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森に近づく影

■この小説は平日18時更新予定です■


ちょっと痛い描写があります。ご注意ください。

「おい!中にまだ人がいるんじゃねえのか!」


 森側の詰め所が見えるなり、トージは叫ぶ。少なくない数の団員が待機しているなか、険しい表情で名簿を見ていたジークが顔をあげる。


「……知っている。ユエ・カファロが森から帰っていない。斥候に森の浅い所を探させたが、姿が見えなかった」


「やっぱりか!避難所にも居ないってんで、探しにきたんだ。……それと、団員がひとり斬られた。命に別状は無いみたいだが、手当してたルイが捕まった」


「なんだと」


「あいつら、ルイに森を案内させるつもりだ。……もし中でユエも捕まったら、お互いの命を盾に良いようにされちまう」


 それを聞いたジークがあからさまに顔を顰める。男達は村人を傷つけるのも厭わないらしい。

 そして運の悪いことに、ルイも、ユエも村一番と言われる薬師バルバの弟子だ。あの男達の目的の品が何なのかは知らないが、素人が思いつくような高価な薬草であればふたりともその在り処まで答えられるだろう。


「この状態で奴らを森に締め出すのは、悪手だな。ユエが戻るまで、時間を稼ぐしかない……か」


 ルイに案内させるつもりなら殺しはしないだろう。ジークはそう考えた。


「親父!」


 背中にバルバを背負ったレオが詰め所に向かって必死に走ってくる。それを見たジークは怒りを浮かべた。


「何をしている!もうすぐここに奴らが来るんだ。戦えない者を連れてきてどうする!」


「……はっ、はっ。その……」


 荒い息を吐いて答えられないでいるレオの背からバルバが降りる。


「うるさいよ、ジーク。私が連れて行けと言ったんだ。坊主は悪くない。……ユエは森にいるのかい」


 ジークよりも遥かに小さいバルバだが、彼のことは子供の頃から知っているので恫喝されたところで怯むことはない。ぐっと言葉に詰まったジークが、頷く。


「……そうかい。……ああ、やっこさんらが来たね」


 バルバは深いため息をついて、ジーク越しに道の向こうを見た。




「おお、おお。皆さんお揃いで」

「……森には通さねえってのか?」


 道を塞ぐように配置された自警団の面々に、ルイに剣を当てている男たちが苛立ちを見せる。ひとり、馬上に残っている男だけが妙に気持ちの悪い笑みを浮かべていた。


「ところで、そこの薬師さんに聞きたいんだが、ヨクーデルの在り処は知ってるかい?……知らないなら連れて行っても意味ないんだよなあ」


 明るく問われた言葉に、ルイはちらりと目だけを馬上の男に向ける。もちろん知っているが簡単に言うつもりはない。ヨクーデルは個体数が少ないうえに成長しきる前に葉を刈るとすぐに枯れてしまう見極めの難しい薬草なのだ。唇を引き結んだルイに、へらへら笑っていた男が急に無表情になった。


「……いいや、答えないならこいつ殺しちまうか。薬師なんざ、いくらでもいるんだろう?この村には」


 ジークの予想を裏切り、馬上の男はあっさりルイを斬り捨てようと剣を抜いた。首に刃を当てられたルイの顔が強張る。トージは思わず前に出ようとして自警団に止められた。

 後ろで見守っていたバルバが叫ぶ。


「よしな!ヨクーデルなんざ手に入れても、希少過ぎて売っぱらった途端に足が付くよ」


 それを聞いた馬上の男が、からからと笑う。


「心配するなよ、婆さん!……ちゃーんと、内々にすべて買い取ってくれる方がいるからさあ。俺たちゃそこまで逃げればお咎めなし(・・・・・)ってことだ」


 それを聞いたジークが唸った。どうやら、男達の背後に面倒な人物がいるらしい。

 領主の書状を奪ったり、人をすぐに痛めつけようとしたりと、手口が大胆過ぎると思っていたが、これでその自信の一端が掴めた。薬師を脅して案内させ目的であるヨクーデルの葉を手に入れれば、後は村の外まで強行突破するつもりなのだ。街道を避けさえすればシュトカ村の周囲は何もないので行方をくらましやすい。この点は盗賊達も同じ手口を使っている。


