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別れの挨拶はひそやかに

■この小説は平日18時更新予定です■


ちょっと遅くなりました。

 それからの四日間はあっという間だった。

 逃亡を危惧した役人の命令でバルバの家を簡単に出られなくなったユエは、見張り役のギードと一緒に二つ隣の自宅に戻って旅の準備を済ませた。


 旅装の入った箪笥を漁っていると、商人の父親が使っていた古地図を見つけた。ルーシェン領どころか、この国全体が描かれた大きなものだ。これほどの地図であれば金額も結構するしそもそも手に入りにくい。少し内容が古いかも知れないが、道中情報を集めて自分で書き込んでいこう。

 地図には父親の筆跡も残っていてユエは嬉しくなった。懐かしげに撫でた後、荷物に詰める。


「どうしよう……。これも持っていきたいし、でもこれも置いていけない……」


 居間ではムッカが本棚の前で唸っていた。あれこれと料理本を手に取り、どれを旅に持っていくべきか悩んでいる。

 それを見ているギードは呆れ顔だ。初めは強い力を持つ霊代ということで警戒していたが、ムッカの明るい態度に接する内にすっかり打ち解けていた。そもそも見た目が小さな女の子なので、どうにも緊張感が続かなかったらしい。


「……旅に最近の本は向かないぞ。雨にやられたらインクが流れちまうし、手入れも大変だ」


「分かってる。分かってるんだけど……ああー、どうしたらいいのー」


 特に王都から入って来た最新の本は駄目らしい。薄くて軽いし旅向きに見えるけれど、実際はそういう訳でもないようだ。本が荷物になるのは重々承知しているが、ムッカに「自分で運ぶから」と言って拝み倒されたのでユエは特に口出ししないことにした。


 旅に必要になりそうな薬草を見繕っていると、玄関のドアが叩かれた。


「はあい」


 ユエは来客に驚きながらも返事をする。霊代を得たと分かってからこっち、少し外に出ただけで村の人から怖々とした視線を向けられるのだ。バルバの家でさえ訪問してくる人は皆無だった。

 面会者を餞別する必要のあるギードが玄関に向かう。少しの間話し声がして、すぐに誰かが家に入ってくる気配がした。


「ユエ!……心配したのよ」


 来客はマリーだった。ユエを見留めるなり、眉を下げて駆け寄ってくる。


「怪我は?大丈夫なの?……霊代と契約したって聞いたわ、胸が苦しかったりしない?ほんとに平気?」


 矢継ぎ早に質問されて、ユエはもごもごと平気、大丈夫、と繰り返す。ユエの無事を確かめるように体を撫で回していたマリーが、ふと寂しそうな顔をした。


「……王都に行ってしまうんでしょ?」


「……はい。霊代を得た者の、義務、ですから」


「……そう。そんな義務、無くなっちゃえばいいのにね。研究したいなら、あっちが村に来ればいいんだわ」


 そう言って膨れたマリーを見て、ユエは苦笑した。


「仕方ありません。生産性の無い霊代の研究なんかを仕事にできるのは、裕福なお貴族様と決まっていますから。平民が赴くしかないのでしょう」


 そうね、抗えないわよね、と残念そうにつぶやいたマリーが、持っていた籠から包みを取り出す。


「これ、約束していた薬匙よ。弟に急いで仕上げさせたの。……旅の役には立たないかもしれないけど、良かったら持って行って」


 開かれた包みの中には、大小も形も様々な匙が数本入ってた。しみじみとそれを眺めてユエは嘆息する。

 普通ならユエを避けてもおかしくないのに、マリーは触れるのも躊躇わないどころか、約束していたからとこうして薬匙も持ってきてくれた。変わらず接してくれる彼女に、胸が詰まった。


「……ありがとう、ございます。大事にします」


 大事に包み直して、ぎゅっと握り締める。研究に終わりがあるのか、またバルバの元に戻って修行を続けられるのかも分からないけれど、この村で過ごした薬師としての三年間の証がこの薬匙になったような気がした。


「……マリーに、ひとつお願いがあるのですが」


「なあに?」


 ユエは彼女になら、任せられると思った。


「この家を、貰ってくれませんか」


 マリーが目を大きく見開く。そして「そんな」とか「でも」とか言葉にならない何かをつぶやく。


「……今すぐに、という訳ではなくて。私が五年経っても戻らなかったら、貰ってくれませんか。その間は、家の管理だけをお願いすることになるので、あの本棚に残していく本は差し上げます。……いいわよね、ムッカ」


