使者の名前
「おいし~!!」
里奈は、差し出されたスコーンのような焼き菓子と、ポットに入っていたお茶をなんの疑いもなく口にしていた。
自分を王宮からの使者だという男は、里奈の見事な食べっぷりに驚いているのか、それとも、もともと無口なだけなのかわからないが、先ほどから一言も言葉を発しない。
突然、馬車から降ろされてしまう可能性だってあるので、出来る限りエネルギーをため込みたい。
視線を気にせず、里奈はひたすら出されたお菓子を食べつくす。
今の里奈にとっての最優先事項は、目の前の相手の素性や、連れて行かれる事情を聞くことではなかった。
存分にたいらげ、お腹も満たされた里奈は、とりあえず目の前に座っている使者に名前を聞いてみることにする。
「私、宮下里奈っていうんですけど、あなたの名前は……?」
「リチェーヌ・ナイトレイと申します、リナ様」
表情を特に変えず淡々とした口調で彼は自分の名前を述べた。
顔立ちは綺麗だが、目は笑ってなく冷たい――
(ロボットみたいな人……)
それが彼の第一印象――
(でも、足の怪我に気づいて手当してくれたのだから、根は優しい人間味のある人だ!! そんなことを思ってはいかん!!)
里奈は見た目で判断しようとした自分を叱責する。
そして、リチェーヌに質問を続けた。
「リチェーヌさんは、えっと王宮からの使者ってことですが、なんで私なんですか? どうして連れて行かれるんですか?」
「リチェで結構です、リナ様。なぜあなたなのかという質問も、どうして連れて行かれるのかという問いも今ここで、私からお答えすることはできません」
「なんで? いいでしょ? 別に減るもんじゃないし~」
「殿下の命令なので」
「……そうですか」
思ったよりきっぱり断られてしまったので、次が続かなくなってしまった。
馬の蹄の音と馬車がギイギイ揺れる音のみが一定のリズムを刻む。
「私のことも『リナ様』って呼ばなくていいというか、様づけされるほど高貴な身分ではないので里奈って呼んでください」
「それは、できません。アムステール王国にとってあなたは大切なお方ですから」
「いやいやいや…あなたたちもやっぱり何か勘違いしてると思うんですけど……」
里奈は、もっと深く腰掛け、窓に寄りかかり溜息をつく。
リチェの言葉の先はすぐ見当がついた。
『あなたは魔法使い』
一体どこをどう見たら判断できるのか?!
魔法使いという存在は、顔立ちとか目の色とか、何か見た目とか誰でも判断できる特徴があるのだろうか?
「私はごく普通の一般家庭で生まれ育ち、特に特殊な能力なんて全くない、ちょっとだけタフな女の子なだけです」
里奈は窓の外に視線をやりながら言う。
すっかり日が暮れ、窓から外の景色は全く見えない。
街頭や家の明かりすら見当たらなかった。
ポク……ポク……ポク……ポク……
カタン……カタン……カタン……カタン……
一定のリズムで刻まれる音と緩やかな揺れが心地よくなる。
そして、満腹感が眠気をさらに誘った。
「ここの世界の人間じゃない私を連れて行ったって百害あって一利なし……なん……だから」
里奈はもう瞼を開けていられなくなった。
目が覚めたら、これがすべて自分の夢であってほしい――
そう思いながら意識を手放した。




