白銀の過去を彷徨う
■この小説は平日更新予定です■
※しばらく、0~20時でそれぞれ時間を変えて更新します。
それ以降になる場合や、更新が難しい場合は活動報告でお知らせします。
★昨日ぶん。です。頑張って夕方も更新……したい。。。
息を吐く。冷たく凍えた空気の中にふわりと広がった呼気はあっという間に白く変わり、やがて風に吹かれて消えた。ぎゅ、ぎゅ、と歩く度に軋む雪を踏みしめていると、次第に体がほかほかと温まり額に汗が浮かび上がる。思わず袖で拭えば、帽子から毎朝寝癖を直すのに四苦八苦している薄い金色の巻き毛が飛び出てしまった。
ちぇ、とマクシムはひとつ舌打ちをして、前年狩ったウサギ皮で作った帽子を深く被り直しまた歩き始める。
背中に背負った弓は小回りの効く小ぶりのものだ。力強い長弓や弩を得意とする帝国兵を目指す幼馴染には「お遊び」と笑われたが、雪深い森を駆け回るには短弓の方が扱い易い。それに自分の相棒は雪上を驚く程の速さで駆けるので、後ろをついて回るには身軽さが重要なのだ。
「チムール!」
口笛とともに名を呼ぶと、雪の中から白いふわふわの相棒がひょっこり顔を出す。桃色の鼻とつぶらな黒い瞳が可愛らしい、冬毛の白イタチだ。
「きゅい!」
ポケットに忍ばせておいた干肉を与えると、チムールは喜びの声をあげる。自然界ではお目にかかれない塩気がお気に入りらしい。がつがつと一心不乱に頬張る様に、マクシムは思わず頬が緩んだ。冬の蓄えが厳しいと常々こぼしている母親の目を盗んで納屋から干肉を得るのは至難の技なのだ。
「さあ、今日もがんばろうな」
小さな頭をひと撫でして、いつもの狩場を目指す。今日の目標は野ウサギだ。夏は土、冬は雪の中で暮らす彼らを人間が見つけるのは困難だが、鼻が効き、さらにウサギと同じように穴を掘って暮らすイタチには容易い仕事。チムールが獲物を追い立て、マクシムが仕留める。いつもの流れだ。
二年前、母親からはぐれてさまよっていた小さなチムール。マクシムが気まぐれに餌をやるようになってから、ふたりは一緒に狩りをする仲間になっていた。
家のある村を眼下にのぞみながら急な山を上り、父親たちの働く鉱山の入口を横目に通り過ぎる。
「おうい、マクシム!相変わらず雪焼けしてるな。今日も狩りへお出かけかい?」
「うん!」
「たまには鉱山で腕を振るったらどうだ?採掘で腕っ節が強くなれば帝国兵になれるかもしれないぞ」
馴染みの鉱山夫からかけられる常套句。マクシムの年であれば、皆父親に習って鉱山で働きはじめる頃だ。それに苦笑いを返していると、すぐ近くにいた幼馴染の父親――彼も鉱山夫だ――が、「駄目だよ」と手を横に振った。
「マクシムは夏だけじゃなくて冬も狩りができる稀なやつなんだ。食材確保に苦心する母さんたちが手ぐすね引いて待ってるさ」
どっと起きる暖かな笑い声。その中には冷やかな眼つきでこちらを見る幼馴染の姿もあったが、マクシムは努めてそちらを見ないようにしていた。ただでさえ日照時間の少ない雪国にあって、暗い坑道で洸石を採掘する仕事についている彼は青白い肌をしている。対照的に、マクシムは日中の雪からの照り返しでこんがりと肌が焼けていた。
何時の頃からだろうか。昔は仲良く遊んでいたのに、肌の色に違いが出始めた頃から衝突することが増え、今ではすっかり話さなくなってしまった。その視線から逃げるようにマクシムは鉱山の入り口を後にした。
そこからさらに上に登った、少し平らに開けたところがマクシムたちが常々狩場にしている場所だった。
「……どうだ?獲物はいそうか?」
「……きゅ」
普段は可愛らしい顔のチムールの目が鋭くなる。ひくひくと鼻を動かすと、マクシムの方を一度振り返りその後一気に走り出す。時たま雪にもぐって見えなくなる姿を必死に追いながら、マクシムは弓をつがえた。
誰も通っていない真っ平らで白い世界。走るたび舞い上がり、きらきらと光る雪。昨日の吹雪が嘘のように晴れ渡った青空の下、マクシムは小さな相棒の背中をひたすら見ている。
