代償の意味
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話を終えたギードがじっとユエを見る。その瞳は分かりにくながらもユエの返答を恐れるように揺れていて。
はじめて彼と接触を持ったのは、両親の葬儀の時だった。泣けないでいるユエの頭を優しく撫でてくれたのが印象的な怖い髭面のおじさん。バルバに弟子入りした後、慣れない採集で森からの帰りが遅くなったときはいつも心配そうに詰め所のある門の前に立っていた。ユエの作った初めての薬を苦笑いしながら飲んでくれたし、バルバに内緒で試作品の薬を試してもらったりもした。
今なら分かる。きっとギードは罪の意識からユエを気にしてくれていたのだろうし、今回護衛兼見張りとして自警団から彼が選ばれたのも必然なのだろう。団長のジークと仲が良かったのもユエの両親の件で取引していたからかもしれない。そう思えば、その奥さんであるカミラがユエの母と親しかったのもこの所為だったのか、と妙に納得できた。
ああ、どういえばいいのだろう。ユエはぎゅっと胸の前で手を握りこむ。
胸の中で「どうして両親を巻きこんだのだ」と責めたい気持ちと、「もともと父が密偵だったことに端を発しているのだから自分にギードを非難する権利は無い」と冷静に理解する部分がせめぎ合っている。
「……すこし、時間をください」
そう言うのが精いっぱいで、ユエは俯いた。視界の端でギードの大きな手が躊躇うように動いたのが分かったが、今は彼の気持ちを慮る余裕は持てそうにない。
「そっちの王太子サマの用件は、ようするにこれに対する『謝罪』ってことでいいのよね?」
「……ああ、そうだ」
ユエを庇うように前に出たムッカの問いに、ギードが応える。
「じゃあ、用は済んだわね。ユエは先に馬車に戻らせてもらうわ。……いいわよね、ダミアン?」
「あ、ああ」
ティハに大人しく抱え上げられながら、そういえばダミアン様も居たのだった、とユエはぼんやり思う。
隣国の密偵の娘と貴族の結婚など、周囲が許すはずがない。彼も考え直すだろう。そう思えばひとつ問題が片付いたことになるが、それ以上に両親の秘密が大き過ぎてユエは与えられた情報に溺れそうになっていた。
「……行ってしまったね」
ユエを隠すように去って行った霊代達の後ろ姿を呆けたように見ていたダミアンだが、不意に掛けられた言葉にはっとする。鍵を開けるためにギードはついて行ったので居ない。隣に立つのは王太子レイナルドだった。
「失礼を……!」
慌てて跪き地面に目を落とす。レイナルドの視線が己れの後頭部に注がれているのが嫌でも分かり、ダミアンは落ち着かない気分になる。王太子とは浅からぬ縁があるからこそ感じる居心地の悪さだった。
「ルーシェンの、ダミアンだね。父君……ビクトル殿は息災か?」
「……はい。市井で庶民に混じり、毎日楽しく暮らしているようです」
「そうか。……さすが先生だな。どこへ行ってもその色は変わらない」
レイナルドが苦笑する。
殿下は未だに父のことを「先生」と呼ぶのか、とダミアンは密かに思った。
ビクトルが王太子レイナルドの教師役を努めていたのは二十年前。貴族でありながら各地を奔放に飛び回り、国内の事情に通じていると評価されたことがきっかけだった。折しも後妻を娶ったばかりで、それでもひと所に留まろうとしない父に業を煮やした伯父が「落ち着いた生活をせよ」と話を持ってきたらしい。
当時三歳だったダミアンと姉のラウラ、そして母と父ビクトル。ダミアンは毎日父と会える日々が嬉しくて仕方がなかったし、適齢期だった姉は婚約者を見つけた。終始温和な顔をしていた母も恐らくこの生活を気に入っていただろう。父も渋々受けた仕事ながら優秀な教え子に存外喜んでいた節がある。
この王都で暮らした、短いけれど充実した時間。それは予想もしなかった形で唐突に終わってしまった。
「君にも……ずっと謝りたいと思っていた。私の病を治せと無理を言ったのは母だったのに、あんなことになってしまって」
