しっぷの効き目は抜群につき
■この小説は平日18時更新予定です■
……ですが、金曜休載したので例外であげます。
土曜日中に書きあがってよかった;;
夕食の後、ユエはベッド脇の机で作業をしていた。
村から持ち出した薬草の中から、消炎作用のあるものを選び出してすりつぶす。少量の水でよく練ると薄手の手ぬぐいにまんべんなく広げた。特有のすっとした香りがして、濃い緑の薬液がじんわりと布に広がりはじめる。それから、塗った面を内側にして丁寧に折り畳めば湿布の完成だ。
着替えに使う衝立を自分に割り当てられたベッドが隠れるように置いて、ユエは一息ついた。
ティハは夕食前まで黒蜥蜴の姿でくつろいでいたが、食事の準備が出来たと知るといそいそとまた人間の姿に戻った。さらに食事を終えた後は、「明日からまた三日間おあずけだから」というギードの誘いを受けて階下で酒を楽しんでいる。
夕食はぶーぶーと文句を垂れるテンを部屋に残して、ギード、ティハ、ユエ、ムッカの四人で共にした。
メインは港町らしく海で獲れた新鮮な魚を香辛料や夏の野菜とともに香り高い酒で煮た料理で、食べ慣れないもののとても美味しかった。シュトカ村は海から離れているので干物や油漬けなどの日持ちのする加工品しか手に入らない。ムッカは本で読んだ通りの味だとそれはそれは喜びながら舌鼓を打っていた。ティハに関しては言わずもがな。
部屋に戻ったムッカは満腹になって眠くなったのか早々に横になり、テンも同じ寝台で無防備に腹を見せながら寝こけている状態だ。
というわけで、いまだひりひりと熱を持つ「尻の手当」をするなら今なのだ。
容態は想像以上に悪く、分厚い皮越しに座っているのではないかと錯覚するほどの腫れと痛みで、食事時も気になって仕方が無かった。明日からまた容赦なく上下に跳ねながら進む馬車に乗らなければならないので、ここで少しでも腫れを抑えておきたい。
「村にいれば、馬車なんて必要なかったもの……」
森に入っていたので脚には自身があるユエだったが、さすがに馬車のうまい乗り方は門外漢だった。明日時間があったらクッションか何か用意した方がいいかもしれない、と思いながら、そろそろと下着を下ろす。スカートが汚れないようにまくりあげ、衝立で隠したベッドにうつぶせになり尻に湿布を乗せる。
「はああ……」
冷んやりと、腫れた尻に湿布の清涼感が広がる。このままでは心許ない、と宿から身体を拭くために借りたタオルを上からかけたが、どうも気休め程度にしかならなかった。ティハが戻ってくる前には片付けなくてはならないだろう。
「気持ちいい……」
気疲れも重なって、ついつい気持ちよさにうとうとしてしまう。
明日、宿の女将さんにクッションか布を売っているお店がないか聞いてみよう。それから、食料も少し買い足したほうがいい……
そんなことを考えているうちに、ユエの意識はとろとろと沈んでいった。
「……お前、本当にザルだな。参ったよ。じゃあ、明日な」
「はい。また、明日」
遠くに聞こえるギードとティハのやり取りを、ユエはぼんやり夢心地で聞いていた。しかし、ガチャリ、と部屋の扉が開いた音で目が覚める。
「ユエ、寝ているのか?服を脱ぎたいから、衝立を貸してほしいのだが……」
ひょこっと黒髪の青年が衝立の脇から顔を出して、まだ半覚醒状態で身を起こすこともできていないユエと目があった。ほんのりと酒で目元が赤く染まった彼は、読めない状況にきょとんとしている。一方ユエは幅の無いタオル一枚で下半身をかろうじて隠してはいたが、すらりとした太腿から下はほぼ剥き出しの状態だった。
はっと気づくと、明らかに金の双眸がいつもと違うユエの風体を観察していた。
「……っ」
かああっと、あっという間にティハ以上に顔を染めて、手元にあった枕を投げつける。突然の凶行に青年は反応することもできず、ぼすんと顔面でそれを受け止めてもんどり打った。
「な、なにを」
「いいから、あっちに行ってください!」
何があったのかとまた覗こうとしたティハに、ユエは鋭く声を放つ。ちら、と見えた黒髪が引っ込むのをしっかり確認してから、ばたばたと身支度を整えた。