「通してくれなきゃあ、こいつを殺す。後、ヨクーデルの所まで案内できる奴を用意しろ」


 ヨクーデルの在り処どころか、森に通さなくてもルイを殺すつもりらしい。ぴたぴたとルイの首に当てられる剣を見てバルバが顔を歪める。


「……その弟子に教えたヨクーデルは最近採っちまったからもう無いよ。私なら、別の場所を知ってる」


「……なっ?!師匠?」


 ルイが驚きに目を見開く。男はそれを聞いて面白そうに笑った。


「ほお?……婆さん、こいつの師匠か」


「そうだ。どうせここを通したところで、目当ての草がなけりゃ(だま)したなんだと騒ぐんだろ?……弟子がみすみす殺されるのを黙って見てられるかい」


 バルバは嘆息した。教えていたヨクーデルの群生地は先日ティハが採ったばかりだ。それに、ルイはユエが森に居ることを知らない。事前に情報を知っているのといないのとでは、同じ人質でも対処が変わってくる。そして自分は足が悪く歩みが遅い。バシリカから役人が来るまで、いい時間稼ぎになるだろう。


「未来ある若者はとっとと解放しな。……この婆さんが、あんたらのお伴をしようじゃないか」


 バルバは目に強い光を宿して男達を睨んだ。



*****



 森の浅い所まで枝トロッコで運ばれたユエは、村に向かって歩いていた。


「……なんだか、すごく静かだわ」


 いつもならば採集にいそしむ子供たちの声がしていてもいい時間だ。木立が揺れる音だけが耳につく森の静けさに、ユエは気味の悪いものを感じた。


 もうすぐ森を抜ける、そのときだった。


「……師匠?」


 視界の端に映った人影に、ユエは首を傾げる。いやまさか。でも。

 師匠のバルバは足が悪く、採集にはもう出向いていない。森にいるはずがないのだ。しかし、今木々の間から見えたあの少し腰の曲がった背中は、ユエのよく知るバルバの後ろ姿とそっくりだった。


 誰か他のお年寄りかもしれない。そう思ってもみたがどうしても気になってしまう。少しのぞいてバルバなら手伝えばいいし、他の人なら挨拶をすればいい。


 そう思って、ユエは人影の消えた方に足を向けた。



「師匠?師匠いますか?」


 声を掛けながら進む。季節は夏、葉が鬱蒼としげっていて、見通しが悪い。人が歩いた跡の残る草を辿るうち、おかしなことに気づく。


 ……足跡が複数。それもかなり歩幅が大きい。


「やあ、お嬢ちゃん。師匠をお探しかい?」


 はっとしてユエが顔をあげると、目の前ににやにやと笑う男がいた。背丈はユエより遥かに大きく、見下ろされている。

 村人じゃない。この森にいるはずのない人間だと瞬時に判断したユエは、踵を返して駆けだす。


「……いたいッ」


 ぐんっと髪が引っ張られ、頭が後ろに反れる。男はユエの白金のおさげ髪を掴んでいた。乱暴に引き寄せると、捕えた少女の顔をよく見ようとそのまま吊り上げる。頭皮が引き攣れるように痛んで、ユエは頭を押さえた。


「逃げなくてもいいんだよ。ちょおっと、用事があるだけだから」


 経験したことの無い暴力に晒されて、ユエはただ震えるしかなかった。

ユエちゃん、大ピンチです。

土日の間にこのトラブルをのりこえるべく執筆します。


今日もご覧いただきありがとうございます。

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