領都で待つもの
■この小説は平日18時更新予定です■
今週は多忙のためお休みしていたので、土曜日ですが一話あげます。
船は逆流する水とともに川をのぼり、舵を取ることはあっても櫓で漕ぐことはほとんどないまま目的地に到着した。両脇を流れる二本の川の中洲に位置する領都、ブノワ。
シュトカ村とは比べ物にならない大きさの建造物が立ち並ぶ石造りの街並みを眺めながら、船の上でユエはそっと唇を噛み締めた。
「もうすぐ着くからな。大人しくしていてくれよ」
近づく領主との対面に緊張しているのか、バシリカの役人が固い表情で釘を差す。暗に余計な事を言うなと言っているのだろう、それを聞いたムッカはつんとそっぽを向いた。顔を歪めた役人は「しっかり見張っておくんだぞ」とギードに八つ当たりすると、舫い綱が船着場に掛けられた途端そそくさと船を降りていく。
「…俺が奴の言うことを聞く筋合いもないんだがな」
役人の居丈高な態度に気分を害したギードが鼻を鳴らす。罰金は領主のみならず村にまで類が及ぶためユエを逃がしてやることはできないが、自警団から『ユエが無事王都に着くように』と派遣されたギードがバシリカの役所に恭順する必要は無い。
「降りないのか?」
不愉快そうなムッカとギードを他所に、相変わらず空気の読めないティハが瞳を輝かせながら街を指差す。船での興奮がやっと収まったところだったのに、見慣れない大きな建物を見てまたぞろ気分が高揚し始めているらしい。面倒を見疲れたテンがぐったりと狩られた獲物の如く肩に引っかかっているのが哀れだった。
「…行きましょう」
ユエは「私は何も見なかった」とでも言うようににっこり笑うと、ムッカとギードの背を押した。
*****
木製の桟橋を歩いて石畳に降り立った途端、ユエは人にぶつかりそうになった。経験したことの無い人の多さに息を飲む。
視界を多くの人影が行き来して、その情報量に少し目眩がするほどだ。他の皆は大丈夫かと横目で伺うと霊代のムッカとティハ、テンはともかく、ギードも見たところ全く平気なようだった。どうやら田舎者丸出しなのは自分だけらしい。
ユエはがっかりしながら、視線を足元に落とす。見える範囲に動くものが少なくなると目眩もましになった。
ほっとしていると、コツコツと石畳を軽快に鳴らす何かが近づいてくる。そして、見たこともないほど綺麗に磨かれた革ブーツがユエの視界に侵入してぴたりと止まった。
「君が、ユエ・カファロ?」
掛けられた声に恐る恐る顔をあげると、貴族と会ったことの無いユエでもそれと分かるほど洗練された服装の青年が立っていた。
予想もしなかった出来事に思わず固まる。しかし主にティハのせいで不意打ちに慣らされていたユエは即座に気持ちを立て直した。相手がティハならともかく、貴族相手に失態を演じる訳にはいかない。
母に仕込まれた『正式な挨拶』を記憶の引き出しから急いで引っ張り出す。簡素な旅装のスカートでは見栄えもしないだろうがやらないよりましだ、と意を決して、出来るだけ上品に見えるようそっと裾をつまみ軽く膝を折った。
「はい。私がユエ・カファロでございます。何か御用でしょうか」
単なる田舎娘と思っていたのだろう、身なりの良い青年は意外そうに目を見張った。そして少し照れくさそうに笑う。
「ああ、僕は貴族といっても傍系だから、態度は気にしなくていい。むしろ市井での暮らしが長いから、そういった扱いは慣れてないんだ。…それに、そんなに固くなられたら聞きたいことも聞けないだろうしね」
そうは言われても、と困ったようにユエが眉を下げると、青年は肩をすくめた。
「まあ、追々直していってくれればいいよ」
「……ところで、どちら様でしょうかね」
ずいっとユエを背後に隠すように出張ったギードが間に入る。背丈はさほど変わらないが、体格の良いギードに痩身の青年は少し気圧されたように身を引いた。
