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想う先にあるものは

お、お久ぶりです……コソっ

 にこやかな表情とは裏腹に、瞳の奥に冷静な光を宿す目の前の青年貴族。


「どう……と、言われましても」


 彼の求めている答えが何なのか図りかね、ユエは口籠る。

 ダミアンとの結婚。当初それは自分達にとって、霊代を得たことを祖父のレジェスから隠すための隠れ蓑であった、はずだった。

 だが、数日前地下でダミアンから言われたのは「本当に結婚してもいい」という驚愕の事実。ユエが死ぬとは思えない、と彼は言っていたが、そんな不確定要素満載の状態で霊代を得ている自分に求婚するなんて、正気とは思えない。まったく、ユエのほうこそダミアンの本心を知りたいと思っているほどだ。


 眉根を寄せ、天井を見上げ、首を捻り。思案するユエの表情がくるくると目まぐるしく入れ替わる。

 そんな少女の様子をひとしきり観察した後、ブラウリオがまた口を開いた。


「知っているとは思うけれど、私達貴族は……望む相手と結婚することすら簡単にはいかないものだ。平民達よりも生活が保障されている分、それに見合った責を負わなければならないし、たとえば領地の繁栄のために有益な相手と政略結婚をするのもその一部だと私は思っている」


 まあ、全ての貴族がそう気負っている訳ではないだろうけれどね、とそこで肩を竦めるブラウリオ。


「けれどダミアンの家は……そうだな、もうずっと前にその責務を果たしているようなものなんだ。本家はアルトゥロ様が継いでいるし、貴族の中でも比較的自由に婚姻を結べる家ともいえる。だから、名家リームルバの血を引く君であれば家格的にもまったく問題はないし、引け目に感じる必要もないんだよ。ただ……」


 てっきり反対してくれるものと思っていたユエは、なんだか雲行きが怪しくなったのを感じてちらりと青年に目をやる。

 そんなユエをじっと見て少し言葉を切った後、ブラウリオは続けた。


「そうだな。……私はね、あなたたちが本当に想い合うことができるのならば、結婚してもいいんじゃないかと思っているんだよ」


 その言葉に、ユエはぎょっとして顔をあげる。

 思わぬ伏兵がいた。あのときも渋い顔をしていたし、生粋の貴族であるブラウリオはこの結婚を諦めるよう、ダミアンを説得してくれると思っていたのに。

 ユエの心の内に言い知れぬ不安、いや不満とも呼ぶべきものが広がっていく。


「ダミアンのことは、嫌いなのかな?」


「嫌い……ではありません」


「では好き?……愛していると言える?」


「それは……その」


 好き、とはなんだろう。愛してる、という言葉だって、十七歳のユエにとってはどこか遠い存在だ。でも、ダミアンに対してその欠片でも抱いているかと言われれば、それは違う気がする。色恋に疎い疎いと言われ続けているユエにでも、それくらいは分かった。


「ダミアン様にはここまで助けていただきましたし……尊敬は、しています」


 なんとか無難な言葉を捻りだしたユエに、青年は苦笑する。


「……ねえ、ユエ嬢。あなたには、失くしてしまうことなど考えられない、暖かな場所、と聞いて思い浮かぶところはあるかな?」


 不思議な質問に、ユエはことりと首を傾げる。

 失くしたくない、暖かな場所。

 少し前までなら、シュトカ村の家と両親の思い出だった。でも今は……


――緑萌える、ラガルティハの森。きらめく湖畔。爽やかな風が水面に波紋をつくり、肌を撫でる。視線をめぐらせれば、すぐそばに冷んやりと心地いい黒鱗が寄り添っている。そこから感じる冷たさとは裏腹に、ユエの心に満ちるのは暖かい光で。明日は何を作って喜ばせようかな、と考えることが幸せだった、薬草摘みの休憩時間――


「……そう。あるんだね」


 何も言っていないのに、ブラウリオは納得したように頷いた。そして先ほど手紙を仕舞った懐から今度は白いハンカチを取り出す。


「ほら、頬を拭いて。私が泣かせておいてなんだけれど、女の子に涙は似合わないからね」


 驚いて手を這わせると、ユエの頬には涙の雫が伝っていた。いったい何時の間に泣いてしまったんだろう。慌ててハンカチを受け取り頬を押さえる。

 そんなユエの様子を見ながら、ブラウリオがぽつりとつぶやいた。


「ちなみに、あなたが思い浮かべたのは、女性かな?男性かな?」


「……。――男性、でしょうか?」


 難しい質問に、ユエも悩みながら答える。ティハは人ではないが(オス)なので、一応男性ということになる、はずだ。


「――そう。じゃあ、ダミアンには早目に引導を渡してほしいな。あなたもこのままずるずる引きずられて結婚してしまうと、きっと後悔すると思うから」


 先ほどとは打って変わってあっさりと婚約破棄――元々偽りの、だが――を勧めるブラウリオに、ユエは目を白黒させる。そうこうしている内に彼が「会計を」とボーイに指示して、いつのまにか店の外に出ていた。