 話を振られたムッカはじっと持っていた本を眺めていたが、こくり、と頷くと全ての本を本棚に戻し始めた。


「ぜんぶ中身は覚えてるから、置いていくわ」


 本当は少し残念に思っているのは見ていれば分かる。しかし、ここで手入れする人も無く本が朽ちてしまうよりは、役立ててくれそうなマリーに譲りたい、というユエの気持ちを汲んでくれたようだった。

 マリーはこれ以上ないくらい眉を下げて何か言いたそうな顔をしていたが、ややあって決意したかのように表情を引き締めた。


「……お家の管理をするのは、構わない。でも、五年経ったら、なんて言わないで。その後だって帰って来られるならちゃんと帰ってきて。待ってるから。…そう約束してくれるなら、引き受けるわ」


「……約束します」


 ユエが少し困ったように笑って頷くと、マリーは一度ぎゅっとユエを抱きしめた。そして何事も無かったかのように離れてにっこり笑い、「そちらがユエの霊代さん?」とユエにムッカを紹介するよう促した。


 親しみやすいムッカの見た目もあるが、霊代に臆した様子も見せないマリーは、思っていたよりずっと強い女性なのだとユエは気づいた。



*****



 旅立つ前の、最後の夜。


 ユエはバルバと一緒に夕食を作っていた。今日のメニューはシチューだ。

 三年も一緒にいたというのに、バルバの家の台所に立つのは初めてだった。ユエがじゃがいもの皮を剥いていると、バルバが玉ねぎを炒め始める。飴色になったところで燻製肉を加え、さらに何か粉状に挽いたものを入れた。


「……ねえねえ、その粉はなあに?」


 直感でこれがバルバシチューの秘密だと気づいたムッカが横から口を出す。目は鍋から離さないまま、バルバが「ん?これかい?」と粉の入った小瓶を振った。


「これはね、ジュメグだよ」


 聞いていたユエはじゃがいもを持つ手を滑らせて指を切りそうになった。


「……ジュメグ?!それ、東の方で堕胎薬に使われるという実じゃないですか!」


 他領から来た薬師がもたらしたその実はこの小さな村ではあまり必要とされない類のものだったが、ユエは資料で少しだけ読んだことがあった。それにしても、まさかバルバシチューの隠し味がそんな代物だったとは思いもしない。


「毒性があるのは生の実だけだよ。しっかり乾燥させりゃあ、こいつは良い臭み消しになるんだ。……ああ、ただし大量に摂取すると幻覚を見るから注意しな」


 バルバは得意気に言ってまた炒める作業に戻る。


「どんなものにだって、良い面と悪い面があるんだ。薬草だってそうだし、人間だってそうだ。良いやつだって思ってても、ずっと一緒にいりゃあ気に入らない部分が見えることもあるだろ?逆に気が合わないと思ってても、付き合ってるうちに良い面を知ったりする。一方向からだけ見てたんじゃ、本質は知れないもんだ」


 そこまで言ってふとバルバはムッカに目をやった。


「……霊代も、おんなじだろうよ。願いを叶える力が良い面だとすると、契約者の命を縮めるのが悪い面。何かを得るには対価が必要になる。人間の取引だって、タダには何か裏があるっていうからね。それを考えると当たり前のことだ」


 止まっているユエの手から剥き終わったじゃがいもを引き取り、バルバは一口大に切り始める。


「まあ、私ら人間だって他の命を食べて生きてる。ましてや、霊代は喰われる契約者自身が願ったから生まれるんだ。喰われる側に文句が無いなら周りがごちゃごちゃ言う必要なんかない」


 手を止めたバルバが何かを思い出すかのように遠くを見る。 


「私が森で見たのは大蜥蜴だった。自警団の奴らにゃ言ってないけどね。……そこにいる霊代は、今回生まれたんじゃないんだろ。何かこう……雰囲気が違う」


 答えに詰まっているユエをちらりと見て、バルバはまた作業に戻った。


「詳しいことを聞く気はないけどね、願ったことを後悔してないなら、周りのやつが何を言ったって気にするんじゃないよ」


 ユエは黙ってこくりと頷いた。それっきり、バルバが霊代について話をすることは無かった。

バルバさんは気づいてます。気づいてますよ、もちろん。


今日もご覧いただきありがとうございます。

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