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終焉は夕日のなかで

 傷つけられた脚と喉は怖いくらい痛くて。霊代達と離れている所為で心は荒れ狂っている。

 ここまでされて、我慢する必要があるんだろうか。たかが、薬草のために。

 

 冷たい床に倒れ伏したユエは、冷静な判断が出来なくなっていた。

 あの商人の思惑通り、薬師として最低なことを考えていると分かっているけれど、正直どうでもいい。何度ユエの人生を狂わせれば気が済むのだろう。ヨクーデル、と聞くだけで、もう吐き気がしそうだ。


「ひゅっ……ひゅっ……」


 助けて、と叫びたくても叫べない。声が出ない。

 ユエはまだ十七歳の少女だった。痛みと恐怖を与えられ、それでもなお絶滅に瀕している薬草――しかも、それで出来上がるのは精力剤だ――を守ろうと思える程、強くはない。


「ひ……は……」


 少し前まで死んでもいいと思っていたのに。今はこんなにも死ぬのが怖い。

 傷の手当ても忘れ、ぶるぶると身を震わせる。顔は涙でべたべただった。


「ひ……はぁっ……」


 掠れる声で、懸命に呼ぶ。かつて、自分を救ってくれた黒蜥蜴を。

 どこにいても、見つけてくれる。そんなことが出来るのは、彼しかいなかった。ユエには、彼だけだった。


――ティハ、助けて。おねがい……


 願う言葉は空しく消え、ユエの意識は暗闇に落ちて行った。




「……おやあ?」


「ん?どうした?」


「いやあ、失神しちまってますねえ」


 貴族の問いに、乾いた笑いを漏らすアノニモ。

 地下牢に放置した少女は足の手当てもせずに転がっている。血が足りず昏倒したのだろう、彼女の周囲には小さくない血溜まりが出来ていた。


 もうちょっと頭の回る子だと思ったんだが、とアノニモは首を捻りつつ、死なれては困るので取り合えず止血を施す。

 その間に貴族は「どれどれ」と少女の容姿を検分している。一通り確認して満足そうに頷き、にたにたとまた気持ちの悪い笑みを浮かべた。


「間違っても殺すなよ。これは良い女になる。それと……この珍しい色の髪は、切り取っておけ。妻が欲しがっていたかつらに仕立てれば、いい土産になる」


 少女の白金の髪は領地に残る正妻へのご機嫌取りに使うらしい。

 この貴族ブタに犯され、気が変になった女は多い。少女が狂って使いものにならなくなったら、この髪を村に残るという師匠に送りつけて脅すことにしよう。


 仰せのままに、と殊勝に頷くフリをしつつ、立ち去る貴族を見送って。

 アノニモは床に広がる少女の艶やかな髪を無感動に掴みあげると、躊躇うことなく刃を当てた。



*****



 貴族街と呼ばれる、豪奢な家々が立ち並ぶ区画。

 ダミアンの屋敷とは正反対に位置する場所に、ティハは居た。


「こっちか……?」


 彼には珍しく息が少し荒い。人の手で植えられた、しかもただでさえ冬で生命力の乏しい樹木を操るのは相当に骨が折れる。石造りの王都に少ないながら何とか存在している木々を駆使して飛んできたティハは、ひとつの屋敷を見下ろしていた。視線の先では、追ってきた霊代の繋がりがその屋敷の地下に吸い込まれている。そしてその敷地のあちこちに歩哨が立っているのも見えた。

 目立たず近づくのが一番だろう。そう考えて、立っていた屋根から飛び降りながら「ちびトカゲ」に変化する。


 ぽすん、と小さな音がして一番近くにいた見張りの男が振り向くが、そこにはもう人の姿はなく。


「……なんだ、トカゲか」


 するすると庭の繁みから姿を現した小さな爬虫類を見て溜め息をつき、男はまた歩きだす。外壁沿いに植えられた常緑樹の中には男物の服がひと揃い残されているのだが、それに気づく者はいなかった。




 小さな手足を必死に動かして、ティハは見える繋がりを追う。気は急くが、この体ではなかなか前に進まない。やっとのことで繋がりが吸い込まれている屋敷の基礎部分にたどり着き、どこか入れる場所はないかとうろうろしていた、その時。


「……?」


 さわり、と風に乗って嫌な匂いがした。一度嗅いだことのある、胸がざわつくこの匂い。

 思わず駆けだして、出所に至る。基礎の石積みに小さく開けられた穴。そこからさらに濃く香る、これは、ユエの。


――鮮やかな、赤い、紅い、血の香り。


 一瞬にしてあの時の光景が蘇り、戦慄する。

 また、誰かがユエを傷つけた。自分の、ユエを傷つけている……!