「好きでもない男の子供を産むのは、存外しんどいものだよ。特に、あなたのように別に想う人がいる場合はね」


 忠告するように最後にそう囁いて、ブラウリオは去っていった。

 一体、なんだったのだろう。「引導を渡せ」というのが、「求婚を断る」ということくらいはユエでも分かる。でも、想う人がいるなんて、自分は言っただろうか。そういえば。


「……男性か、女性か、って聞かれたわ」


――暖かな場所(・・)


 そう問われたはずなのに、いつの間にか性別を答えていたことに、今更ながら気付いたのだった。




 そう。そんな出来事があって、気もそぞろだったのがいけなかった。ユエはそう悔いる。


 ダミアンの屋敷への帰り道。ふわふわとした気分のまま不注意で裏路地に入ってしまった、その直後。がつん、と後頭部に衝撃が走って、ユエの意識は暗転したのだった。



*****



「ねー。これってここに入れていいの?」


 計量された小麦粉の入れ物を手に、白イタチがふらふらしている。抱えたボウルが大き過ぎてバランスが取れていないのだ。

 それを見た栗色の髪の少女が目を吊り上げる。


「もー!毛が入っちゃうといけないから、テンは粉類には手を出さないでって言ったじゃない!」


「毛?じゃあ僕もだめですかね?」


 卓上に座った小人が自身の金の巻き毛を摘まみあげるが、少女の人差し指で容赦なく頭をぺちりと叩かれ昏倒する。


「あんたのはそうそう抜けないでしょ!さっさと香りづけの薬草出して!」


「ぼくの毛も、そう簡単に抜けないんだけど……。だって霊代だし、ただのイタチじゃないんだよ」


 ボウルを取り上げられ不服そうな白イタチ。しかし、手際良く卵白を泡立て始めた少女がそれをギロリと睨んだ。


「何か言った?!」


「……いえ、何も」



 ダミアンの屋敷の厨房。

 昨日の件で気落ちしているだろうユエを元気づけようと、霊代達はお菓子作りに精を出していた。てきぱきと指示を出すムッカを筆頭に、テン、ビーオもせっせと手伝いに励む。


「こんな感じで、いいのか?」


 白いシャツの袖をまくり上げた凛々しい姿のティハが、任されていたパイ生地をムッカに示す。先ほどから伸ばしては折り重ね、伸ばしては折り重ね、を黙々と繰り返していたのだ。

 力仕事は男手に限る。生地を確認したムッカは満足そうに頷いた。


「うん、いい感じね!じゃあ、あとはカスタードと、このキコの実ジャムをはさんで……っと」


 カスタードクリームには卵黄しか使わないので、余った卵白はパイ生地を休ませている間にメレンゲ菓子に仕立て済みだ。

 ムッカは滋養強壮に良いキコの実を使った特製パイをオーブンに入れると、ぱんぱんと手を叩いてにっこり笑った。


「あとは焼き上がりを待つだけね!」


――これでユエが元気になれば。


 そう霊代達が祈ってから、数刻。彼らに異変が訪れる。

 少女の背筋に覚えのある悪寒が走り、同時に視界の端で身体の小さなテンとビーオがそろってぐったりとしたのが見えた。


「……ティハ……!」


 ムッカの切羽詰まった声にティハは金の瞳を見開いた。慌てて意識を凝らせば、霊代たちの繋がりが見える。

 ユエの自室に向かっていると思われたはずのそれは、なぜか屋敷の外へ頼りなくたなびいて。そして、ユエが急速に離れているのか、繋がりは刻一刻と細くなっていくのだった。


 屋敷を預かる老婆に罪はない。なぜなら、彼女はユエを喜ばせようと頑張る霊代達を微笑ましく思い、彼らの居場所をユエに伝えなかっただけなのだから。

 「近くだからといってお嬢様お一人で行かせるのではなかった」と、事を知った老婆がひたすら頭を下げるのを見ながら、焦燥感に身を焦がしたティハは唇を噛む。


 霊代から離れたらどうなるか、ユエはムッカの件で知っている。それ故、自分の意志で霊代達が動けなくなるほど離れるなど、到底考えられなかった。何かあったに違いない。

 テンとビーオはすっかり動けなくなってしまったが、繋がりはある一定の細さでその減少を止めている。


――今なら、まだ追える。


 研究機関に協力を仰ぎ心当たりを探ると言っているダミアンを尻眼に、ティハは屋敷を飛び出した。

今後は……ふ、不定期更新とします。

そう、不定期なんです!!泣

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