ぽつりとレイナルドがこぼす。ダミアンは何と言うべきか迷い、言葉に詰まった。
「いえ……その。勿体ない、お言葉です」
「いや、君達家族の最後の時間を奪ってしまったのは、王家だ。本当に済まないと思っている」
そう言ってダミアンに立ちあがるように促すレイナルド。肩に置かれた手に込められた力は予想外に強く、戸惑いつつもダミアンは従うしかなかった。
あの年、王都では熱を伴う死病が流行した。体力の無い子供や老人が次々と伏せり、ダミアンと身体の弱かった母も例外なく倒れた。そして、それは王家の一粒胤であるレイナルドにも振りかかり。
母は助からなかったが、ダミアンは霊代を生んだ姉のおかげで一命を取り留めた。そして、その話を知った王妃が姉ラウラにレイナルドの病も癒すよう命じたのだ。もちろん、レイナルドは助かった。今も生きているのが何よりの証拠だ。けれど。
「奇跡など、起こり得ない。何事も代償が必要なのだ。それを聞かなかったお前たちが悪い」
悪びれもせずそう言い放ったのは、姉の霊代。霊代の力は始め「無償の癒し」と思われていたが、実のところそれは「他の命を対象に移し替える」というものだった。ダミアンに移し替えられたのは母の命。当然母はダミアンが助かると同時に命を落としたが、それは死病を得ていた所為だと誰もが思っていた。契約主である姉さえもそう思っていたのだ。
今、霊代の研究に携わる身としてダミアンは思う。もう少し時間をかけて姉の霊代の得た力を調べていれば、この件は防げたのかもしれない。けれど、あの時は時間が無かった。周囲の大人たちも「王太子が助かるならば」と王妃の提案を支持した。そして姉も幼い命を助けるためと信じて力を使った。
そしてレイナルドに移し替えられたのは、――……王妃の命。
王家に仇なした者は例外なく捕えられる。姉もそうだった。本人にその意思は無かったとして即刻処刑されることは無かったが、霊代を得た身はそう長くは持たない。
結局、彼女を看取ったのは霊代と牢獄の看守だけだった。
「……幼い身だった故、私にはその時の記憶があまりありません。ですので、気になさらないでください」
「……だが、君が霊代の研究をしているのはそういうことだろう?」
レイナルドが言いにくそうに口にする。
確かに、霊代の研究者をしている時点で姉のことを「気にしていない」と伝えるのは詭弁にしかならないだろう。だが、実際彼女との思い出はほとんど覚えていないのだ。三歳児の記憶などその程度のもの。霊代という存在に禍根はあれど、王家やレイナルド本人をどうこうしようと思う気持ちはない。
「姉のような人を出さずに済めば、とは思っていますが、王家に思う所は少しも無いのです」
そう言ってダミアンは笑みをつくる。
「そうでなければ、殿下の造られた温室を休日に女性と散策しようなどと思うはずがないではありませんか」
きょとん、としたレイナルドは一瞬の後に破顔する。
「……そうか。そうだね。ダミアンは、ユエを好いているんだね?」
「分かりません。妻にしたいとは思っていますが」
ダミアンが肩をすくめると、レイナルドはとうとう声に出して笑った。
「面白いもの言いをするね、さすが先生の息子と言ったところか。普通、『好いたから妻にする』のだと思うけれど」
「自分の気持ちは分かりにくいもの。ただ、この女ならば、と感じたまでです」
しかし、とダミアンは自身の心の中でつけ足す。
ユエが隣国の密偵の娘、という点がどこまで知られているのか。そういえば、ルーシェンの館でのギードの振る舞いは田舎の自警団らしさの欠片も無かった。もしかすると、ルーシェン領主で従兄弟のアルトゥロはユエの両親に関する一連の事件を知っているのかもしれない。
何かにつけ慎重な従兄弟はこの結婚に反対しそうだと、ダミアンは密かに嘆息するのだった。
お……おひさしぶりです。壁|ω・)))コソコソ
やっと再スタートです。読んでいただき感謝ですm(_ _;)m




