演説が終わって
それからすぐに、アルフォードの指示のもと、イリヤたちの手により誓約書が作成された。
その誓約書には、先ほどエミリアが言った内容が記され、アルフォードと国民を代表したエミリアの署名によって正式なものとなる。
そして、ひな壇の上の国民の前で、二人はそれぞれペンを取り、その誓約書に署名をしていく。
その様子を、皆がただじっと黙って見つめていた。
アルフォードにとっても、里奈にとっても戦いはこれからだ。
期限は半年……
その期間に、アムステールのこの現状をなんとかしないと追い出されてしまう。
おそらく、里奈もその対象になるだろう。
一難去ってまた一難……
そして二人がサインを終えた瞬間、エミリアがすっとアルフォードの前に右手を差し出した。
アルフォードは怪訝そうにエミリアの顔を見つつ、人前だということを思い出し、右手を同じように差し出した。
「半年の猶予を楽しんでくだされ」
「お前の思い通りにはさせない」
アルフォードは強く握り返して、エミリアに反発した。
すぐ手を離すとエミリアは国民に向き直し、
「さぁ、皆の衆、殿下の演説とやらは終わったようじゃから、お暇しようではないか」
と、杖を数回叩きながら言った。
その言葉を聞くなり、国民は踵を返し、それぞれの帰る場所へ戻っていく。
誰一人として、アルフォードたちに暴言や暴力をふるうことなく、ただ静かに黙々と歩いていく。
彼らも彼らで、それぞれ思うことがあるのだろう。
アムステールに広がっている闇は深い。
それは魔法ではどうにもできないものだということを、少なくとも里奈だけはよく理解していた。
やっと終わった……
アルフォードだけでなく、イリヤやリチェーヌ、騎士団たちも心の中で思った。
緊張した空気から皆解き放たれ、顔が晴れやかになる。
アルフォードは車椅子を方向転換し、近くにいる侍従や騎士団のみんなに向けて、
「みんな……今日は……その……えっと、色々……助かった……感謝している」
と、少し俯きかげんに片言の言葉で言った。
「え……?」
その発言に、周りの皆は目を丸くし、自分の耳を疑う。
そして、一部の者は思わず本心が口からぽろりとこぼれる始末――
「あの殿下から、俺らに感謝のお言葉……?!」
「今……何て仰ったんだ?」
「本当に殿下からそんなお言葉が?」
アルフォードが今までどんだけ横暴だったかが、彼らの思わず出てしまった言葉から読み取れた。
里奈は、そんな彼らの声をアルフォードに聞こえるように代弁する。
「アルフォード殿下から、そんな感謝のお言葉が聞ける日がくるとは、夢にも思っておりませんでしたわ~」
大げさに抑揚をつけて自分のことをからかう里奈に向かって、アルフォードは車椅子のタイヤを勢いよく回した。
「イッタ! っちょっと何するのよ! 危ないじゃない!」
タイヤが里奈の太ももにぶつかり、里奈は思わずその場にしゃがみこむ。
(あれ……? なんだろう……魔法のせいでエネルギーが尽きはじめてる気が……)
「お前がそんなところに突っ立ってるのが悪いんだ! 邪魔だ!」
「何よそれ! 命の恩人に向かってよくもそんなことが言えるわね!」
里奈はゆっくり立ち上がり、アルフォードから離れようとした瞬間――
「お前! よくもリナの足にぃぃ~!!」
「うあ、やめろ! いてっイタイ! 何だこの猫は!!!」
「猫じゃない! ボクは魔獣だ!!! この無礼者めが!」
フェイがアルフォードに飛びつき、爪を立て、アルフォードの頬をひっかいた。
怪我人であるアルフォードに、これ以上怪我させてはまずいので、里奈は急いでフェイを引っぺがす。
「ちょっと、フェイ、やりすぎだよ」
「リナのためにやったんだよ。本当に、こんな馬鹿王子のためにこんな所に戻ってきたなんて……。元の世界の方がよかったんじゃないの?」
「戻ってきた? どういうことだ……?」
「ふん! お前なんかには教えてやらない!」
「お前~!! おい、リナ! 何なんだこいつは!」
里奈の腕に収まったフェイを指さしながら、アルフォードは里奈に噛みついた。
しかし、そんな怒り狂っているアルフォードに、もうかまっているエネルギーはなかった。
「ちゃんと説明するから、とりあえず今は……何か……たい……」
「は? 何か言ったか?」
「だから……その……」
フェイでお腹を隠していたが、もう限界だ……
グリュリュリュ――――
すごい音が皆に聞こえるように鳴り響いた。
「…………なんだその音は……」
アルフォードは、からかうことなく真面目な顔で問いかける。
里奈の耳は、恥ずかしさのあまり真っ赤だったが、だんだん立っているのも辛くなってきた。
(ちょっとは気をつかってよ……馬鹿王子……)
里奈が、残されたエネルギーで叫ぼうとした瞬間――
「リナ様、部屋へ行きましょう」
リチェが背後から里奈の体を持ち上げた。
「ちょっとリチェ……みんな見てるから! 私は大丈夫だって。しょっとお腹空いているだけで……」
「どれだけ周りを心配させたと思っているのですか? 召還魔法は大量の魔力を消費すると言ったのをお忘れですか? 殿下も早く戻ってください。怪我の手当をしないと」
「え……ああ……」
そう言い残し、里奈をお姫様だっこして、リチェはスタスタとひな壇を降りていく。
あまりにも自然だったので、アルフォードは彼を止めることはできず、口を半開きにしたまま彼らをただ茫然と見つめた。
今回もまた先を越された……
リチェが里奈を抱え去った瞬間、自然とアルフォードの頭にこの言葉が浮かんだ。
なぜ、自分がリチェと張り合う必要があるのだろう?
アルフォードは自分の心の声に首を傾げつつ、一歩遅れて彼らの後に続いた。




