村をとりまく混乱の渦
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ギードが馬で村を飛び出していった頃。
避難所となった食堂ではベルタとマリーが村の男たちの手伝いを受け、机や椅子を避けて床に敷物をしきつめていた。そこに優先的に小さな子供たちが座り、次に女性たちが腰を落ち着ける。
マリーは立ったまま人々の顔を見渡して、不安げに眉をひそめた。食堂に近い鍛冶屋からは父母も弟もすでに避難してきていたが、まだトージの姿がない。それに、ユエも見当たらなかった。
「どうしたんだい」
ベルタが気づいてマリーに問いかける。
「トージがまだ……それに、ユエも」
「トージは戦えるからね。心配ないよ。……でも、ユエが居ないのは変だね。森に行ってたとしても、そろそろここに着くはずだ。どれ、ちょっと薬師のやつに聞いてみようか」
ベルタは側にいた薬師に声をかける。幼い少年を腕に抱いた薬師は「森に行っていたがユエは見ていない」と首を振った。その薬師の足にしがみついていた少女が口を開く。
「けさ、ユエちゃん見たよ」
「どこで見たんだい?」
「いつもみたいに、かごをもって森に入っていったよ。……すぐ、どっか行っちゃったから、そのあとは会ってないけど」
ベルタは礼を言って少女の頭を撫でる。そして難しい顔をして唸った。
「やっぱり、森に入ったみたいだね。ここに来てないとすると、バルバ婆さんでも迎えに行っているのか……」
「マリー!」
マリーとベルタが顔を突き合わせていると、後ろからマリーを呼ぶ声が聞こえた。入り口に溜まる人波を掻き分けて、トージが食堂に入ってくる。
「トージ!」
マリーはトージに駆けよる。怪我もなさそうなマリーを見てトージはほっとしたような顔をした。しかしすぐに喧嘩中ということを思い出したのか固い表情になって言葉を濁す。
「あ、ええと……その、だな」
「トージ、ユエがまだ来てないの!見なかった?!」
とりあえず無事だったトージのことはさておき、マリーはユエのことで頭がいっぱいだった。もし、まだ森に居るとすると危ない。襲撃者は大抵、大きな家の財産か、薬草卸問屋の倉庫、もしくは森の薬草を狙うのだ。
「え……ユエ?いや、見てないけど……」
戸惑うトージにマリーが事情を説明する。仔細を聞いたトージは顔を強張らせた。
「自警団が森に入ったやつの名簿を管理してるはずだ。聞いてみるしかないな。マリーはここに居ろ」
「うん……分かった」
マリーは顔を曇らせる。ユエは心配だが、多くの人が集まる食堂の管理をベルタひとりに任せる訳にはいかない。それに、今村の中をうろうろして襲撃者と鉢合わせしても自分には身を守る術がない。
「……気をつけてね」
マリーが声をかける。トージは大きく頷いてから食堂を出て行った。
屯所を出た自警団の若手は、簡単に事情を説明された上で食堂周辺の警護を任されていた。
街道側の入り口から森までは表通りを通らずに抜けることができる。領主の遣いだと言い張る男達はベテランの団員がその道へ誘導しているが、念のため村人が集まる食堂にも人員が派遣されていた。
レオも食堂の前でそわそわと剣をいじりながら道の奥を見つめる。自警団に入って一年以上経つが、実際に襲撃者とまみえるのは初めてだった。
「……親父、大丈夫かな」
報告を受けるなり飛び出していったジークの後ろ姿を思い出す。団長として誇るその強さは身を持って知っていたが、それと家族を心配する気持ちは別物だった。
緊張感で力の入った肩を解していると、食堂から難しい顔をしたトージが出てくる。先ほどマリーの様子を見に行ったばかりだというのに、どうしたのか。レオが首を傾げているとトージが近づいてきた。
「レオ、お前、ユエ見てないか。今日は森に行ったらしいんだが、まだ戻ってない」
「……え?!中に居ないのか?」
レオは思わず食堂を見る。すでに森から薬師と子供たちの一団が戻っていると仲間から聞いていたので、てっきり中に居るものだと思っていた。
