性悪王子
お風呂から上がった里奈は、用意されていたバスローブを身にまとい、そっとアンジェリカたちが待つ部屋の扉を開ける。
「湯加減はいかがでしたか?」
アンジェリカが待ってました!というように里奈に駆け寄る。
里奈が、いい湯加減でした、と答えると、満足そうに湯船に入れたバラの花やオイルについて説明しつつ、椅子に案内し、里奈の髪を乾かし始めた。
「髪、自分でできますから……」
「髪ぐらい乾かせて頂かないと、わたくしたちの存在意味がなくなってしまいます。そんな悲しいことを仰らないでください、リナ様……もしここを追い出されてしまったら、わたしたちは路頭に迷ってしまいます……」
「え…そうなの……ごめんなさい。事情知らなかったから……」
里奈は、目を潤ませたアンジェリカの話にどっぷり浸かった。
そして、されるがままに髪はきれいにとかされ、顔や手足にいい匂いがするオイルをたっぷり塗られ、軽く化粧をされていく。
「リナ様のサイズに合わせてお持ちいたしましたドレスでございます。どれを着られますか?」
ベッドの上に並べられたドレスたちを見て里奈は絶句――
「これを着ろと……?」
どのドレスも、結婚式や貸衣装やでしか見られないような、盛大にレースやリボンが盛られている、いかにもお姫様といったドレスだ。
普通の女の子ならきっと、うきうきする場面だろうが、それを凝視した里奈は鳥肌が立った。
生まれてこのかた、女の子っぽいフリフリなスカートを着たことがない。
いつも動きやすいカジュアルテイストにジーパンやら半ズボンでが基本で、休日はほとんど剣道の稽古なので袴をはいている。
そんな里奈の唯一のスカートは、高校の制服だった。
(自分がこれを着ろと――!?)
しばらくそのドレスを黙って凝視したのち、申し訳なさそうにアンジェリカに切り出す。
「あの~、私自前の服がありますので、申し訳ないんですが、黒いハイソックスとローファーを用意していただけないでしょうか?」
ノリノリのアンジェリカと侍女3人が一斉に里奈を凝視――――
そして、一気に彼女らの表情が硬くなっていく……
「はいそっくす? ろーふぁ? とは一体……」
「えっと、長い靴下と黒い革靴のことです」
「ああ……しかし、それらと合うドレスというのは、どういったものなのですか?」
アンジェリカは首を傾げ、里奈を見つめる。
手にはピンク色の大きな花の髪飾りがスタンバイされていた。
それに気づき、里奈も考えを巡らせた。
(まずは、この人たちを洗脳して私の見方につけるのが賢明ね……)
そして、ベッドの横に置いてあった、自分のトランクをドレスの上に置き、蓋を開けた。
*****
着替え終わった里奈が、部屋で待機していると、ノックの音と共に扉外で待機している侍女の声がした。
「お連れしました、入ってもよろしいでしょうか?」
「お通しして」
アンジェリカが言うと、リチェーヌが入ってきた。
里奈は、立ち上がり「あ~!」と彼に指をさしながら叫んだ。
「今までどこにいたの?! っていうか、あの…寝てしまってごめんなさい」
「いえ、問題ありません。あなたの支度が整うまで、隣の部屋で待機しておりました。リナ様、それでは殿下の元へお連れいたします」
頭を垂れたまま、淡々とリチェーヌは言う。
里奈は、指示されるまま彼についていくことに。
部屋を出ると、濃紺の絨毯が敷かれた廊下がずっと続いていた。
壁には絵画が掛けられていたり、彫刻が置かれている。
角を曲がると、窓から美しい庭園が見えた。
色とりどりの花々が咲いて、一見手入れされているかのように見えたが、よく見ると雑草が生え茂っている。
(庭師がいないのかな……?)
この城を歩いていくと、庭の他にも不思議な点がいくつもあった。
シャンデリアの一部の電球はついていないし、窓もいくつか割れておりそれを隠すかのように木の板で覆っている。
先ほどの豪華な部屋とはうって変わって、なんだかみすぼらしい。
しばらく歩いたのち、ある扉の前でリチェーヌが立ち止まり、ノックをした。
「入れ」
その言葉と共に、装飾の施された大きな扉が開いた。
「リナ様、どうぞお入りください」
中に通された里奈はゆっくりと足を進める。
なぜか心臓がバクバクいい、手に汗がにじむ。
(どんな王子様なんだろう……丁重に扱われてるんだから、殺されたりしないよね……?)
真ん中まで進むと、目の前に王座に座り頬杖をついた男が、自分のことをじっと睨んでいる。
(あれ? 思った以上に若い王子様だ……)
よく王子のことを観察したかったが、リチェーヌに事前に指示されたとおり、顔を上げろと言われるまで目線を合わせないよう俯く。
そんな里奈を前に王子と呼ばれているその男は言い放った。
「なんだその恰好は! それがこの私の前に出る相応しい服装だと?! 足をそんなに出して破廉恥だ。一体どういった教育を受けてきたんだ?!」
殿下と呼ばれている男は里奈の服装に衝撃をうけているらしい。
それもそのはず、里奈が着ているのは、ブリブリのドレスでもなく、ここに来たときの服でもない。
毎日きていた高校の紺野ブレザーと赤と紺のチェックのミニスカート、そしてアンジェリカが用意してくれた黒のハイソックスと革靴だった。
どうやら、王子様にはこのスカートの丈はお気に召さないようだが、初対面の女性に向かっていきなり服装のダメだしをするのはいかがなものか!?
里奈は、リチェーヌの言いつけをすぐさま破り、顔を上げ目の前の王子を逆に睨み返す。
「破廉恥って、あんたどこ見てるのよ!! スケベ!! 私が何を着ようとあなたには関係ないでしょ!! だいたい、初対面の相手に向かって怒鳴るなんてそっちの方がどういう教育を受けてるのよ!!」
「あんた…だと?! 私に向かってそのような口の聞き方をするとは――。私は今すぐにでも、お前を牢獄に入れることができるのだぞ!? その失礼な口を慎しめ!!」
目の前の王子は、里奈が暴言を吐くなんて思ってもいなかったようで、眉間に皺を寄せ、汚いものを見るかのような目つきで、里奈を王座から見下ろし叫んだ。
里奈のいる場所から王子がいる場所まで八段くらいの段差がある。
しかし、里奈のいる場所からでも王子の顔立ちや憎たらしい表情はよく見えた。
立派な王座に大きな態度で座っている王子はどう見てもまだ、自分より少し年上ぐらいにしか見えず、金髪に青い瞳の青年だった。
黙っていれば、顔が整っているので、女の子にはモテるだろうが、俺様系は駄目だろう。
そんな彼の隣には、側近らしき男が控え、王子にこそこそと何か伝えているが、構うことなく里奈はしゃべり続ける。
「残念ですが、私はあなたたちが言っているような魔法使いではありませんよ。だから元の世界にもどしてくれませんか?!」
「お前は間違いなく魔法使いだ。それもこの国で一番の魔力をもった一族である『ローゼン家』の血を引く唯一のな。このネックレスがその証拠」
王子は里奈がずっと身に着けていたネックレスを高く掲げ言う。
それは、間違いなく里奈がつけていたもの――
ネックレスが首にかかっていないことに、里奈は言われるまで気づいていなかった。
(いつの間に人の物を――?!)
「この国で唯一の魔法使いであるお前に命ずる――この国をお前の力で救え」
「はぁ――?!」
里奈の声がこの広い部屋全体に響き渡り、性悪王子と里奈の戦いのゴングが鳴ったのだった。




