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地図のうえではまだ遠く

■この小説は平日18時更新予定です■


ちょっと遅くなりましたm(__)mすみません。。

「ユエが今いる王国の名前は知ってる?」


 鼻をぴくぴくさせながら、テンが尋ねる。ユエは馬車の床に大きく開いた地図の前でこくりと頷いた。

 走行中なので車体はもちろん揺れているが、地図を読む程度であれば問題ない。さらに、ガタガタと車輪の立てる音のおかげで、御者台のギードにテンの声は聞こえなかった。


「……アベラルド、王国」

 

「そう。アベラルド王国。大陸の南西を占める大国なんだ。そして、ここルーシェン領は王国内でもさらに南に位置してる。それから……」


 テンはとことこと地図の上を歩くと、地図上の左下、大陸の南西にちょこんと突き出た場所を示した。

 まるで彼の尻尾のように細長く突出した半島は、大部分が森を表す印で覆われている。その半島の付け根と、中ほどの海に面した場所の二か所に、街の印があった。付け根の街はチェッタ、海に面した街はバシリカとそれぞれ表記されている。


「この南の海に突き出ている半島が、今居る場所。ちなみにラガルティハの森は、半島のど真ん中、標高の低い陥没した部分がそうだね。八十年ほど前までは海際にある港街バシリカがルーシェン領内の最南端だったんだけど……そこよりもさらに南で、ラガルティハの森を囲う断崖絶壁が崩れているのが見つかったんだ」


 たしたし、と小さな手が、陥没した森へ下りていくための道が描かれた部分を叩いた。森の南端から緩やかに標高を下げながら内部へ侵入しているその道の先に、シュトカ村、と書かれた小さな印がある。

 地図を見るまで気付かなかったが、シュトカ村は随分ラガルティハの森に入り込んだ部分にあったらしい。ユエは驚きに目を見開いた。


「シュトカ村は、森の中にあったのね」


「そうだね。まあこれが辺鄙な場所と言われる所以。ちなみに、ボクたちはもうすぐバシリカの街に着くから、今は……ここを走ってる」


 ぐるりとラガルティハの森を迂回するように延びる街道を指差すテン。示された位置はすでにバシリカの街のすぐ近くだった。


「王都はずっと北だから、まだまだ道のりは遠いねえ」


 つつつっとそこから北に向かって辿られた行程には、付け根の街チェッタ、領主様のいるブノワがあり、さらに二つほど別の領地を越えた先にやっと王都があった。

 まだ十分の一ほども進んでいない。四日経ってこれなのね、とユエは肩を落とした。




 バシリカの街に着いた一行は、役人たちと別れ、四日間の汚れを落とすために宿を取った。

 

「部屋割りは……ユエとムッカ、俺とティハでいいか?」


 ギードの問いに、ユエは慌てて首を振った。

 役人達も居た所為でティハはこの四日間ずっと人の姿のままだ。力は余裕でも長期間変化し続けているのは肩が凝るらしく、今日はさすがにぐったりしていた。早く鍵のついた部屋で一度トカゲの姿に戻らせてあげたい。


「ティハは一人部屋でお願いしたいのですが。お金は彼が払います」


「ごめんね、お嬢ちゃん。今日はもう一人部屋がひとつしか空いていないのよ。二人部屋か、三人部屋ならあるんだけど」


 男であるギードとティハ、それから少女のユエとムッカを見て宿の女将が困ったように言う。ティハが一人部屋なら、ギードは二人部屋を取るしかなくなる。そうすると、泊まるのは一人でも二人分の部屋代を払わなくてはならないのだ。

