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かれらの想い

「まったく、あんたたちの呑気さは筋金入りね!」


 ぷりぷりと怒るおたまを前に、しゅん、とイタチと小人が項垂れる。脱走に成功した彼らはひとまず人気のない部屋に避難しているところだ。


「これがあたしの本性。なぜか急に戻れるようになったんだけど……で、あんたたちは何か感じなかったの?」


 ムッカがおたまの身体を披露するようにくるりと回った。


「なにかって?」


「いえ、特に感じませんでしたけど……でも、言われてみれば元の姿に戻れそうな気がします。ちょっと調整すれば……ほら」


 首を傾げるテンとは裏腹に、器用なビーオはむむっと眉根を寄せて何かに集中する。

 するとその身がするすると縮んで、数瞬後には分厚い絨毯の上にころりと転げる古びた薬匙があった。


「ほおー」


 感心したようなテンが指先でつつくが、薬匙は何の反応もしない。ぽん、と音がして元の姿に戻ったビーオは、困ったように頭を捻った。


「うーん。ムッカのように自立することはできなさそうです。外の状況は知覚できているんですけどね」


 ふうん、とムッカは頷く。一方テンが試すと、ユエの地図が何もない中空から現れるという不可思議な現象が起こった。羊皮紙の、それも思いのほか重たい地図にべしゃりと潰されもがく白イタチを見て、おたまと小人は推測する。


「まあ、テンの場合はそれが本体なんじゃないですかね」


「そうね。そもそも地図が消えたんじゃあ役に立たないし。たぶんそっちのイタチは幽霊みたいなものね」


 それよりも、とムッカは考え込む。


「自分たちで調整が効くようになったのはいいとして。問題なのは、『力』が減ってるってことよ。……たぶん、ユエに何かあったんだわ」


 神妙な様子のムッカに、テンはふと気付く。さっき腹が空いたような感覚に陥ったのは『力』が減少したことに起因するのかもしれない、と。

 元々人間だった頃の感覚を覚えているのであまり気にしていなかったが、自分たちは霊代。ビーオが言っていたように飢餓感とは無縁の存在のはずだ。じわじわと言い知れぬ不安が沸き上がってくる。


「……ねえ。ユエのところに行こうよ」


 きっと、脱走した自分たちを探すために、騎士たちはユエの監視を強化しているだろう。それでも、少女の無事を確かめたくて。

 テンは提案する。


「……そうね、あたしもそうしたいわ」


「僕も、賛成です」


 自分たちはユエなしには存在し得なかった者。

 その繋がりを何より大事に想う霊代たちは、静かに頷き合った。




 ぐずついた様子を見せていた空。とうとう降り始めた雪を見上げてから、ギードは屋敷に足を踏み入れる。


「ああ、ギード。……ティハ君は見つかったかい?」


 リネン類を手に廊下を歩いていたチカが駆け寄ってくる。彼女は手の足りない侍女を助けるため、数日前からダミアンの屋敷に逗留している。

 チカが頭や肩に乗った雪を見て差しだしてきたタオルを有難く受け取りながら、ギードは冴えない表情で頭を振った。


「いや。どこにもいない。……あれだけ目立つ容姿をしているんだ、王都にいるにしろ、出て行ったにしろ、誰かしら気に留める奴がいるだろうと思ったんだが」


「そうか……。彼が見つかればユエの気も晴れるかと思ったんだけれど、そう簡単にはいかないみたいだね」


 チカが顔を曇らせる。

 ギードにはレイナルドの伝手がある。ユエの周囲をうろついていたことのある殿下の隠密部隊にそれとなく探りを入れてみたものの、情報を持っている者はいなかった。というよりも、あの日を境にティハの存在を示す手掛かりはぷっつりと途絶えてしまっている。

 王室に仕え、情報収集においてはこの国の最高峰といっても過言ではない彼らに、糸口すら掴ませないよう消えるなど、常人には不可能なはずなのに。理解できない現象に、ギードだけでなく隠密達も頭を抱えているようだった。


「ああ、それと……ダミアンがね。ユエと結婚すると言っている」


 少し戸惑った様子を見せながら、チカがそっと吐き出した。レイナルドからその話を聞いていたギードはやはり、と瞠目する。

 このままではユエは処刑されてしまう。それを避けるためには最善なのだと諭されたギードだが、自分の例もあるしと素直に賛成できなかった。チカも憂えた様子なので余計に暗澹たる気持ちになる。

 彼女は今回世話を任される際に、ユエが霊代を得ていることを知った。友人の末路を知るチカとしては、素直に喜べないのだろう。


「……霊代は、障害にしかならないからな」


「ああ、いや、違うんだ!……そのことじゃない」


 ギードの苦しみに気付いたチカが慌てて弁解する。


「……ふたりの様子が気になるんだ。結婚は了承しているとお互い言っているんだけれど、どうも雰囲気が変でね」


 ダミアンはユエを好いている。それは、ギードがチカに指摘されなければ分からなかったのが不思議なくらい、傍から見ていてもよく分かるほどだ。

 だが、結婚すると言い始めたここ二、三日、その視線が奇妙に変化していてチカは不安を覚えたらしい。以前のような純粋な好意だけではなく、後ろ暗い何かを含んでいるような、そんな違和感。そして極め付けは、隠しているけれど隠し切れていない、ユエの泣きはらした跡。


「気の所為だといいんだけれど、ね」


 というよりも、気の所為であってほしいんだろうとギードは結論付ける。

 心配するように眉を下げるチカは、昔からそういった心情の機微に聡い。ギードとダミアンの姉、ラウラの仲を取り持ったのも彼女なら、あの時ひとり王宮に赴こうとするラウラの決意に気付いたのもチカだけだった。

 彼女の予感を放っておくのは得策ではない。そう知っているギードは、この件を留め置くことにする。


「……こっちも、気にかけておく」


「そうか、ありがとう。助かるよ」


 少し愁いの晴れた顔になったチカは微笑む。


「雪、積もってきたね」


 そう言った彼女の視線の先で、深々と振り続ける雪は王都を白く染め上げていく。その光景を見て、ふと、シュトカ村にも木枯らしが吹きはじめた頃だろうかとギードは思う。

 あの暖かい南方の村に住まう人々はこの寒さなど想像もできまい。ジークはむっつりと黙ったまま震え、レオなどは自警団の面子そっちのけで子犬のように雪で遊びまわり、風邪を引いたりしそうだ。そんなレオを薬師のバルバが叱りつつも手厚く看護するのだろう。


 懐かしい、温かな空気。もう一度、自分はあそこに戻れるだろうか、と柄にもなく郷愁の念に駆られたが、いや、とギードは目を伏せる。蘇ったのは、両親の死の真相を知った時の悲しげな少女の表情。

 ユエがここで生きると決めたのならば、自分はそれを見届けなければならない。それが彼なりの、罪の(あがな)い方だった。

ご覧いただきありがとうございます。

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