暗く広がる不安の色
華美過ぎる装飾が施された部屋。目が痛くなるほどに金銀を多用した派手さだけが持ち味のこの内装には、持ち主の趣味の悪さがとことん表れていると思う。
「この部屋に入る度に吐き気に襲われる」というのが、王都で手癖の悪いチンピラ共を束ね大きな利を得ることを生業とする男――名無しと呼ばれる商人の感想だった。
「娘は捕えたのか?」
でっぷりとした腹を撫でながら、目の前の安楽椅子に座る男が葉巻きを燻らせる。昼日中から酒をあおるその姿は、堕落した貴族そのものだ。
「ええ。薬師の娘は捕えました。今は地下牢に放り込んでおります」
そう慇懃に答えるアノニモの顔に、貴族は億劫そうに喋りながら遠慮なく紫煙を吐きかけてくる。
「まあ、お前の紹介で雇った馬鹿共が失敗しなければもっと早くにヨクーデルが手に入っていたのだから、これぐらい当然の仕事だなあ?もちろん、追加報酬は払わんぞ?」
「そうでございますねえ。その説は大変申し訳ございませんでした」
アノニモはにこにこと笑みを絶やさない。
本当は今すぐ「その酒臭い息を吐きかけるな」と脂ぎった首にナイフを突き立ててやりたいのだが、相手は腐っても貴族、少々のことは我慢しなくてはならない。
それに今回の仕事は、自分自身の尻ぬぐいだ。
『辺境の村でヨクーデルという希少な薬草を手に入れる』という、時間はかかるが報酬の良い仕事のために、アノニモは田舎村の自警団程度容易に斬り伏せることのできる人材を選んでいたし、薬草入手後の行方を晦ます道筋までしっかりと計画して彼らを送り出したつもりだった。
それなのに、結果は全滅。ひとりも帰って来なかった。
今更悔いても遅いが、あの気味の悪いフォマー人を組み込んだのが敗因だったに違いない。付き合いも浅く信用できるかも分からないのに「元密偵で腕の立つこいつが居れば、派遣する人数が少なくて済む」と欲をかき、結果珍しく失敗した自分に苛立ちが募る。
「ヨクーデルについて知る娘、か。これから口を割らせるのだな?」
顎を撫でながら貴族が尋ねる。
「ええ。手紙にもはっきり『ヨクーデル』と書いてありましたから、少なからず伝手は持っているはずです」
「……ふん。あのルーシェンの若造、警戒してシュトカ村周辺の警備を固め始めたそうだからな。前回のような手は使えんだろう」
ヨクーデルの都合はおろか、薬師の派遣も断りおってから生意気に、と鼻息荒く憤慨する貴族。
警備が強化されたという情報はアノニモにも伝わっていた。そんな状況で前回のような強盗紛いの手段に出るのは悪手だ。それよりも良い方法がある。
「捕えた娘に手紙を書かせ、村からヨクーデルを取り寄せればいいのです。それならばルーシェンに怪しまれることなく継続的に薬草を手に入れられるでしょうから。なに、娘に協力する気がなければ、村に残る師を脅せば済む話ですよ」
手紙を見る限り身内のように仲が良いようですから、とアノニモは付け加える。
残酷な奴め、とひとしきり笑ってから、貴族は口の端を吊り上げた。
「その方法が上手くいった暁には報酬の上乗せも考えてやろう。して、その娘……見目は良いのか?」
突然、娘の容姿を聞かれ、アノニモはぴくりと眉を跳ねあげる。
まあ少し発育が悪いが、顔立ちの良い少女だったはずだ。好事家のバルデム卿ならば、食指の動く範囲に入るだろう。
ただ、気になるのはあの珍しい淡い髪色。つい先日もあのような色を持つ男を使った所為……かどうかははっきりしないが、とにかく失態を演じたばかりだ。思い出せば思い出すほど凶事を呼び寄せそうで、この仕事への気乗りがしなくなってくる。
「……そうですね。まだ若いですが、顔は悪くありません」
「ほお……。ならワシも楽しめそうだな。後で見に行く。ああそうだ、手足は傷つけても構わんが、顔と胴体は避けてくれよ。萎えてしまうからな」
そう言ってニタニタと粘っこい笑みを浮かべ始めた貴族。その頭の中では、すでに娘を慰み者にする手はずが整っているのだろう。まあ、健常者であるこの男が強力な精力剤のヨクーデルを所望する時点で異常な性癖が知れるというものだが。
