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怒りと寂しさと

■この小説は平日18時更新予定です■


さらに痛い描写があります。ご注意ください。

「その子を離しな!」


 悲鳴のようなバルバの声がする。

 やっぱり、見間違いじゃなかった。ユエはバルバを探そうとしたが、髪を掴まれているので頭が動かせない。「この人たちは何」と問いたくても、カチカチと恐怖で歯の根が合わなかった。


「おお、けっこうな上玉だぜ」


 ユエを捕らえた男が嬉しそうに唇を歪める。またひとり現れた別の男がユエを覗き込んだ。


「んんー?どれどれ。……ああ?こいつぁ……」


 突然声音が険を帯び、ぐいっと容赦の無い力で顎を掴まれる。男の目に宿る色濃い憎しみに、ユエは思わずひゅっと息を呑んだ。トージと同じくらい逞しい体をしているのに、不気味に青白い色素の薄い肌。その強い憎悪を映す青灰色の瞳も、もちろん見覚えは無い。

 どす黒い感情を向けられる理由が分からなくて、ユエは困惑する。


「お前……ヴァロフの娘か」


「……え……?」


 問われた内容が理解できない。ヴァロフ、というのが何を指すのかも分からない。そんな状態だというのに、男はけたけたと嘲笑った。狂気さえ感じる笑い方にユエは呆然とする。

 青白い顔をした男は反応もできないユエの顔をそっと撫で、乱暴のせいでほどけた髪を一房手に取った。


「いやいや、この髪の色といい、顔といい、間違いようが無いよなあ。……それじゃあ」


 そう言ってにっこりと笑うと、


「俺の心の平穏のために……――死んでくれ」


 おもむろに剣を抜きユエの腹を貫いた。



「……っふぐ」


 ユエが体に受けた衝撃に吐息をこぼす。青白い男の凶行に仲間の男さえもが驚いて、掴んでいたおさげを手放し後ろに飛び退く。


「いきなり何しやがる!危ねえじゃねえか!」


「ユエ!!」


 バルバが悲痛な声でユエを呼ぶが、捕らえられているのか駆け寄ってくることは無い。ユエの腹からはじわじわと血が滲み始める。熱い。痛みよりも熱さで体の中がどうにかなりそうだった。

 男はそれでもとどめとばかりに刃を捻りながら抜く。


「……あ゛あぁああッ!」


 内臓がねじ切れるような痛みに、ユエは腹を抱えるようにして地面に倒れた。身体の下に生温い血だまりが広がっていくのが分かる。熱と痛みで朦朧とし始める意識のなかで、倒れたときに飛び出してしまったのかおたまが転がっているのが見えた。ぴくりとも動かない姿に、ユエは息が詰まりそうになる。


 ……私が死んだら、ムッカも消えてしまうのかしら。


 バルバは心配していたけれど、早死にすると分かっているユエには嫁ぐ気は無かった。せっかく家族をつくっても、霊代を得ているとばれてしまえば夫や子供に迷惑をかけることになる。

 自分の最期は、ムッカに命を与え切って訪れるもの。それまではムッカとティハと三人で毎日を過ごしていけたら……、そう思い始めたばかりだった。

 

 喉の奥から何かがせり上がってくる気配にごほ、とせき込むと、口から真っ赤な血が零れた。ユエは顔を歪める。


 ……なのに、こんな訳の分からない男に人生を断たれるなんて。

 父母のところに逝けるのは一緒でも、何故か無償に悔しかった。



*****



 大樹の家の前で日光浴をしていたティハは違和感を感じて頭をあげた。

 森の縁まで送っていったユエとムッカの繋がりが、急速に薄れ始めている。また迷子になったか、と首を傾げながら、ティハは様子を見に行こうと身体を起こした。



 枝トロッコで近づけば近づくほど、ティハは焦燥を感じ始める。

 おかしい。ユエとムッカの距離はそれほど離れていない。それなのに、繋がりだけが切れそうになっている。こんなことがあるだろうか。


 二人がすぐ近くに居るところまできても、木々が邪魔をしてその様子が見えなかった。最後の大木の葉の中に突っ込んだあと、視界が開ける。


「……なん、だ?」


 ティハは初めその光景が理解出来なかった。

 人間の男が三人と、その内のひとりに羽交い締めにされているバルバ。振りほどこうともがいているが全く解ける気配が無い。そして、バルバが必死の形相で見続けている視線の先。


