剣に宿るは幼子の声
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ひとしきりぽんぽんとレオの背中を叩き続けていたユエが、「あら?」と声を上げる。
「どうした?」
「あれ……レオのおばあ様かしら」
「ええ?」
驚きに身を離して振り向くと、暗くてよく見えないながら道行く人影がぽつんと見えた。すでにずいぶん離れているが、その人物が向かっている道の先には剣塚しかない。
「……こんな時間に剣塚に行く人なんか、ばあちゃんぐらいしかいないよなあ」
レオは呻く。ジークもレオも家におらず、カミラが寝室に篭っていたので抜け出してきたのかもしれない。二人は顔を見合わせた後、レオの祖母を追うために駆け出した。
「ばあちゃん!」
案の定、剣塚の前には膝を付いたレオの祖母がいた。
かすかな月明かりの中、地に突き刺さった形で立っている錆びれた剣。その表面を、するりと見覚えのある黒い影が這った気がして、ユエは思わず目を凝らした。
「ジーク?」
小さな幼子の声がする。場違いな場所に響くその舌っ足らずな音に、ユエは足を止めた。
なんだろう。この状況に、すごく似ていたものがあった気がする。
……そうだ、あれはムッカと初めて出会ったときの……
「……ちがう。おにいちゃん、だあれ?」
「なんだ?どこからしてるんだ、この声?」
祖母の肩を抱いて、きょろきょろと見回すレオ。ユエは、じっと剣塚を凝視していた。そしてレオの祖母も、怖いぐらい目を見開いてその剣を見つめていた。
「どうして……またしゃべっているんだい。その剣は力を失ったのに」
レオの祖母が唇を震わせる。その声を聞いた途端、剣塚が喜びを感じたかのように光った。
「おかあさん!また、あえた!」
「私はあんたのお母さんじゃないよ!……どうして。あの人は死んでしまったのに、なんであんたはまだ動いているんだい!!」
悲鳴にも聞こえるほど苦しげに、レオの祖母は声を張り上げた。すると剣塚は弱々しく瞬く。
「ごめん、なさい。すこし、ちからを、もらったの。……でも、すぐに、ねむるから。ごめんなさい」
「どういう、ことだ?これ、じいちゃんの霊代なのか?」
動揺したレオがユエを振り返る。ユエは「分からない。……けれど、多分そう」と曖昧に答えを濁した。
先ほど見た黒い影。あれがティハだったとすると可能性はある。以前、彼は力を失った霊代を「眠る」と表現した。そして同じ霊代であれば力を与えられるのはムッカで証明されている。
何を考えて剣塚に力を与えたのかは知らないが、現にこうしてこれはしゃべっている。
「ジークは、げんき?おおきく、なった?」
「ジークって……親父のことか?」
「おやじ?おにいちゃんは、ジークのこどもなの?」
「あ、ああ……そうだけど」
「……そっか!ジーク、おとうさんになったんだね。よかった。おおきく、なったんだね」
黙り込む祖母を他所に、レオと剣塚の奇妙な会話は続く。
剣塚は終始、光を発して器用に感情を表していた。しかしムッカとは違って地面に縫い止められたまま動くことはない。もしかすると、動かせるだけの力が無いのかもしれない、とユエは密かに思った。
「……もう、ねむらなきゃ。すこしだけ、おはなしができて、うれしかった。ありがとう、おにいちゃん」
剣塚が嬉しさと寂しさをない交ぜにしたような複雑な光を放つ。低い声で、レオの祖母がつぶやいた。
「どうして、あの人の霊代になったんだい」
剣塚はふたたび聞こえた声に、嬉しげに瞬いた。彼女が怒っていても関係ない。ただその声が聞こえたこと自体が嬉しいと言わんばかりの光だった。
「ジークを、たすけたかったの。それが、おとうさんとわたしのねがい。おかあさん、ごめんなさい。おとうさん、しなせてしまって、ごめんなさい。ごめん……なさ……い……」
光が次第に弱々しくなり、完全に剣塚が沈黙した。辺りは再び静けさを取り戻し、錆の浮いた古い剣がひとつあるだけの、いつもと変わらない風景がそこにあった。
くたり、とレオの祖母が身を崩し、レオが慌てたように支える。
「お前ら!急に走るな!逃げる訳が無いとは思ってても、心臓に悪いだろ」
それほど時間が経っていなかったらしく、二人を探していたと思われるギードが追いついてきた。レオの腕の中にいる老婆をみとめて驚いたような顔をする。
「……レオんとこの婆さんか?どうした」
「……最近ふらふら出歩くんです。ちょっと、疲れたみたいで」
剣塚の件には触れず、レオは苦笑いして誤魔化した。ユエも今しがた見たばかりのものを整理しきれず、話をする気にはなれなかった。
レオが祖母を背負うのを手助けしながら、物思いに耽る。
剣塚は、レオの祖父母のことを「おとうさん、おかあさん」と呼んでいた。霊代はもともと人だった何かなのか。でも、ムッカはそういった素振りを見せたことはないし、ティハは全く人の知識を持っていなかったのでその可能性は薄い。
