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小ライオンの願いは儚く

■この小説は平日18時更新予定です■

 レオは家人に見つからないよう気をつけながら、クリエル家の玄関から忍び出た。新月に近い今夜は闇が濃いが、慣れた村の道であれば家々から漏れる灯りだけで事足りる。


「どこに行く気だ?」


 前庭を抜けて門を出ようとすると、外の塀に父親のジークがもたれていた。

 レオは盛大に顔を顰める。父親は役人たちのお守りで村長の家に留め置かれているのではなかったのか。母親のカミラは明日出立するユエに持たせるものがあるからと寝室で熱心に内職をしていたので、今夜は誰にも見つからないと踏んでいたのだ。


「……ユエに会いに行ってくる。明日じゃ、きっとゆっくり話せないから」


「会ってどうする?行かないでくれとでも言うのか」


 ジークはレオが抱くユエへの想いを正確に察しているようだった。自警団内でかなり噂になっていたからだろう。いつも以上に厳しい口調に、レオは足元に視線を落とす。


「そんなんじゃない!ただ、その……言わないと後悔すると思ったから」


「後悔?それはお前だけの話だろう。ユエは特に聞きたいとは思ってないかもしれない」


 痛い指摘を受けてレオは歯を食いしばった。自分だって、ユエに想いが通じているとは思っていない。そんなことくらい普段の態度を見ていれば分かる。


「……俺は……」


「どちらにせよお前は護衛だなんだと言って後を追うつもりなんだろう。自分の想いだけを押し付けて、自警団の仕事も中途半端に放り出して……それが近い将来死ぬことが分かっている彼女にとってどれほど重荷になるのか、よく考えろ」


 びくりと肩を揺らしたレオを一瞥して、ジークは道の暗がりに消えていった。


 吹き出た冷や汗をぬぐう。レオの行動はすっかり読まれていた。自室の隅に隠すように用意していた背嚢を見られたのかも知れないし、俗に言う父親の勘というやつかも知れない。

 王都に行った霊代と契約者がそう簡単に戻してもらえるとは思えない。そう思って、ユエの後を追う算段を付けていたのだ。彼女の気持ちなどそっちのけで、自分勝手にも、心に踏ん切りをつける猶予(・・)がもう少し欲しい、それだけを考えていた。


 言われた言葉を何度も何度も反芻して、ぎゅっと目をつぶる。それでもレオはユエの元へ足を向けるのを止めなかった。



*****



 バルバの家の前にはギードが立っていた。明日はユエと共に出立するというのに、まだ見張り番を交代していない。霊代を気味悪がって、なり手がいないのが原因だった。


 レオを見たギードは、夜も遅いというのにさほど驚いた様子を見せなかった。まるで来ることが分かっていたかのような態度で、レオは再び自分の行動を読まれていた気がして心がしぼんだ。


「何も言わんでいい。……声が聞こえないところに居てやるから」


「ありがとう、ございます」


 予想に反してギードは優しく声をかけてくる。レオが頭を下げると、彼は家の中に入りユエを呼び出した。すぐに室内の灯りを背負ったユエが玄関前に立つ。部屋着に近いゆるいワンピース姿で、いつもおさげに結われている金髪は解かれていた。彼女の後ろ、開け放たれた廊下の奥にはあの霊代の少女がこちらの様子を伺っている。


「レオ。どうしたの」


「ちょっと散歩に行かないか?……しばらく、村に戻って来られないだろうから」


 いつもの調子で笑顔を作ると、昨日から考えていた誘い文句を口にする。別れの挨拶でもされると思っていたのか固い表情をしていたユエは、一変して頬を緩めた。


「そう、ね。昼間は人の目が気になってゆっくり歩けなかったから、良いかもしれないわ」


 見納めになるかもしれないし、と小さくつぶやいてユエは家に戻りストールを手にする。


「ムッカ、あなたはどうする?」


 じっとふたりのやり取りを見守っていた霊代の少女は、にまっと笑った。


「若いおふたりの邪魔なんてできるわけないじゃない。楽しんできなさいよ」


「もう!またそうやってからかうんだから!レオとはそういうんじゃないの。私はムッカを心配して言ったのに」


 真っ赤になったユエに少女がぷくく、と吹き出す。もう仲良くなったらしい二人の、実に微笑ましいやり取りだが、レオは改めてユエの口から出た「そういうんじゃない」という一言に若干沈没気味だった。ギードが気遣わしげな目線を送ってくるのがさらにつらい。


「力に余裕があるから、前ほど近くに居なくても大丈夫よ。だから、安心して行ってきて」


 満面の笑みを浮かべる十二歳ほどの少女に手を振られながら、レオとユエは送り出された。一見すれば甘い夜の逢瀬に見えなくもないが、もちろん、二十歩ほど後ろにギードの監視がついていた。




「ああ、あそこ。小さい頃にふたりで登ってカミラさんに怒られたわね」


 ユエが村で一番背の高い石垣を指して忍び笑う。低いところは子供でもよじ登れるほどの低さだが、階段状に徐々に高くなっていくその石垣は、子供たちにとって恰好の遊び場だった。


「ああ。ちょうど一番高いところまで行ったところで、母さんが怒鳴ってさ。びっくりした俺が落っこちて頭打ったんだよな」


「そうそう。それで、師匠のところに運びこまれて大騒ぎ。血がいっぱい出たからカミラさんは泣いてしまうし、師匠はガミガミ怒るし、お母さまはちくちくお説教するし。レオは寝てたから知らないでしょうけれど、大変だったのよ」


