手紙のゆくえ
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カミラにもらった外套は品質が良く、薄手なのに風を通さず暖かい。
バルバにまた手紙を書く事があれば、彼女への礼を伝えてもらうことにしよう。そしてもしもまたシュトカ村に帰れることがあるならば、お土産も用意したい。
身を切るような寒さに、大通りを行き交う人々は肩をすくめ足早に進んでいる。手紙を抱えたユエも自然と小走りになった。
「ええっと……前に手紙をお願いした商人さん、今回もいるかしら」
前回バルバの手紙を託した商人は複数の行商人を束ねていると言っていた。彼はシュトカ村方面に向かう行商人が見つからず途方に暮れていたユエに、声をかけてくれたのだ。いちいち尋ねてまわらなくても、手紙を出したい方面に向かう人を紹介してくれるという、実にありがたい話だった。
広場の隅にたむろす人々の中に目当ての人物を見つけて、ユエは声をかけた。
「すみません。……手紙を出したいのですが」
声を掛けてから気づいたが、今日の商人を取り巻いている人々は少々柄が悪い。前回は商人ひとりだったので何とも思わなかったものの、今はどうにも雰囲気が良くない気がした。
腰が引けているユエを見た商人は、一気に表情を緩めるとにこやかに口を開いた。
「やあ、お嬢ちゃん。今日もひとりなのかい?」
「はい。その……ドゥルセに手紙を出したいのですが」
「ドゥルセね。前回と宛先が違うんだねえ。……ご親戚でもいるのかい?」
「ええ、まあ……」
バルバに手紙を出したときは簡単に預かってくれたのに、今日はやたら根掘り葉掘り探りを入れてくる商人。
周囲の輩の視線も気になり、ユエは手紙を預けるのを躊躇い始めていた。なぜなら今回の手紙はドゥルセの名士と謳われる祖父のレジェス宛だからだ。地位ある人への手紙はやっぱり気軽に送ってはならないような気がする。
「えっと……今回は、やめておきます」
一歩身を引いたユエの腕を、商人がぐっと掴む。
「まあまあ、そう言わずに。安くしておくからさ」
明るい声音とは裏腹に想像以上に強い力で引き止められ、身を竦ませる。どうしよう、と混乱し始めたユエの背後から鋭い声が飛んだ。
「あんた!女の子相手に何やってるんだい!」
商人がちらりとユエの後ろを見、ちっと舌打ちをして掴んでいた腕を離す。
突然離されたたらを踏んだユエの肩を、誰かの暖かな手が支えた。
「大丈夫かい?ちょっとこっちにおいで」
手の主は年配の女性だった。腕を引かれるままユエは慌てて後を付いていく。
同じ腕を引く仕草でも先ほどの商人の強引さとはかけ離れていて、気遣いが感じられる。そのことにユエはひどく安心した。
「あいつはこの辺の悪を束ねる悪徳商人なんだ。声を掛けられてもついて行っちゃあ駄目だよ」
ブレンダと名乗り、職人街区で鍛冶屋をやっているという女性は腰に手を当ててユエを諭す。
連れてこられたのは広場から少し離れたところで、店構えのしっかりした店舗が立ち並ぶ明るい雰囲気の場所だった。
「そうだったのですか。……前回、手紙を出すのを手伝ってくださったので、良い人だと思っていました」
しょげかえるユエに、ブレンダはため息を吐く。
「あいつの悪行はけっこう有名なんだけどね……。最近王都に来たのかい?」
「はい。少し前に来たばかりです」
「じゃあ、知らなくても仕方ないね。次から気をつけな。……そうだ、手紙を出したいんだったかい?」
確認するブレンダ。ユエは肩を落とし、手の中の手紙を見つめる。
「はい……。でも、ちょっと送りづらい相手なので、やっぱりやめておきます」
「送りづらい相手?そんなものがあるのかねえ?」
不思議そうにブレンダは首を傾げる。
「手紙なんてそう頻繁に出せるもんじゃない。高いし、なにより運んでくれる相手を見つけるのも面倒だしね。そんな便りを出してまで、自分の近況を伝えたい相手なんだろう?思い切って出しちまいな。どんな相手でも、あんたみたいな可愛い子から手紙をもらえば嬉しいものだと思うよ。……まあ、それが金の無心だったり、無理難題だったりすれば別だろうけど」
そう言ってからからと笑う。ユエは何だか肩の力が抜けて、ブレンダと一緒になって笑った。
そうだ。確かに難しく考え過ぎていたかもしれない。レジェスはユエの祖父だ。もっぱら難しい顔をしているが、中身はきっと心配性に違いない。あの夜、祖父は母を非難するような言い草をしていたが、実は「心配していた」と言っているも同然だったことに、ユエは気づいていた。
