暖かな光を求めて
■この小説は平日更新予定です■
※しばらく、0~20時でそれぞれ時間を変えて更新します。
それ以降になる場合や、更新が難しい場合は活動報告でお知らせします。
★金曜ぶん。土曜あっぷ。
いつもの狩場で、野ウサギ二匹と、野鳥が三羽。この冬一番とも言える陽気に釣られて動物たちの動きは活発で、そのおかげで狩りの成果は上々だった。
「うん。……ありがとうな、チムール」
相棒に礼の干し肉を与えてから、運びやすいよう獲物をまとめて縛りあげる。マクシムが満足げに頷いて、山を降りようと腰をあげたときだった。
「……キ―――ッ!!」
それまで嬉々として干し肉を食んでいたチムールが、突然鋭い声をあげる。小さな頭が忙しなくあたりを見回し、何かを訴えるかのようにマクシムの足元をぐるぐると回った。
「どうしたんだ?」
初めて見るチムールの行動にマクシムは訳が分からず首を傾げる。そんな彼に苛立ったかのように白イタチは毛を逆立て、突然がぶりと足に噛み付いた。
「痛っ!……なんだよ、どうしたって言うんだ!」
飛び退いて抗議すると、さらにチムールが追い立てようと歯を剥き出しにして威嚇してくる。豹変した相棒に少なからず動揺するマクシム。
その時。
突然森の奥から大量の動物たちが駆け出してきた。ウサギ、鳥、ネズミ、チムールの仲間だろうイタチに、数が少なく普段姿を見ることのない鹿やまでもが一斉にマクシムの方へと向かってくる。
「うわ?!」
大型の動物が少なかったおかげで踏み潰されることこそなかったが、足元を埋め尽くす動物たちでしばらく身動きが取れなかった。彼らが去って、すぐ。
―――ゴ、ゴゴゴゴゴ……
腹の底に響く、大きな音。地鳴りだ、とマクシムはすぐに悟った。ぶれるように地面が揺れ始め、よろめきながら思ったのは「逃げなくては」ということ。これほど揺れが大きければ、雪崩が起きる。
「チムール!」
はっと気づいて相棒の名を呼ぶ。辺りを見回せば、くたりと力なく倒れた白イタチの姿があった。真っ白だった毛のそこかしこが踏み荒らされたように汚れていて。
マクシムはぞっとした。大型の動物がいなかった、というのはマクシムの主観で、チムールにとってはそうではない。
「……チムール!!」
抱き上げると、小さな頭が少しだけ動いた。そして大きくなる地鳴りの音。振り向くと、空は青々と晴れているのにもうもうと立ち上がる地吹雪のような雪煙が遠くに見えた。
動物たちは、あれから逃げていたのだ。そしてチムールも、マクシムに知らせようとしていたに違いない。
「……くそ!」
今すぐ相棒の容態を確認したいという欲求を振り払い、とにかく動物たちが逃げていった方向へ走り出す。彼らの野生の本能を信用するしかない。
「はあっ……はあっ……!」
動物たちの足跡をひたすら辿り続けている間に、背後で轟音が鳴り響く。思わず振り返ったマクシムの目に映ったのは、遠く山頂から扇型に山肌を駆け下りていく、白い白い爆風だった。
「あ……。ああ……」
マクシムは助かった。けれど。
雪崩は裾野に至る間に周囲の雪を巻き込み、どんどん規模を広げていく。そして父親の働く鉱山の入口を埋め立て、凶暴なまでの破壊力で村のほとんどを押し流していった。押しつぶされたうちのひとつに、煙突から煙を吐くマクシムの家もあった。
高台に立つ彼の目の前で起きたそれは、一瞬だった。震える身体。自分は助かったはずなのに、それよりも恐ろしい何かを見てしまった所為で膝から力が抜ける。手の中で、マクシムを助けようとした小さな相棒もだんだん冷たくなる。
今すぐ駆け出して鉱山の入口を掘り出し父を助け、家にいるはずの母を探さなければならないのに。
雪崩が通り過ぎた後には絶望的なまでの厚さの雪が置き去りにされて、見慣れた景色はすっかり様変わりしてしまっていた。
結局、助かったのは運良く雪崩の被害を免れた家の女子供数人と、マクシム、そして弓の訓練で村を離れていた幼馴染だけだった。
埋もれてしまった鉱山を掘り返そうにも人手が無く、帝国軍が村の様子を確認しに来たのは雪崩が起きて十数日も経ってからだった。今から人員を派遣したとしても、入口にたどり着く頃には食料はもとより坑道内の空気が尽きてしまうのは明白で。
軍の指揮官の決定ひとつで、坑道は放棄されることになった。もちろん、人の命も一緒に。
「君たちはどうする?」
尋ねてきたのは、軍に所属する男だった。
「俺は……帝国軍に兄さんがいるから、訪ねてみる」
ぼそりと答えたのは青白い肌の幼馴染。それに頷きを返して、男はマクシムを見る。
「君は?」
「…………」
宛ては無い。マクシムの家族も、親戚も、みんな雪の下に埋もれてしまった。
黙り込んでいると、男がふと気づいたように言った。
「君は……帝国人にしては、肌が焼けているな」
「え?」
「いや、なんでもない。……そうだな。行く宛がないのなら、私に着いてきなさい。衣食住くらいなら何とかしてあげよう」
思ってもみなかった申し出にマクシムは狼狽える。
帝国の国土のほとんどは雪に覆われ、豊かさとは程遠い。だからこそ帝国軍は外へ、外へと手を伸ばすのだし、施しを与えるほどの余裕がある者はごく少数だ。孤児院の数も少なく、親を失った子供の末路など知れたものだった。
だからこそ、困惑する。
「……ほんとに?」
「ああ。本当だとも。もちろん、軍の下っ端の仕事を手伝ってもらうことになるとは思うけれどね」
それでも、雪の上で凍え死ぬよりずっとましだ。マクシムはぶんぶんと首を縦に振った。それを見た男は薄らと微笑み。
「じゃあ、決まりだな。明日にはここを立つから準備しなさい」
「はい!」
まだ十二歳のマクシムは気づかない。男の腹にある思惑に。そして、自分を見る幼馴染の暗い瞳にも。
「父さん、母さん。チムール……行ってきます」
簡素な墓を前にして、最後の別れを告げた、六年後。
帝国軍で密偵としての厳しい教育期間を終えた十八歳のマクシム・ヴァロフは、マウロ・カファロと名を変えて、アベラルド王国の地を踏む。
「お前さん、そんなちょっぴりの晄石だけを元手に商売を始める気だったのかい?」
東の街に子供がふたりいるんだ、と微笑む優しい行商人に助けられ。
「ねえ。あなた、帝国の人?」
地図を見て、私、商人の娘だから帝国の文字が読めるの、と微笑む美しい栗色の髪の少女に魅せられ。
「……その娘を大事に想うなら、俺と取引しよう。悪いようにはしない」
マクシムと想い人が寄り添う姿に、どこか羨ましげな瞳を向ける元騎士と共謀して。
「おとうさま!おかえりなさい」
明るい陽光降り注ぐ南の果てで、大事な大事な、彼と同じ髪色を持つ娘を抱く。
「ねえ、その人、幸せだったかしら?」
「うん。もちろん、幸せだったよ」
「そう。……良かった」
古びた地図の前で、ひとりと一匹は寄り添いながら小声で話す。
その背後の寝具の中で、少女と小人が気づかれないようにほっと安堵の息を吐き。しゅるり、と壁を這う黒い小さな影も部屋の闇の中に消えた。
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