みんなで歩けば道になる
いつもの日常が戻ってきた。
アンジェリカやリチェ、イリヤは二人のやり取りを見て、そう感じた。
今までの切迫した雰囲気は消え去り、穏やかな日常が戻る。
リチェは、窓の外を見上げる。
曇で覆われていた空から、いつの間にか雲は消え去っていた。
そして、太陽が傾き始め、強かった日差しが、暖かなものへと変わっていく。
「失礼します、殿下。お話が……」
ノックと共に、騎士団団長ジャックの声が聞こえた。
「ジャックか、入れ」
「お取込み中、失礼いたします」
ジャックは、深々と一礼し部屋に入る。
(えっと……誰だっけ?)
里奈が、自分をじっと見つめていることに気づいたジャックは、
「騎士団団長、ジャック・バレンスと申します、リナ・ローゼン様。先ほどは、あなた様を危険な目に合わせてしまっただけでなく、剣まで握らせてしまい、大変申し訳ございませんでした」
と里奈に向かっても深々と頭を下げた。
「え!? そんな、全然大丈夫ですから! 頭を上げてください、ジャックさん」
「ジャックとお呼びください、里奈様。殿下、あの……ご報告が」
「何だ?」
「殿下と里奈様を襲った、エルザを捕え尋問した後、地下牢に送りました。石を投げたのも間違いないとのこと。あと、エミリアの屋敷でリナ様のお茶に毒を盛って、黒魔術をかけたのも認めました」
アルフォードとリチェの目つきが鋭くなった。
里奈はぎゅっとフェイを抱き寄せる。
「リナ……大丈夫だよ。ミストルティンがちゃんと黒魔術を浄化させたから」
「うん。そうだね。あの、それってエミリアがエルザに命令したの?」
ジャックが里奈に向き直し、
「彼とは無関係だと本人は言い張っております」
と短く答えた。
アルフォードは顎に手を当て、しばらく黙る。
エルザ自身がそう言っているが、信用できない。
エミリアがこの件に関して噛んでいないとも思えない。
あの放火事件も、里奈の話だとエミリアが関係していたのだから。
「引き続き、エミリアの動向は監視して報告してくれ。エルザが本心で言っているか分からないからな。エルザにも引き続き尋問するように」
「イエス・マイ・ロード」
報告を終えたジャックは、早々と部屋を後にした。
扉が閉まったのと同時に、アルフォードは、大きく溜息をつく。
里奈は不思議そうに、思ったままを口にした。
「なんで今溜息ついたの?」
「別に……。一難去ってまた一難だから。ゆっくり休んでられないと思って」
「そんなの当たり前でしょ! 今まで引きこもりだったんだから、十分休んだでしょ!?」
「そういう問題じゃないだろ! お前はずっと寝てたからいいが、俺はもう、くたくたなんだよ……」
「エミリアと約束したんでしょ、半年で何とかするって! 演説も、ぐだぐだだったんだから、ちゃんと考えないと、本当に追い出されちゃうよ」
「ぐだぐだってなんだ! もういい! 部屋に戻る!」
ヘソを曲げた王子は、自ら車椅子のタイヤを回し、イリヤが止める間もなく、部屋を出て行ってしまった。
そしてイリヤも彼を追いかけていく。
「あいつが王子だとは、世も末だな」
黙って一部始終見ていたフェイが、里奈を見上げ言った。
里奈は微笑ながら、フェイを自分の顔の位置まで持ち上げる。
「初めはそう思ったけどね。でも、あいつはあいつなりに色々と闘ってると思う。悪い奴じゃないしね」
出会った印象は、最悪。
なんて自分勝手で、人を見下すような発言しかできないのかと苛立った。
でも、少しずつ彼と話すうちに、だんだんその印象が変わっていく。
『ありがとう』も言えなかった彼が、今や『ごめんなさい』を言えるようにまで変わった。
少しずつでも、人も変わっていくんだ。
今できないことも、きっと皆とだったら成し遂げるのではないかと思う。
里奈は立ち上がり、窓を開けた。
心地よいそよ風が、里奈の頬を触れて、髪を持ち上げる。
ぼんやりと外の景色を眺めていたら、ふと、昔おじいちゃんが言った言葉が頭によぎる。
『何もないところを、一人またひとりと同じ方向に歩いていくと、自然と道ができるんじゃ。始めは細いぼこぼこの道でも、皆で歩けばちゃんと太い平らな道になる。だから、一歩でも前に進みなさい』
里奈は確認したくなった。
そして、すかさず信頼している人にぶつけてみる。
「リチェ、とりあえず、一歩前進したよね」
「はい。あの殿下が演説をされたんですから。あなたのおかげです」
里奈は振り返り、後ろのリチェに向き合った。
「ううん、リチェのおかげだよ。結局、リチェが考えた青薔薇作戦だし。いつも、私はリチェに助けられてばっか。ねぇ、私うまくやれてた?」
「ええ。立派でしたよ」
「私、覚悟決めたから。この国がちゃんとまともになるまで、魔法使いやるって。だから……」
リチェは困ったような、仕方がないなぁというような、どちらにもとれる顔をした。
でも、こうなるってきっと彼は分かっていただろう。
たいていの行動パターンは見透かされているから。
そんな彼が、一言だけ釘をさした。
「でももう、あんな無茶はしないでください」
「……それは……どうだろう……」
里奈はリチェから視線をそらすため、フェイをまた持ち上げる。
「リナ! ボクは目隠しじゃないぞ!」
「リナ様……」
「そうですよ、リナ様。無茶はいけません」
アンジェリカまで加わり、里奈に険しい視線を送る。
「そんなの保障できません!!」
そう叫びながら、里奈も扉を勢いよく開け出て行った。
こうして、魔法使いじゃないと言い張っていた里奈は、魔法使いへの道を歩き始めたのだった。