「……知らないか。バルバ婆のところか、それともまだ森にいるのか……?森の入り口で管理している名簿は誰に聞けば分かる?」
「過去の写しは屯所にあるけど、今日の分は森側の詰め所まで行かなきゃ確かめられない。……トージ兄、俺……」
動揺した様子を見て、トージが「しっかりしろ」とレオの額を小突く。
「森の詰め所にはオレが行く。お前はバルバ婆のところを見に行ってこい。婆さんも、まだ避難して来てないんだ」
お前より実戦経験のあるオレの方がいざというときに対処できる、そう言ってトージは駆けだした。
レオはしばらく立ち尽くしていたが、はっと我に返ると食堂を突っ切って裏口に向かった。バルバの家ならば裏道を通った方が早い。それに、狭く戦いづらい裏道を守っている先輩の中に、食堂警備の責任者が居るのだ。
ジークの立てた計画には、バシリカの街から役人が来るまで襲撃者を森に締め出すとあった。それに、奴らも「トカゲ狩り」の大義名分があるのでまず森に入ろうとするだろう。
「くそ……っ。ユエ、婆ちゃんの家に居てくれよ……」
レオは唇を噛みしめた。
*****
トージが森側の詰め所に向かっていると、通りの向こうに険呑な雰囲気の自警団に囲まれた馬が見えた。馬上にはにやにやと締まりの無い顔で笑う男がいる。
「……ちっ」
一本裏の通りでも詰め所には行ける。舌打ちをして、道を変えようとトージが踵を返したそのとき、悲鳴のような女の声がした。
「……いやっ、ルイを離してよ!」
……ルイ?トージは足を止めた。あの声は、いつもルイにくっついて回っているアイーダだ。
家の影に隠れて様子を伺うと、馬に乗っている男以外に二人の余所者がいるのが見える。一人はルイの腕を逃げられないように掴んでいて、もうひとりは威圧するようにアイーダを見下ろしていた。
ルイの側には、腕を切られたのか自警団の一人がうずくまっているが、すでに止血が済んでいる。どうやら手当しようとして近づいた所を掴まったらしい。その正義感は買うが、もうちょっと周りを見ろとトージは怒鳴りたかった。案の定、気の強いアイーダがしゃしゃり出てさらに事が大きくなりそうになっている。
奴らがすでに剣を抜いているので、自警団は思うように動けず周りを取り囲んでいるだけだ。
「嫌だなあ、嬢ちゃん。俺たちはこの薬師さんに森を案内してもらおうと思っているだけだぜえ?」
「ああそれとも、嬢ちゃんも一緒に来たいのかい?……ご立派なもんもってるみたいだし、俺たちとしちゃあ大歓迎だけどなあ!ははっ!」
男達は下卑た笑いを浮かべながらアイーダの身体を舐めるように見る。ふだんは自信満々に突き出して歩いている大きな胸だが、このときばかりは男達のいらぬ好奇心を誘うだけだ。視線に晒されたアイーダが身を震わせた。
「……この子は関係ないだろう。森には、僕が付いていこう」
男達の意識を自分に向けようと、ルイが森への追従を承諾する。奴らの頭らしき馬上の男の笑みの質が、白々しくも友好的なものに変わる。
「お?そうかい、そうかい。そう言ってくれると、俺たちも助かるなあ」
「……ルイ、でもっ」
「いいから、離れてくれないか。邪魔だよ」
食い下がろうとするアイーダに冷たい言葉を放って、ルイは周りを囲む自警団に目配せした。その意図を汲んだひとりが、俯いてしまったアイーダの腕を引いて後ろに下がらせる。
「……あの、馬鹿!」
トージはルイの行動に再度舌打ちをした。しかし、今はさらに「森にユエがいるかもしれない」という問題も抱えている。ルイも心配だが、もしユエが森に居れば、二人とも奴らの手の内に落ちてしまう可能性がある。まずは森の詰め所で名簿を確かめなければならない。あの調子なら、先回りすることはできるだろう。
「……おかしな気を起こすなよ」
捕まっているルイへとも、侵入者たちへとも取れる言葉をつぶやいてから、トージは未練を断ち切るように頭を振ってまた走り出した。
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