ああ。やっぱりこっちの方が自分は好きだ。明るい太陽。これほど気温が低いというのに、降り注ぐ陽光は暖かく感じる。
村の子供たちがそろって憧れる帝国兵に、マクシムはそれほど興味がなかった。聞こえてくる噂はどこと戦争をして、どんな土地を手に入れて、活躍した兵がその報奨として大金を手にし、異国の美女を妻にしたとか、そんな話。
帝国から推奨された洸石の採掘で生活しているマクシムの村だが、値を付けるのも余所へ販売するのも国なのでそれほど儲けも出ず大概の家が貧しい暮らしをしている。たまに採掘で培った腕っ節を買われて帝国兵として徴収される人がいるので、他の子供たちは村から出ていきたい、できるなら帝国兵になって名を上げたいと思う一心で採掘の道を進むのだったが、マクシムは真っ暗な坑道で日がな一日つるはしを振るうなどごめんだった。
この生活に甘んじる気は無い。でも、だからといって坑道で働くのは嫌だ。もっと別の道で、明るい太陽の輝く世界に行きたい。
ここのところ、狩りの最中もマクシムの頭の中はそればっかりだった。
「母さん、戻ったよ」
今日の収穫である野ウサギ二匹を手に、家の玄関をくぐる。
「あらあ!やったわね。急いで血抜きをしなきゃ」
前掛けで手を拭いながら、明るい顔をした母がいそいそと野ウサギを受け取る。どうやら、かっぱらった干肉の件はばれていないらしい。マクシムはほっと息をついた。
「……今日も狩りに行っていたのか」
夜勤明けで寝ていたらしい父親が起きだしてくる。
「うん」
「そうか。……たまには鉱山にも顔を出せよ」
食卓に肉がのぼるのは嬉しいが、他の家の子供と違う行動をする息子に父親は頭を抱えているらしい。酒の席でよくこぼしているよ、と少し前に幼馴染の父親が笑いながら教えてくれた。
「また今度、行くよ」
気の無い返事をしながら、心の中でごめんと呟く。父は明日も山の腹で腕を振るい、マクシムは山の背をチムールと共に駆けるのだろう。それがここ二年の間変わらない、親子の毎日だった。
翌朝。今日も晴れだな、と浮足立って、早くから村を抜け出そうとするマクシムの背に声がかかる。
「おい。……お前、今日も狩りに行くつもりか」
振り返ると、背中に長弓を背負った幼馴染が青灰色の瞳でマクシムを睨んでいる。どうやら今日は弓の訓練をするらしい。マクシムの使う短弓と違って、長弓は扱いにかなりの力を使う。彼の兄は実際に怪力を買われて帝国兵に徴収されたひとりで、少し前に「弟へ」と札を付けて贈られてきた長弓は子供たちの間で羨望の的になっていた。
「……そうだけど」
厄介なやつに捕まった、とマクシムは心の中で溜め息をつく。それを知ってか知らずか、幼馴染はぐっと顔をしかめ、ふんと鼻息を荒げた。
「そんなちっこい弓がいくら上手くたって、帝国兵になれないだろ。俺の長弓貸してやるから訓練しろよ」
「……別に、帝国兵になりたいわけじゃないし、遠慮しておくよ」
そう言って踵を返すと、背中に苛立たしげな声がかかる。
「なんだよ!人がせっかく貸してやるって言ってるのに。お前なんか、一生この村で森の中をはいずり回ってりゃあいいんだ!」
お前こそ、出られる保証もない穴ん中で一生かんこん土くれを掘り続けてろよ、と喉まで出かかった言葉を飲み込んで、マクシムは走り出す。そんなことを言えば、村の男達すべてを否定することになってしまう。それは父親に罵声を浴びせるのと同義だった。
「……チムール」
呼びかけにいつも通り出てきた白イタチが首を傾げる。どうやら、マクシムの元気がないのに気付いたらしい。ちろちろと小さな舌で慰めるように手を舐めてくれる。
「……ありがとう。大丈夫だから」
お返しに顎の下をくすぐってやると、嬉しそうに目を細める。至福、と言わんばかりの表情にくすりと笑って、マクシムは立ちあがった。
「さあ。行くか」
今日の空は殊更澄んでいる。気温が上がりそうだ、と呟いて、マクシムはチムールと共に山を登り始めた。
今日もご覧いただきありがとうございます。