もう少し、手紙を確実に運んでくれる相手を探してみよう。料金が高くなっても構わない。
「……そうですね。手紙、出してみることにします」
「うん、そうしな」
ブレンダは満足そうに頷く。
さて、そうは言ってみたもののどうしよう、とユエが首を捻った時、近くの店から買い物を終えたらしい一人の男が出て来た。
「……お越しいただきありがとうございました。何かありましたらすぐにお申し付けください」
「ああ、ありがとう。いい買い物ができて良かった、また来るよ」
貴族らしき男の言葉に、綺麗に化粧を施した妙齢の女性店員がすこぶる嬉しそうな顔をする。
ただの店員と客にしては妙に距離の近い二人。名残押しそうに挨拶を交わした後、貴族がこちらに歩いてくる。そしてユエの側で足を止めた。
「……おや?そこにいるのは、ユエ嬢かい?」
「……カルバハル様。こんにちは」
店を出て来た貴族は、ダミアンの同僚のブラウリオ・カルバハルだった。
ブラウリオが声を掛けたユエを見て女性店員の目に嫉妬の炎が灯ったのが分かる。その釣り上がった目尻はシュトカ村でルイの後を追い掛け回していたアイーダそっくりだ。
よくないところに遭遇してしまった気がする。そう悟ったユエは、私は何でもありませんよ、とアピールするようににっこり他所行きの笑みを創った。
「まったく偶然ですね。どこかへお出掛けですか?」
「ああ。買い物に来ていてね。これから帰るところだよ」
「そうですか。……私も帰るところなのです。それでは、また」
女性のじっとりした視線を振り切るようにくるりと踵を返したユエに、ブラウリオが「ああ」と思いついたように声をかける。
「せっかくだから、お茶でもいかがかな?」
貴族に誘われて、断れる平民はいない。そして同時にちくちくと刺さっていた視線が一段と鋭くなったのが分かった。すでに敵意剥き出しといった感じだ。
がっくりと頭を落としたユエを側で見ていたブレンダは「ひとりで大丈夫かい?本当に知り合いかい?」とひたすら心配していた。
お世話になっている方のご友人なので大丈夫です、とブレンダに説明した後。
ユエはブラウリオと一緒に貴族向けの喫茶店に入っていた。
高そうな調度品に、ふくよかな香りを放つ紅茶、贅沢にクリームを盛った菓子類。
一応母にあれこれと躾けられているユエだが、それはシュトカ村の小さな家で行われた、ままごとの延長線のような感じだ。実際にこうして格式高い場所に引き出されてしまうと粗相をしてしまわないかとそわそわしてしまう。服だって王都で浮かないように多少整えているものの、そもそもこのような場所に赴くつもりではなかったので少しそぐわない。
テーブルの下で服の裾を伸ばしながら、ユエはすっかり緊張し切っていた。
「…ところで、ユエ嬢はどうしてひとりであの場所に?」
優雅に紅茶のカップに口を付けた後、ブラウリオがにこりと微笑む。
「はい。祖父に、手紙を出そうと思いまして……」
「手紙。運んでくれる相手は見つかったのかな?」
「いえ……」
「そう。じゃあ、私が手配してあげよう」
あっさりと出された答えに、ユエはぱちりと瞬きする。
「……よろしいのですか?」
「レジェス殿とは交易の関係で月に何度かやり取りをしているからね。そのついでと言ってはなんだが」
「いえ、とても嬉しいです。祖父は、その……それなりに地位があるので、信用できる方に手紙を託すべきではないのかと、悩んでおりました」
ユエの言葉に、ブラウリオは「賢い考えだね」と同意する。
「リームルバ家は他所の領にも名が知られる大きな商家だ。繋がりがあると知られれば、あれこれと煩い虫が動きかねない。もしまたレジェス殿に手紙を出す場合は、私に言ってくれればいい」
恐縮です、と小さくつぶやいてユエは頭を下げる。
そう言ってもらったものの、余計に出しづらくなってしまった気がする。祖父との手紙のやり取りに、大領地の貴族を使う平民がどこにいるというのだろう。
促されるままブラウリオに持っていた手紙を差し出しながら、ユエは心の中でため息を吐いた。
「さて。では本題に入ろうか」
手紙を懐に閉まって、ブラウリオは指を組む。
ユエはびくりと肩を揺らし、思わず背筋を伸ばした。
そう。貴族が平民を、何も無いのにお茶に誘う訳がない。
特殊な霊代たちのことでも訊かれるのかとびくびくするユエとは裏腹に、ブラウリオは実に楽しそうににやりと笑った。
「ユエ嬢。……君はダミアンとの結婚を、本心ではどう思っているのかな?」
昨日は休んですみません;;
ご覧いただきありがとうございますm(_ _)m