 これからまだ先は長いのだし、余計な出費は押さえるべきだ。ユエは少し考えて提案した。


「それなら、ティハは私たちと一緒で大丈夫です。ギードさんは一人部屋をどうぞ」


「……大丈夫なのか?」


 ギードが目を丸くする。女将さんも確かめるように年頃のユエとティハを交互に見た。その視線の意味が分からないほど、ユエは鈍感でもない。むっと頬を膨らませて抗議する。


「問題ありません。ティハはただの親戚ですし、ムッカも一緒なので平気です。……言っておきますが、ティハはこう見えていびきがうるさいですよ」


 ユエが咄嗟にでっちあげた理由に、ギードが吹き出した。色事を心配していた女将さんも、「せっかく良い男なのにねえ……」と途端に残念なものを見るような目に変わる。

 当のティハは「いびき?」と首を傾げていたが、寝なければ聞こえないものなので本人が気づいていない設定でも問題ない。


「ぐーぐーがーがーと、それはもう本当にうるさいのです。ギードさん、それでも良いのですか」


 駄目押しでユエが腰に手を当てて怖い顔をすると、ギードは口元を押さえ笑いを堪えながら手を振った。


「いや、それは遠慮したいなあ」


「じゃあ、部屋は一人部屋と三人部屋のふたつでお願いします」


 ユエがぴしっと指を二本立てると、女将さんは「はいよ」と笑って部屋の鍵をふたつ取った。




「うわあ。良い眺めね!」


 部屋の窓を開け放ったムッカは感嘆の声をあげる。

 動物を連れ込むと怒られそうだという理由でポケットに入っていたテンも飛び出し窓下に駆けよる。しかし、身体をめいっぱい伸ばしても窓枠に手が届かず、最終的に「ボクも見たい!」とムッカにねだり、「仕方ないわねえ」と抱っこされていた。


 港に面した窓からは、夕暮れの空と赤く染まった海が見えた。沈みゆく太陽はユラユラと燃えているかのように揺らめいて、舫綱を下している漁船の間をミャアミャアと海猫が鳴きながら飛び交う。嗅ぎ慣れない潮の香りが部屋の中を満たし、思わずユエは深呼吸した。


「……元の姿に、戻りたいんだが」


 そんなほのぼのとした三人を余所に、ぼそりと景色を楽しむ余裕もなく呟くティハ。はっとしたユエは慌てて衝立を用意した。



*****



 ルーシェンの領主、アルトゥロは届けられた報告書に思わず頭を抱えた。


 ―シュトカ村で新たな霊代が生まれた。


 そう始まる報告書には、生まれた霊代が四十年前に匹敵する力を持つこと、めずらしい人型を取ること、契約者の少女とともにブノワに向かわせると簡潔に書かれていた。さらに、森にも被害が出たので大トカゲの件はしばらく保留してほしいともある。

 生まれた経緯については「悪漢に襲われた所為らしいが詳しいことは分からない」と濁されており、何やら知られたくない理由でもあるのかと勘ぐりたくなる有様だった。


「……また痛い出費だな」


 疲れたように天井を仰ぎ見る。

 霊代の護送にかかる費用は領主持ちになるのが通例だ。逃げ出さないよう見張り役も付けなくてはならないので、二人以上の旅費が必要になる。しかも今回は馬にも乗れない少女だ。馬車となればその分日程も延び、食費に宿代、馬の維持費もかさんでしまう。


 アルトゥロは領主だ。これしきの金額で苦渋を迫られることにはならないが、生産性の無い旅に金を出すのは気乗りがしない。もちろん領地のためになることであれば喜んで出すが、霊代は研究機関に放り込んでしまえばそれで終わりだ。差し出さなければ罰金を取られるが、差し出したところで国から報償が出ることもない。結局、罰金よりも護送にかかる費用の方が財布に優しいだけで、出費になることに変わりないのだ。


 深々と溜め息をついて、アルトゥロは呼び鈴を鳴らす。

 少しの間も開けず執務室に表れた、相変わらず察しの良い白髪の執事に例の報告書を差し出した。


「これに掛る金額を試算しておいてくれ。一週間後にはブノワに着く予定だそうだ」


 さっと内容に目を通した執事は「畏まりました」と一礼する。それから少し考えて付け加えた。


「ダミアン様が王都から休暇で御戻りになっているそうでございます。……時期が合うようでしたら、護送の件、お願いしてみましょうか」


「……ダミアン、か。そうだな。受けてもらえるなら、少し金額を押さえられる。打診しておいてくれ」


 アルトゥロは変わり者の伯父が後妻との間に遅くにつくった、まだ年若い従兄弟を思い浮かべた。

ご覧いただきありがとうございます。

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