 不自然に鮮やかな紅色と、その中に沈む白金。そして添えられた鈍い銀。

 白金と鈍色はティハには馴染み深い色で。紅色は、ただただ不安を駆り立てられるだけだった。


「……ユエ?……ムッカ?」


 他に人間がいるのも構わず、黒蜥蜴の姿のまま地に降り立つ。


「どう、した?」


 鼻先でユエを仰向けに転がすと、腹に真っ赤な穴が空いていた。肌に血の気が無く、生気が感じられない。目は僅かに開いていたが、瞳は虚ろで何も映していない。


 ああ、これは、死に逝くものの様だ。


 長い生の間に何度も何度も見てきたその有り様と、今のユエはそっくりだった。ユエがこんな状態なら、きっとムッカは泣き叫ぶに違いない。それなのに繋がりは今にも切れそうなほど細く、ムッカが動く気配も無かった。


 ……ムッカに命を与えていたとしても、ユエは、まだ死ぬような状態じゃなかった。今日だって、元気だった。

 じゃあ、誰がこんな風にした?


「お、おい!あれ見ろ!」


 動揺したような男の声がする。渦巻く黒い感情に押されるように、ティハはゆっくりと顔をあげる。


「あれ、大トカゲじゃないか?!」

「あの話は本当だったんだな!……おい、こんな珍しいもの、捕まえて売ったら結構な額になるぞ」


 黒蜥蜴を見て固まっているバルバや、利益の話をして騒ぐ二人とは対象的に、ひとりだけ静かにこちらを見ている男がいた。手に、レオが腰に下げていたものと同じ大きな刃物を持っている。その切っ先が、真っ赤な色に濡れていた。


 ああ。それでユエを貫いたのか。だから、彼女は死んでしまうのか。

 おまえ、たちが、おまえたちが、お前達が、ユエを……ッ!


 そう理解した瞬間、怒りがぶわり、と身体を巡った。無意識の内に周囲の木々に力が流れていく。押さえきれなくなった感情に、理性がぶつりと音を立てて切れた気がした。


「グ、ガァアアアア――……ッ」


 ドスッと人の腕ほども太さのある枝が青白い男の胸を貫く。驚きに目を見開いた男の背中から生えた枝の先端は異常に鋭く尖っていて、うねうねと蠢いている。人間達は何が起こったのか分からない、といった様子で不可思議な動きをする枝を見つめる。


 カラン、と貫かれた男の手を離れた剣が、地に落ちる。その音に、バルバを拘束していた男がはじかれたように動き出した。


「う、うわあああああッ」


 バルバを離し、得体の知れない力を使うトカゲから我先にと逃げようとする。その背中を追うように他の枝が追随して容赦なく胴体を貫いた。ずるりと枝が抜け、男は糸が切れたように倒れる。


退()けッ!」


 最後の一人は退路を塞ぐハルバを強い力で突き飛ばす。後ろに弾かれた老婆は、樹木に頭を打ち付けて昏倒した。ずるずるとその身体がくず折れていくのを見たティハは、その男も殺すのを躊躇しなかった。




「ユ、エ。ムッカ……」


 ティハはそっと囲うように抱き寄せる。ふたりを繋ぐ命の糸は今にも消えようとしていた。


 また、独りになってしまう。また、誰も応えることのない思考を繰り返すだけの、味気ない毎日を過ごして行く。あの大樹の家だって、もう入る気すら起きない。独りで過ごすのなんて御免だ。ユエも、ムッカもいない家なんて、何の意味も無い。


 どうして、人は死んでしまうんだろう。

 どうして、霊代は消えてしまうんだろう。

 どうして、自分は死ぬことが無いんだろう。


「……ひとりは、いやだ。ひとりは、さびしい。ひとりは……つらい」


 有り余るこの力がある限り、自分が死んで消えることは無い。こんな力。欲しくは無かった。


「ちから……いくらでも、やるから。おねがい……だ。ひとりに、しないでくれ。おいて、いかないでくれ」


 金の瞳からぽろぽろと涙が落ちる。意味が無いと知りながらも、ユエとムッカに膨大な力を注ぎこんでいく。この力が霧散してしまってもいい。この森が枯れてしまってもいい。それで自分に力を与えるものが居なくなって、ふたりと一緒に消えてしまえるなら、それでいい。


 力を使いすぎた証拠に飢餓感が襲い始めるが、それでもティハは止めなかった。ティハが消えるのは許さないとばかりに森から力が流れ込んでくる。周囲の草がまず枯れ、真夏にも関らず頭上から茶色く変色した葉がはらはらと落ち始める。


 見渡せる限りの森が茶褐色の世界に覆われた頃、そっとティハの脚に何かが触れた。


「……ティハ。もう止めて。もう、……大丈夫だから」


 鈴の音のような声で、知らない少女が、ティハを宥めるように撫でていた。

小説も準備万端だし~♪と仕事してたら、集中のあまりアップし損ねるとこでした(・・;)あぶねえ。。。


今日もご覧いただきありがとうございます。

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