「今でも縫った跡、残ってる」


「ほんとう?」


 ほら、とレオが頭を見せると、ユエは躊躇う様子もなく顔を近づける。吐息を感じるほどの距離に胸が高鳴る。彼女は「暗くて見えないわ」と笑うと、そっと指をレオの頭に這わせ「ああ、確かに残ってるわね」と囁いた。

 気づかれないように長く息を吐いて、叫びそうになる衝動を逃がす。辺りが暗くて助かった。今自分は耳まで真っ赤になっているに違いない。

 

 さっきから懐かしげな視線を村のあちこちに向けてはユエは思い出を語る。それはひとつひとつ、大事なものを箱に仕舞っていく作業のように見えた。


「なあ、ユエ」


「なあに」


「……俺も、王都について行ってもいいか」


「どうして?」


 ごくり、と息を飲む。


「……ユエを、守りたいから」


 くるり、と少し先を歩いていたユエが振り返る。その顔は小さい頃によく見せていたいたずらっぽい表情をしていた。


「私、そんなに弱くないわ。そう遠くない未来に死ぬかもしれないっていうことも理解しているけれど、今はあわよくば王都で新しい薬の話が聞けるかも知れないって思っているくらい。もし分かったら、師匠にもお手紙を書くつもりだし」


 ギードさんも付いているから平気よ、と彼女は微笑んでまた歩きだす。

 ユエの死ぬかもしれないという言葉にどきりとしたレオとは裏腹に、本人はその事実を受け入れきっているように見えた。とても四日前に死の宣告を受けた女の子の反応とは思えない。


「結婚とかも、する気は無いの。寿命を全うするまでは、好きなことをして生きるつもり。……もちろん、王都での研究協力はしないといけないけれど。……それにね」


 達観しきった考えを述べたユエは、たたっとレオのすぐ側まで近寄り、怖い顔をしてレオの鼻先に人差し指を突きつける。


「王都まで付いていくって、ギードさんは任務だけれど、レオはそうじゃないでしょう。あんなに苦労して入った自警団、辞めるつもりなの?毎日、毎日ジークさんに特訓されて生傷いっぱい作って、苦手な読み書きや礼儀作法まで頑張ったのに、そう簡単に捨ててほしくないわ」


 レオたちはいつの間にか村はずれの大樹まで来ていた。

 そこは、霊代を生んだ家で生まれたレオが、子供たちの他愛の無いいじめに拗ねてよくユエに愚痴っていた場所。


 十歳の夏、父親のジークが自警団の団長に任命された。

 団長職は強さだけでなく高貴な人にも通用する立ち居振る舞いが必要とされる。それまでは騎士崩れとはいえ、技術も礼儀も備えた外からの人間が指名されていた立場に、村出身の父親が成ったのだ。

 それに興奮したレオは叫んだ。


「おれも、父さんみたいに自警団に入る!それで、村のみんなを守るんだ!」


「村の、みんな?……レオを、いじめる人も守るの?」


 そのときユエに、強い目をしたレオは言ったのだ。


「じいちゃんがあのときたましろを生まなきゃ、村は守れなかった。…おれは、たましろなんかを生まなくても村を守れるようになりたい。そうしたら、これ以上たましろは生まれないんだから、おれみたいにいじめられるヤツが出ないと思うんだ」



「あの時、今いじめられてる自分がどうこうよりも、周りの皆を想えるレオはすごいって、そう思ったわ」


 ユエはレオの手をぎゅっと握った。それは、純粋に幼馴染を心配する気持ちの表れ。


「ギードさんもついてるし、大丈夫。無事、王都に着いてみせる。……だから、レオは村を守って。小さい頃の夢を、叶え続けて」


 心配される側のはずのユエから諭されて、レオは情けなくなった。

 自分はまだ十六歳なのだ。今ここで仕事を投げ出すべきじゃないということは分かっている。それでも未熟な想いを何とか繋げたくて、格好悪くも足掻いている。


「……なあ。一回だけ、抱きしめてもいいか」


 間近に迫るユエの体温を一度だけ感じたくて、懇願する。

 ユエは幼馴染が別れに辛さを感じているとでも思ったのか、くすくすと笑って躊躇いなくレオの背中に腕を回した。そして子供をあやすかのようにぽんぽんと背を叩く。


 色気も何も無い包容に、レオは思わず苦笑してしまった。

 駄目だ。これは完全に自分は恋愛対象の埒外にいるに違いない。そう感じたら、あんなに悩んで澱み続けていた心がなぜかすっと楽になった。きっと今の自分にできるのは、ユエが背負わなくてもいい重荷を心に閉まっておく。それだけだ。


 抱きしめられたまま、レオは茶化したように口にする。


「ユエが無事村に帰って来たら、俺が嫁にもらってやるよ。霊代付きじゃあ、貰い手もないだろうし」


「ふふっ。ありがとう。無事帰って来れたら、お願いするわね」


 果たされる事が無いと分かっているからこそ、交わされる、他愛もない約束。そこに少しの望みが含まれていると知るのは、レオだけだった。

甘酸っぱい…はず。ちゃんと甘酸っぱいですよね?!

ああー。こういうの書くの苦手なんだよおーorz

なにかとシリアス過多になってしまうこの現実…


明日で『その二』が終わります。

ブクマ・評価本当にはげみになっております。ご覧いただきありがとうございます。

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