自覚と夢と白い雪
■この小説は平日更新予定です■
※しばらく、0~20時でそれぞれ時間を変えて更新します。
それ以降になる場合や、更新が難しい場合は活動報告でお知らせします。
★遅刻しました(´・ω・`)
ダミアンが馬車に戻ると、気疲れしてしまったのかユエはティハに抱かれたまま寝息を立てていた。貴族である自分には見せようとしないだろう無防備な姿に、少なからず嫉妬する。
「……代わろうか?」
「いや、大丈夫だ」
どこか鈍感なところのあるティハのこと、もしかしたら素直に代わってくれるかもと期待したがそれも空振りに終わり。横に座ったムッカが忍び笑ったのが分かる。それを軽く睨めつけて、ダミアンはティハの正面に腰掛けた。
高価な絹糸のように艶めく黒髪を持った目の前の男は、ユエを大事そうに抱え窓の外をぼんやり眺めている。希に見る美貌も然ることながら、腕の中で眠る少女の白金色との対比が美しく、こうしてみると一幅の絵のようにさえ見えた。
この男はユエのことをどう思っているのだろうか。結婚の話が出たときも特に反対することもなかったし、彼女との関係が変わったようにも見えない。親戚だというし、兄のようなものなのか。それとも。
それにしても落ち着かない、とダミアンがユエの寝顔を盗み見ながらつらつらと物思いに耽っている間に、馬車は街中を淡々と走り、やがて館の敷地内へ入っていった。
馬車から素早く降りたティハは玄関を抜けるとユエの私室へ真っ直ぐ歩いていく。霊代たちと一緒にその後を追おうとしたダミアンに、玄関脇の客間から声がかかった。
「ダミアン!」
「……ブラウリオ」
「やあ。君が中々研究所に来ないものだから、上司に届け物を頼まれてね。……今のはユエ嬢か。抱えていた男は誰だ?随分親しげだけれど」
最後の部分は素の話し方で、声を潜めるブラウリオ。ホールの階段を上がっていくティハの後ろ姿を興味深げに見ている。
「……ユエの親戚だ。兄……のようなものだと思う」
「ふうん。私にはもっと親密な仲に見えるが」
ダミアンの歯切れの悪さをからかうようにブラウリオがにやりと笑う。
この色恋に関しては百戦錬磨で殊のほか鼻の効く男にそう言われると、それこそ本当になりそうで嫌な予感しかしない。ダミアンは盛大に顔を顰めた。
「やめてくれよ」
「ははっ。悩め悩め。お前は今まで恋愛に興味が無さ過ぎたんだ。圧倒的に経験値が足りないんだよ」
「……そもそも女性たちに相手にされるような立場じゃなかったんだから、仕方ないだろう」
言い訳のようにもごもご口篭ると、ブラウリオが「本当に視野が狭いな」と呆れたように言った。そして客間に飾られた鏡に映るダミアンの影を指差し、続ける。
「ほら、顔だって悪くないし、腐っても貴族だ。お前に秋波を寄せるお嬢さんはこれまでごまんと居たんだぞ。お前が見ようとしなかっただけで」
その指摘にダミアンは閉口する。少しだけ覚えがあるからだ。自分だって中身は健全な若い男だし、彼女たちに心惹かれ無かったというと嘘になる。しかしいつだって頭の中には障害になるであろう家族の過去がちらついていて。
想いを交わして、付き合って、相手の両親に挨拶して、周囲に祝われて結婚する。普通のはずのその道のりがダミアンには果てしなく遠く思えた。結局「その後」のことを考えると面倒になって、寄せられる想いに気づかない振りをするのがすっかり上手くなり。気づけば色恋を知らないまま二十歳を越えていた。
「……まあ、ユエ嬢はお世辞じゃなくとも可愛いし、お前が惹かれるのも分かるが。べつに、反対しているわけじゃないぞ?心配しているだけだからな。分かっているのか?」
黙ってしまったダミアンに決まりが悪くなったのか、ブラウリオはひとことふたこと励ましの言葉を口にするとそそくさと帰っていった。
ダミアンはふと気がつく。霊代のことを気にしなくていいユエだから、自分は一歩先の未来を夢見る気になったのかもしれない、と。
彼女は好ましい。風になびく柔らかな金髪も、時には砕けた喋り方を聴いてみたいと思える丁寧な話し方も、地下でブラウリオの追求からダミアンを庇ったときの真っ直ぐな目も。
「……ああ、僕は、彼女が好きなのか……」
姉の影を追っている訳ではなく、ユエ個人に惹かれている。ようやくその事実をダミアンは認める気になったのだった。
*****
夜更け、ベッドの中でユエは目覚めた。一瞬ここはどこだろう、と考えて、見覚えのある天井にダミアンの館に与えられた私室だと気づく。
「眠ってしまったのね……」
どうやら、自分は帰りの馬車で眠ってしまったらしい。こんな時間まで目覚めないなんてと驚くが、寝たおかげか考え事ばかりで重くなっていた頭は思ったよりもすっきりしていた。身を起こすと、いつも通り隣でムッカが寝息を立てている。起こさないようにそっと寝台を抜け出し、ユエは壁に掛けられた背嚢から見慣れた地図を取り出した。
「お父さま……」
ざらついた羊皮紙の表面をそっと撫でる。お父さまらしくないミミズが這ったような文字だ、と思っていたそこかしこの書き込み。思えば、これは隣国フォマーで使われている文字だったのかもしれない。北の果てにある山脈の、さらに向こうの国の言葉など南生まれのユエは見た試しも無かったが、父の過去を想えば自然とそう思えた。
床の絨毯に座りこんで、これは何と書いてあるのかしら、お父さまはどこを通ってドゥルセの街に至り、どうやってお母さまと出会ったのかしら、と一人地図をなぞっていると、不意にぽてり、と柔らかく暖かいものが膝に触れた。
「……テン」
ふっくらとした白い毛のイタチは返事をするように髭をそよがせる。その黒目がちな瞳は何か伝えようとしているかのようで。ユエは地図と白イタチを見比べると、ゆっくりと訪ねた。
「テンは……お父さまの故郷のことを知っている?」
「……うん。知ってる」
「そう。教えてもらってもいい?」
テンは心なしか潤んだ瞳を一度だけ伏せると、やがてこくりと頷いた。そして北の方を向きひくひくと何かを思い出すように鼻を動かして、そっと語り始めた。
「フォマー帝国はね、一年のほとんどが雪で覆われた、白い、白い国なんだ――……」
初めユエの見たことのない雪について触れたテンの語りは、国の様子から民の暮らしを描写するようになり、そしてやがて一人の少年の話になった。テンは『彼』が誰か明確に教えようとはしなかったし、ユエも聞こうとしなかった。けれど、ふたりは『彼』が誰なのか、お互いが知っていることを分かっていた。
貧しく冷たい暮らしの中を生きた少年。
語られなかった彼の名は、マクシムといった。
短いですが、キリが良いのでここまで。
最近ダミアンばっかりでしたが、次回はマウロ=マクシムさんについて触れる予定です。
今日もご覧いただきありがとうございます。