ユエは冷や冷やしたが、青年は失礼な態度を取るギードを怒ることもせずに、何故か興味深そうに観察している。
「君は……」
「ダミアン様!勝手に接触されては困ります!」
泡を喰ったようなバシリカの役人の声が青年の言葉を遮った。人混みをかき分けるようにして現れた男に、ダミアン、と呼ばれた青年は向き直る。
「どうしてだい?どうせ、王都まで一緒なんだからいつ挨拶しようが構わないだろう」
「それはそうですが……」
後に続く言葉を濁して、役人が苦虫を噛み潰したような顔をした。成り行きを見守っていたムッカが眉をひそめる。
「王都まで一緒、ですって?」
後ろに居た小さな少女もユエの同行者だということに気づいたダミアンが、はっとした顔をした。まじまじとギードとムッカを見比べて、面白い、とでも言いたげに唇の端を上げる。
「そうだ。僕は、ダミアン・ルーシェン。王都で霊代の研究職に就いている。……ところで、誰がユエ・カファロの霊代なんだい?」
その瞳は先ほど照れ笑いをした時とは打って変わって鋭さを増していた。
「まったく、こんなにぞろぞろ人がついて来ているとは思ってなかったよ」
「……申し訳ありません」
ダミアンと同乗した馬車の中で、ユエは小さくなる。
幌馬車とは全く別の代物と言えるその豪奢な馬車にはきちんとクッション性のある座席が設けられていて、乗り心地も悪くない。馬車は痛いものだと思っていたユエなら、その快適さに少しくらい感動しても良い場面だ。
しかし隣に座るムッカがむっつりと黙り込んでいるうえに、正面に座る青年の痛いほどの視線に晒されている所為で、すっかり縮こまっていた。
あの後ダミアンの興味を引いたのは、同行者の内の誰が『霊代』か、ということだった。最初は「人を殺した」という話もあって見るからに強そうなギードがそうだと思ったらしいが、ムッカのみならずティハまで現れたので驚いたようだ。
霊代と分かるやいなや喜んで同乗したがったダミアンに、ムッカは嫌そうに鼻に皺を寄せた。じろじろと眺められるのは苦痛らしい。
ちなみにティハ(とテン)にギード、それと霊代と一緒にいることを嫌がる役人は別の馬車で移動している。彼は霊代を避けているつもりらしいが、皮肉にもティハとテンがいるせいで全く避けられていない。むしろ増えている。
「……あの、親戚は自分で旅費を出すと言っていますから、同行をお許しいただけますか」
自警団が派遣したギードはともかく、ティハの同行が認められるかユエは不安だった。
「ああ、黒髪の彼かい?別に良いんじゃないかな。契約者が家族を伴う場合は逃亡率が下がるから、むしろ歓迎されると思うよ」
拍子抜けするほど軽くダミアンが言った。「逃亡率」とつぶやいてムッカが渋い顔をする。
「……みんな好きで王都に行ってる訳じゃないわ。逃げるのも当たり前よ」
「まあね。でも、王都に行かなきゃいけないってことは、周囲に契約がバレたってことだよ。誰からも敬遠されるその状況で故郷に居続けることが果たしてその人のためになるのかな」
首を傾げたダミアンに、ますますムッカの雰囲気が冷たく尖ったものになった。ユエはその空気に居た堪れなくなったが、ため息を吐くことすらもはばかられてそっと視線を膝に落とすだけに留めた。
*****
馬の嘶きが聞こえて、馬車が止まる。カーテンが締め切られたままだった小窓からそっと外を伺うと、立派な鉄の門が見えた。
「さあ、着いたよ」
ダミアンが腰を上げる。それを予期していたかのように、馬車の扉が外から開けられた。
「お待ちしておりました、ダミアン様」
落ち着いたトーンの声がする。恐らく領主の執事だろう、恭しく下げられた白髪の頭を見て、ユエは緊張から思わずこくりと喉を鳴らした。
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