潜入
勢いよく、水たまりにダイブした里奈は全身泥だらけになったが、幸い顔は無事だった。
もう、溜息をつく気力もない。
「ちょっとぉ~あんた大丈夫? それにしても見事に突っ込んだわね~。早く中にお入り」
神父らしきオネェな男が手招きしている。
かなり怪しい……
里奈は、起き上がりじっと彼を見つめる。
「あ~もう、あんたもどうせ、あの大人たちに加わって王政を潰しに行くんでしょぉ~? そんなとこに突っ立ってたら、風邪ひいてそれどころじゃなくなるわよぉ?」
物騒なことをさらっというこの人は、本当に聖職者なのか?
この国の宗教事情はわからないが、一般的に神に仕える人っていうのは、平和や友愛を説く人なのではないのだろうか――?
あまりに、里奈が茫然と立ち尽くしているので、しびれを切らした神父が里奈の腕を掴み、強制的に教会の中へ入れる。
「あの、私はその、えっと……」
「なに?」
うまく自分のことを説明しようにも、どうやって説明したらいいかわからない。
それも、王政を潰す発言をしているこの人に対し、自分は異世界から来た魔法が使えない魔法使いで、王宮からたった今追い出されてきました、なんて言えるはずもない。
しどろもどろになっている里奈を無視し、神父は中にいた修道女の一人に、着替えとタオルを持ってくるよう言い、里奈をぐいぐいと引っ張っていく。
中に入ると、そこは里奈のいた世界の教会と似たような造りになっていた。
祭壇も、大きなパイプオルガンも、厳粛な雰囲気もほとんど同じ。
違うことと言えば、中央置くの十字架の隣にある絵がマリア様でもイエス様でもなく、黒髪ロングヘアーの女性が、剣を天に掲げている絵ぐらいだろう。
十字架と祭壇に向かって配置されている木製の長椅子の間をんどん進んで行き、神父は左側の壁際奥の扉を開ける。
里奈はしかたなく黙って、神父の後ろをついて歩いていく。
壁のくぼみの燭台に火がともされているだけの薄暗い廊下は石造りの為、冷ややかな空気で包まれている。
「くしゅんっ!」
くしゃみをする里奈に対し、
「ほらみなさい、着替えを用意してあげるから早く着替えなさい」
と小さい部屋に通し、修道女が持ってきた着替えとタオルを里奈に渡した。
(たしかに、このままじゃ絶対風邪ひくわ……好意に甘えよう……)
「着替えたら、扉の外で待ってなさい。皆のところへ連れてってあげるから」
そう言い残し、扉を閉め彼は出て行った。
(なんかやばいことに巻き込まれそうな予感がする……)
泥だらけの制服を脱ぎ、渡された紺色のシンプルなワンピースを着たあと、髪をタオルで乾かす。
小さな窓から外を見ると、まだ雨は降り続いていた。
窓の金具を外してみると簡単に窓が開く。
(ここから、脱出した方がいいのか――?)
里奈が窓から乗り出し、外を見ていると、扉がいきなり開く。
「あんた、馬鹿なの?! せっかく着替えたのに、またずぶ濡れになりたいわけ?」
驚き振り向く里奈の首根っこを掴み、部屋の外に引きずっていく。
「ぐびが……じまっ……」
ぼすぼすと必死に肘で神父を小突く。
ぱっと離され、里奈はその場に倒れこみ、ゴホゴホと咳き込む。
「ほら、今から決起会らしいから、あんたも早く座んなさい」
神父が指差す方をみると、集会場のような大きな部屋があり、人々が黒板の方向を向いて座っていた。
部屋の定員数をあきらかに超えている……もはや、里奈の座るスペースなんて存在しない。
(座れないからとか言って、ばっくれよう!!)
「定員オーバーみたいなので、私は帰りますね~」
そう言いながら、集会場に背を向け立ち去ろうとしたら、すかさず近くの小太りなおばさんに腕を掴まれ、
「嬢ちゃん、ここ空いてるからすわんな。あんた若いのにえらいね」
とか言われ、おばさんの隣に強制的に収容されてしまった。
こうなったら仕方がない、会合が終わるのを静かに待つしかなさそうだ。
里奈は小さく体育座りし頭を腕にうずめた。
「嬢ちゃん、あんたどこの子? あんたの両親はここにいるのかい?」
隣のおばさんがうずくまる里奈に話しかける。
「いえ……もう私の両親は亡くなってしまったので……」
「そうなのかい。ごめんね、聞いてしまって」
おばさんは申し訳なさそうに、里奈に謝るので、「大丈夫です」とだけ伝え、俯く。
(できれば、誰とも会話したくない~万が一素性がばれたらどうなるか……)
里奈の心とはうらはらに、おばさんは里奈にひたすら話しかけてきた。
「私もね、この前息子を病気で亡くしたんだ。夫はね、王宮の護衛官だったんだけど、あの五年前の事件に巻き込まれて死んでしまった……あの事件さえなければ、ちゃんと王政がしっかりしていれば、魔法使いがちゃんとこの国を守ってくれてさえいれば、夫は死ななかった。息子の流行病だって治療できた」
重い話を急にされた里奈はなんといっていいか分からなかった。
しかし、自分の正体がばれるのだけはマズイことは、はっきりと分かった。




