口々に「じゃあ、どうするんだ?」「何か方法があるのか?」と説明している男に向かって叫び始める。
そんな様子をエミリアも神父もただ黙っているだけで、介入する様子はみられない。
一方、里奈もどさくさに紛れて「ちょっと、押さないでください!」と隣のおばさんに向かって叫んでみるが、彼女らの耳にその声が届くことはなかった。
「静粛に!」
説明している男とは別の補佐役の青年が、民衆に向かって叫んだ。
「厳重な警備の中で、どうやって城に侵略するかだが、まず王子の毎日の行動リズムはだいたい決まっていると報告があった。アルフォード王子は十二時ぐらいに昼食を取ったのち、温室にて二時間ほど読書を楽しまれる。この『温室で読書を楽しんでいる』時間は人払いをし、側近のイリヤや護衛の者を外で待たせるらしい。ここが狙い目だ」
男は自信満々に、温室の場所を棒で叩きながら、自分に注目する民衆に向かって言い放つ。
「温室は全面ガラス張りで、中の様子がよくわかる。また、地図を見れば分かるように、ここは東の塔の中にありながら、侍従侍女が頻繁に行き来する回廊の側にあるので、近づいたとしても怪しまれない。そして、周囲には木々が生え茂っているので、万が一怪しまれても隠れることができる」
城の構図を里奈は思い返してみるが、全く彼らの話と一致するはずもない。
自分がどこで寝ていて、どこの部屋に行ったのか、この地図では分かりようがなかった。
(あの城、別に警備厳しくなかったと思うけど……きのうせい? それに結構ボロボロだったし、簡単に出ることできたけど……)
里奈は一人、彼の作戦を聞きながら首を傾け思った。
多分、民衆が正面から押し寄せても、あの王宮には彼らを締め出す力は残っていないだろう。
つまり、アルフォードたちを王宮から追い出すなんて朝飯前ということだ。
この人たちが武器を片手に押し寄せたら、アルフォードは国を建て直すどころか、国外へ追放される。
(追放じゃなくて……殺されてしまうんじゃ……)
里奈は、頭の中で世界史の教科書のフランス革命のページを思い浮かべた。
民衆が貧困で苦しんでいるのに、贅沢三昧な生活を送ったルイ十六世とマリー・アントワネットの最後はギロチンで処刑――
色々彼らとアルフォードが重なっていく……
(どうしよう……あの性悪王子に伝えてあげないとマズイ……でも……)
「王子が読書をする前に、中に侍従として働く我々の仲間に手引きしてもらい、温室に油を気づかれないようまく。そして、王子が来たら着火する。王宮がパニックになってる隙に、我々が一気に攻め入り王宮を占拠する!! 失敗は許されない、短期戦だ。青薔薇様の加護の元、今こそ皆で団結し悪しき者を排除しようではないか!!」
再び、拍手が巻き起こり人々は一気に立ち上がって、前の男に熱い視線を送る。
温室に火なんてつけたら確実に大火事になる――
彼らはアルフォードを追い出すのではなく殺そうとしている――
部屋全体がわっと熱気で溢れたが、里奈だけは悪寒が走った。
歴史の授業の教科書や資料集でしか見たことがない光景が、今目の前で繰り広げられようとしている。
結果が伴わずに鎮圧されてしまう『一揆』となるのか、それとも権利を獲得し国の歴史を変える『革命』となるのかは、この時点でわからない。
しかし、里奈には一つだけ分かることがあった。
『たくさんの人の血が確実に流れようとしていること――』
戦う前に、まだ彼らには『やるべきこと』があるはずだ……
里奈の心は大きく揺れ動いていた。