はあ、と貴族に聞こえないよう溜め息をつく。注文が多くなるのは面倒だが、アノニモとしては金さえもらえればいい。それに、若い娘の場合、痛みを伴う折檻よりも意に沿わぬ凌辱の方が服従することが多いのも事実。
「かしこまりました」と愛想笑いを返して、彼はそそくさと部屋を辞したのだった。
*****
「ティハ!……ティハ、どこだ!」
部屋を飛び出していった青年を追ったダミアンだったが、屋敷を出るどころか庭の辺りで彼の姿を見失ってしまっていた。舌打ちをして踵を返すと、急いで外出の手はずを整える。
焦ったダミアンひとりがユエの行方を聞いて回ったところで、広大な王都の情報をくまなく集めるのは難しい。まずは研究所に行って、ユエの捜索に対する協力を取り付けるべきだ。貴族とはいえダミアンの屋敷にいるのは普段身の回りの世話を任せている老婆だけで、こうした不足の事態に動ける腹心がいない。貴重な霊代が失われるのを防ぐという名目で、研究所に詰める素人の下働き達を動かすぐらいしか方法がなかった。
「待って……あたしたちも、連れて行って」
顔色の悪いムッカが、腕に白イタチと小人を抱きしめたままダミアンに追いすがる。
ここで待っていろ、と言いかけたが、霊代達は契約主から離れれば離れるほど無力化されていく。逆を言えば、彼女たちが回復するということはユエに近づいているという目安にもなるのだ。
「……分かった。一緒に行こう」
少女の小さな身体を抱え上げ、ダミアンは再び走りだした。
辻馬車を拾い、研究所のある王立博物館へ急ぐ。その入口にはいつもと違う衛兵が立っており、何故か表向きの博物館も一般人の立ち入りが禁止されていた。ダミアンは訝しむが、研究員の身分証を提示するといつも通り中へ入ることができたのでほっとする。
「ダミアン!お前、今日はもう帰ったんじゃなかったのか?」
地下の廊下で会ったのはブラウリオだった。ぐったりしている霊代たちを見て、その琥珀色の瞳がすっと細くなる。
「ユエ嬢に何かあったのか?」
「ああ。一人で街に出かけたんだが、屋敷に帰ってこないんだ。……霊代たちも、この有様で。ブラウリオ、彼女を見てないか」
「見てないかって……先ほど会って、お茶をしたばかりだぞ」
ブラウリオの言葉に、ダミアンは驚く。お茶をした、という点も気になるが、何より彼女の足跡の手がかりが欲しい。
「会ったばかりだって?!いったい、どこで会ったんだ」
「貴族向けの店舗の立ち並ぶ一画さ。……彼女、逃げてしまったのかい?」
何か心辺りがあるのか気まずそうに顔を歪めるブラウリオ。
その歯切れの悪い言い方よりも、『逃げた』という言葉が気に障ってダミアンは苛々しながら叫んだ。
「あの子は、霊代たちを置いて逃げるような子じゃない!」
珍しく声を荒げる友人にブラウリオが慌てる。ちょっと落ち着けよ、とダミアンの背中を押して隅に追いやった。
「今、王太子殿下が視察に来ているんだ。あんまり騒ぐとお叱りを受けるぞ」
そう言ったブラウリオは辺りを気にしつつ声を潜め、「何でかは知らないが、最近霊代に感心を持ち始めたらしい。王家は霊代を忌避していると思っていたが」と眉を顰める。
王太子殿下、とダミアンは口にして気づいた。入口に立っていたのはレイナルド殿下の護衛で、安全を期すために博物館も急遽休館になっていたのだ。
『その身を守ると約束した』『本当にすまないと思っている』
温室で、彼が口にした言葉が脳裏に蘇る。
彼ならば。レイナルド殿下ならば、手助けをしてくれるかも知れない。あの人は、ユエにも自分にも負い目があるはずだから。
狡い考えだと分かっている。しかし、ダミアンは躊躇わなかった。
「あ、おい!ダミアン、何処へ行くんだ!」
ユエを探し出せるならば、どんな処罰だって受けてみせる。
廊下の奥に、研究所にそぐわない騎士服がたむろしているのが見えた。殿下はその奥に居るはずだ。
「……殿下!レイナルド王太子殿下!お願いがあるのです」
人々の合間から見覚えのある胡桃色が見えたとき、ダミアンはブラウリオの制止を振り切って声を張り上げていた。
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