 潜り込んだ先に、ユエが居た。意識はなく、衣服も血濡れて体が氷のように冷たい。美しかった白金の髪は無残にも切り取られ、ざんばらに散っていた。

 怒りに駆られ見上げれば、男がいる。ユエの髪を握り、ナイフを手にした男。


 こいつだ。こいつがやったのだ。……許さない。


 ぶくり、と身体が膨らむ。それを見た男の目が驚きに見開かれ、次の瞬間には苦悶の色に染まる。幾本もの樹の根が石積みのそこかしこを突き破って現れ、男の身体を締め上げていた。


「や……ぱり、な……。嫌な予感が…した……んッぐえ」


 男が何か言っていたが、最後まで言い切る前に首をへし折る。ユエを傷つける者の言葉を聞くつもりはない。用済みになった身体をべしゃりと床に捨てる。


「ユエ……」


 良かった。息はある。頭と太ももにあった傷を癒し、樹の根で優しく包む。


「おい、何の音だ……ひッ!」


 鉄格子の向こうが騒がしい。巨大化した自分の姿を見た者が、悲鳴を上げている。


「なんなんだ、この怪物は……!バルデム卿に報告しろ!」


 バタバタと走り回る奴らの言葉を聞いて、そうか、と思う。バルデム卿。そいつが黒幕か。

 いくら人間社会に出て浅いティハでも、それぐらい簡単に分かる。ユエに危害を加える者は、排除しなければ。


 根を操り、鉄格子をこじ開ける。邪魔立てする者を捻りつぶし、「バルデム」とやらに案内してくれそうな輩は適度に泳がせながら、後を追う。もちろん、背には大事にくるんだユエをしっかりくくり付けていた。


「ひいいいっ!なんだ、あれは!早く殺せッ!ワシを守れッ!」


 最後にたどり着いた扉を吹き飛ばした先で見つけた醜い肉塊が、何かを叫んでいる。それを助けようとする有象無象のおかげで、それが「バルデム」だとすぐに分かった。


 思わず嗤いが出た。人間は滑稽だ。こんな醜悪なモノを守ろうとするなんて。

 守らなければならないものなんて、もっと他にあるだろうに。


 太く尖った根を振り上げ、ティハは静かに首を捻るのだった。



*****



 目標の屋敷の近く。放った斥候の帰りを待ちながら、ダミアン達は馬車の中で待機していた。

 栗色の髪の少女は幾分顔色がよくなり、不安そうに窓の外を見ている。彼女の回復は、ユエに近づいているという証拠でもあった。


「では、バルデム卿は捕えられるのですか」


「そうだね。……バルデム・ガスパルには、婦女誘拐と殺人の容疑が掛けられている。主だった被害は彼の領地であるアンパロで起きていたから中々公にならなかったんだけれど、最近は王都でも頻発していてね。これ以上は看過できないと、父王から直々に命が下ったんだよ」


 ブラウリオの問いに、レイナルドが答える。

 ユエを攫ったという人物は、ダミアンでは手も足も出ない大物……大領地バルデムの領主、ガスパルだった。


 ルーシェンとカルバハルの間に割り込む関所として機能するバルデム領アンパロは、日々多くの旅人が行き来する。その街で、以前から度々女性が消える事件が起こっていたらしい。

 行方不明になるのは何もバルデム領の人だけではなく、随分前からルーシェン、カルバハル両領主から苦情が出ていた。居なくなるのは旅人ばかり、「どこかで野たれ死んだだけではないか」と嘯くバルデム領主の腰は重く、解決に至らぬと手を(こまね)いている間に今度は王都でも同様の事件が起きるようになったという。


「もっと早くに調べていれば、被害は押さえられたんだろうけれど……」


 そう呟くレイナルドは、優しげな見目とは裏腹に王国の暗部を束ねていると噂されている。ユエの両親の件に関与していたことも、それを裏付けているようにダミアンには思えた。


 ドンドン、と荒く扉が叩かれる。何か、と腰をあげかけたダミアン達に、護衛から焦りの混じった声が飛んだ。


「報告!屋敷が何やら騒がしくなっており……!」


――ズ、ズズン……


 報告を遮るように地鳴りが響く。馬車もガタガタと揺れ、外では騒ぐ馬の嘶きが聞こえた。


「何事だ!」


「分かりません!何も見えないのです」


 外の騎士達が走り回る音と同時に、ムッカが悲鳴を上げた。


「ダミアン!あそこ……!」


 窓から見えたのは、もうもうとあがる土煙りの中で崩れていく、「ユエがいるはずの屋敷」だった。

 いても経っても居られず、馬車から飛び出し、騎士の制止を振り切ってバルデム卿の敷地に駆け込む。


「ユエ!ユエーッ!」


 崩れた建物の隙間から、少なくない人影が倒れているのが見える。いずれも倒壊に巻き込まれたにしては不自然なほど血濡れていて、ぞっとする。仲間割れでもあったのだろうか。

 彼女の目立つ白金の髪を探しながら、ダミアンは瓦礫の中をさまよっていた。


「ダミアン、待って!」


 追いついてきたムッカが必死に瓦礫をよじのぼってくる。

 動く霊代の少女を振り返って、また不謹慎にもほっとする自分がいる。そう、彼女が元気に動いている内は、ユエは死んでいないはず。

 そう思い、また前を見て。ダミアンは固まった。


 晴れていく土煙り。白煙が途切れた向こう、瓦礫の上に『何か』がいる。

 赤い夕日に照らされてなお黒い光を放つ鱗は艶々とその巨体をくまなく彩り。ぞろり、と向けられた瞳は冷酷な色を宿す金だった。所々赤黒い血のこびりついた木々を従えたその蜥蜴・・としか言いようのない生物は、怖ろしいほどの殺気を放っている。


「ティハ!ユエ、ユエは……!」


 動くことのできないダミアンを追い抜いて、ムッカが蜥蜴に走り寄る。

 何が何だか分からない。そう思いながらも、蜥蜴の背をさする少女を見て、ようやくダミアンはよろよろと近づくことができたのだった。

今日もご覧いただきありがとうございますm(__)m

やっとユエちゃん助けられました……。

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