「衝立は隠すために立てているのですよ!」
「はい」
「普通は相手の返事を待ってからのぞくものなのです!」
「はい」
「特に女性相手には気を使うべきです!」
「なぜ?」
「なぜって……、それは、その……恥ずかしいからです」
「異性の裸を見るのは恥ずかしい、と言っていたが、見られるのも駄目なのか?」
「当たり前です!」
「オレは所詮トカゲだ。見られるのも見るのも気にしないが……」
「ティハは良くても私が駄目なんですってば!」
しゅん、と萎れるティハ。ユエの機嫌をうかがうようにちらちら見上げてくるが、その度にユエはきっと涙目で睨み返していた。
「……なにー?何の騒ぎー?」
叱責する声で目が覚めたのか、テンがむくりと起き上がる。
「何でもありません!」
「そっかー。じゃあボク寝るから静かにしてねー」
そう言ってまたパタリと仰向けに倒れるテン。ふっくりした白い腹は、すぐに規則正しく上下し始めた。その様子にむぐ、と口を噤んだユエを見て、説教が終わったことを知ったティハはほっとした表情を浮かべた。
*****
翌朝、ブノワまで同行するというバシリカの役人の都合で、出発は昼になった。ユエは王都までの道を知っているというギードだけ居てくれれば別段問題無いのだが、万一にも逃亡されたら困るということらしい。
空いた時間をクッションと食材探しに当てようと、ユエは宿の女将に聞いた市場に来ていた。
ティハの肩に乗ったテンはまるで襟巻きのように巻きついている。まだ夏盛りなので傍から見ると暑苦しい光景だが、当のティハは特に気にした様子も無く朝市の様子を楽しんでいた。
「じゃあ、この魚は十ルピなのね?」
「ああそうだよ。いくつ欲しいんだい」
「んー……。日持ちしないなら、四人分を一回で良いわ」
滅多に食べられない生魚を仕入れようと、ムッカは張り切っている。それ以外にも様々な魚種の干物や燻製を手に入れてほくほく顔だった。
ユエはきょろきょろとあたりを見回して、布を扱っている店を見つける。既製のクッションでも良かったのだが、市場では布や皮を取り扱っているだけだった。
「お嬢ちゃんは何をお探し?」
「クッションを作りたいのです。馬車の床に直に置くので、丈夫で汚れがつきにくい物がいいのですが」
「なら、この船の帆にも使われる帆布がおすすめだよ。厚手だから縫うのは大変だけど、めったなことじゃ破れないからね。中身は……ほら、この綿でいいだろ。最近は綿花の収穫高が上がって値が落ちてるから、安く出来るよ」
帆布と綿、それから太めの針と糸を購入して、ユエはお金を払う。まいど、と言って受け取った店番の女性がふと隣に立つティハを見た。
「あらあ。お兄さん、すんごい美形だね。しかも、その白い襟巻きはいい品じゃないか。どうだい、季節外れだけど、二千ルピなら買い取るよ?」
途端にテンがぴっと毛を逆立てる。店に並んだ様々な革製品を見てぶるっと震え、大急ぎでユエの前掛けに隠れた。尻尾だけがポケットに入り切らず飛び出しているのを見て、ムッカがぷっと吹き出す。
「なんだい。生きたイタチだったんだね。……にしても、ここら辺じゃ見ない種類だねえ」
目を丸くした女性に、隣で店を出している老人が同意する。
「そうだなあ。ここら辺は冬毛になっても皆茶色にしかならんからなあ。今の子みたいに白いのは北の方に行かんと見れんな」
「へえ……そうなんですね」
苦笑いしたユエ達は、こそこそと隠れるようにその場を後にした。
「じゃあ、買い物はこれで全部だな?」
馬車の前で確認するように言ったギードに、ユエは頷く。昨日は飲みすぎたのか、少し浮腫んでいるのが口元を覆った髭越しにも分かるくらいだ。後で浮腫みを取る利尿作用のある薬を調合してあげよう、とユエは心に決めた。
こうして、ユエ達はバシリカを後にした。
まだ見習いのユエが調合した薬は少し強過ぎたのか、いつもよりギードの用足し休憩が多かったのはご愛嬌というものだった。
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