生まれた状況が状況だったようだし、レオの祖父が得た霊代が特別だったのかもしれない。
ムッカに少し話を聞いてみよう、そうユエは思った。
*****
翌朝。役人たちと共に出立するユエの見送りは少なかった。
バルバとマリー、それからレオの母のカミラ。ジークとレオは自警団の面々と役人たちの世話を焼いている。
「ユエ、これを持っておゆき。私のお古だけど、丈は直してあるから」
カミラがユエに畳まれた布を差し出す。それは雨避けも兼ねた被りもの付きの厚手の外套だった。元々寒さを防ぐ用途で使われる季節外れのその品は、王都に着くまでには必要になるけれど夏盛りのシュトカ村では手に入らなかったものだ。少し値は張るが旅の途中で調達しようとユエは準備することを諦めていた。
高い餞別にユエは戸惑ったが、カミラの目が寝不足で赤くなっているのを見て素直に受け取り、深々と頭を下げた。
「マリーも、見送りありがとう。薬匙、大事にするわ。トージさんと、ちゃんと仲直りしてね」
「ユエにもらった本もあるし、がんばるわ。ユエも、身体に気をつけて」
マリーとひとしきり別れを惜しんでいると、それまで黙っていたバルバが口を開いた。
「ユエ、鍛冶屋が作っていた薬匙が間に合ったのかい」
「はい。マリーが持ってきてくれました」
「ちょっと見せてみな」
素直に荷から取り出したユエの薬匙をバルバが検分する。そして満足したように頷くと、懐から自分の薬匙を一本取り出した。それは年を経て少し変色しているが長年バルバが大事に使ってきたことが分かる匙だった。
「薬師はね。一人前になった証に、師匠と薬匙を一本交換するんだ」
そう言って、同じ形のユエの薬匙と自分の薬匙を置き換える。ユエは目を丸くした。自分は薬師として何もかも中途半端なまま、王都に赴く。今の言葉とバルバの行動は噛み合っていない。
するとバルバはにやりと笑った。
「まだあんたは修行が終わってないから私の匙はやれないよ。これは、私の師匠から貰い受けた匙だ。……だから、これを返しに、必ず戻っておいで。それと、旅の間も薬の情報収集を忘れるんじゃないよ」
ユエが戻ってくるよう手綱を付けたバルバに、思わず苦笑する。横ではマリーがふたりを見て嬉しそうに破顔していた。
「出発するぞ!」
ギードの言葉に、ユエは馬車の後部に乗り込む。馬に乗れないユエのために慌てて用意された馬車は簡素なもので、少しくたびれている。馬で来た役人も乗ればいいと勧められていたが霊代と同乗するのは渋ったために、ユエとムッカ、御者も兼ねたギードだけが乗る予定だった。
後ろを開けた幌から身を乗り出す。カミラとバルバはじっとこちらを見て、マリーは大きく手を振っている。ジークは固い表情を崩さずに騎士の礼を取っていて、その横に並んだレオは泣きそうな顔をしていた。
くすりとユエは笑う。せっかく騎士の礼は決まっているのに、そんな情けない顔では台無しだ。心配しないで、と伝えたくて、笑顔で手を振った。
「行ってきます!」
遠くに見える森にも届けばいい。そう思って大きな声で叫んだ。馬車は一度大きく揺れた後、ゆっくりと動き出した。
*****
「お尻……痛い……」
「そう?あたしは全然平気よ」
出発してからそれほど経たない内にユエがつぶやいた泣き言に、ムッカは飄々としている。霊代だからか、馬車の揺れも全く意に介さず外の景色を楽しんでいる。そもそも酔いや痛みと無縁なのではと疑ってしまうほどだ。
ユエが恨みがましい目を向けていると、馬たちが嘶いて馬車がぴたりと止まった。ユエとムッカは首を傾げる。休憩するにしても、まだ出発して半刻も経っていない。そんな短い時間ですでに尻を痛めている自分の軟弱さにため息も出そうになるが、今は歩みを止めた馬車の方が気になった。
「ああー。その」
困ったような顔をしたギードが御者台から幌をかき分けて顔を覗かせる。馬が怪我でもしたのだろうか。ユエは眉根を寄せる。
「どうかしたのですか」
「その、だな。ユエちゃんの、ご親戚が道にいるんだが……」
言いづらそうに頬を掻いたギードの言葉に、ユエとムッカは顔を見合わせる。
「「……ティハ?!」」
理解した途端、ふたりは馬車から飛び出した。
ティハ再来。本日で第二章である「その二」が一旦区切りとなります。
本当はマリーとトージのその後とか、ルイとバルバ婆ちゃんとか、レオとユエの小さい時の話とか、ギードさんとジーク団長の絡みとかいろいろ書きたいのですが話が進まなくなるので泣く泣く省きました…。
希望いただけるようであれば閑話とかで入れてもいいかな…?
とにかく、明日からは「その三・旅にでたトカゲ」が始まります。
今後とも、お楽しみいただければ幸いです。




