平穏をおびやかす馬蹄
■この小説は平日18時更新予定です■
…すみませんm(__)mちこくしました。。。。。。
誤字脱字あったら教えてくださいませ。
その日、村はいつも通りだった。
街道と森の入り口には自警団の当直が見張りについていたし、表通りの店は朝から開いていた。商店では数人の女性客がたむろして井戸端会議を繰り広げ、屯所ではいつものように若い隊員が訓練に励んでいた。食堂のベルタは昼食の仕込みをしていて、マリーは未だにティハが去ったことを嘆く若い女の子たちにお茶を出していた。
そして何人かの薬師と子供たちは森に採集に入っていて、ユエもそのうちのひとりだった。
しかし、昼前。
――……カーンッ、カーンッ、カーンッ
至急を知らせる鐘の音が高らかに鳴った。焦っているかのように何度も繰り返されるその音に、森に入っていた人々が一斉に木々の間から飛び出してくる。
「はやく!村まで逃げないと……!」
十歳の少女が連れの幼い少年の手を懸命に引くが、上手く走れずに転ぶ。それを見かねた大人の薬師が二人をまとめて抱き上げ、村まで駆けた。
村の中では、自警団が村人に食堂に集まるよう指示を出していた。レンガ造りの大きな建物は避難所代わりに使われることになっていて、すぐに不安げに囁き合う人々であふれ返った。
――ユエはこのとき、大樹の家に居て気付けなかった。村に賊が近づいた際に鳴らされる、大事な鐘の音を。
四十年前の教訓として、村の人なら子供の頃から教え込まれるその意味を忘れたことは無かったが、森の奥深くにいた彼女にその音が届くことは無かった。
*****
「こっちは領主の委任状だってちゃんと持ってるんだからなあ。早く通してくれないと」
ねちっこい笑みを浮かべる男たちを睨んでギードは歯噛みをする。
この三人の男が馬を駆って村に近づいてくるのを目にした時、その雰囲気にギードは嫌なものを感じた。すぐに部下の一人を報告に走らせ、「追い返せるのが一番だが、逆らうようであれば捕縛または討伐する」と手短に残った仲間に伝達して村の入り口を塞ぐように槍を構えていた。
……さすがに槍ぶすまに突進する気は無いと見えて、馬を止めることはできたが、今、ギードたちはそれ以上動けないでいる。
「見えないのか、おい?ちゃんとサインだってあるだろうが」
「うるせえ鐘だなあ」
「さっさと入れろってんだよ!」
この見るからに風体の怪しい連中を村に入れる気は無かったが、そいつらの持っている書状が問題だった。
領主の委任状。ここルーシェン領における最高統治者のサインが書かれた命令書。本物だった場合、内容によってはここで足止めをしている自警団の方が処罰を食らう可能性もある。
背後で警鐘が鳴っているのが聞こえる。村の住人は避難していると思うが、団長のジークが来るまで奴らをなんとかここに引き留めておきたかった。
「その委任状の内容を確認してから、通すことになる。それをこちらに渡してほしい」
「はっ。そんなことして破かれでもしたら、こっちだって困るんだよ」
さっきからこの一点張りで書状を渡そうとしない。そういった行動を取ればとるほど不信感に繋がるということを分かっていないのだろうか。ギードは怒鳴りたくなるのを必死に堪えていた。槍を持つ手に力が入る。
と、背後から宥めるように肩を叩かれた。
「渡せないなら、こちらが読みに行こう。その書状を持ったままで構わないので見せてくれ」
そう言って、槍も持たず剣も抜かないままのジークが、ギードを追い越していった。まるで友に挨拶するかのような足取りで男達に近づく。
「……おい!」
警戒心の無い姿に、ギードは声を荒げる。ジークはそれを諌めるように片手を上げて、ちらとギードに目配せした。
分かっている。ジークは団長にまでのぼり詰めただけあって腕は確かだ。剣を構えていないからと言って、盗賊風情に遅れを取るような真似はしないだろう。それでも、心配することに変わりは無い。
ギードが油断するんじゃねえぞ、と小さくつぶやくと、ジークはまた歩みを進め、書状が読める距離まで近づいた。
「……さあ、見せていただけるかな」
馬上から男達はにやにやと笑いながらジークを見下ろす。その気になればいつでも首を切り捨てることのできる距離に、優越感にひたっているのだろう。挑発するように腰に差した剣の柄を撫でながら、書状を手にした男が笑った。
「勇気があるねえ、まったく。……ほら、これで読めるだろ」
男がジークの顔面に委任状を突き出す。庶民からすると華美に過ぎるとも言えるほど緻密な縁取りの描かれた紙に、黒インクで命令の内容と領主のサインが書かれている。
それを素早く読んだジークは小さく唸り声をあげた。
書状の内容やサインなどの手書きの部分はどうにでも偽造できる。要はその紙が本物かどうかが問題なのだ。容易に複製できない細工があちこちに施されていて、その製法は領主一族にしか知られていない。
それにも関らず、このならず者の持つ委任状はどう見ても紋章の細工まで本物だった。どうやって入手したかは分からないが、書状が本物である以上、一旦は受け入れるしかない。
ジークは鋭い目で男を睨むと動揺を感じさせない平坦な声で告げた。
「……確かに、過去の書状と差異はないようだ。目的は『大トカゲの捕縛』、ということで村に入ることを許可する。ただし、薬草類の採取は含まれていないので、持ち帰るのはご遠慮願いたい」
「はっ。分かってるよお。……まあ、仕留めたトカゲがたらふく草を食ってたら別だがな?」
それを聞いた自警団から「馬鹿らしい」といった怒声や舌打ちが起きる。
男達も大トカゲがいるなど端から思っていないのだ。中身の見えない麻袋に薬草を大量に詰めてしまえば、あとは「トカゲだ」と言い張れば何とでもなる。領主の遣いの持ち物を、自警団ごときでは検められないからだ。
「それじゃあ、お邪魔するぜ」
男はもう用は無いだろうとばかりに書状を懐に収めると、意気揚々と馬を進め始めた。村人に手出しできないよう、両端を自警団の者で固めるよう指示を出してから、ジークはギードに手招きする。
「書状は本物だ。……だが、正規の手段で手に入れた物とは思えない。書状が街を通過する毎に責任者がサインをしていたが、最後はバシリカだった」
そこまで聞けば、おそらくその後、委任状は奪われたのだとギードでも分かった。すでにバシリカから追手が掛っているかもしれないが、「大トカゲ狩り」を面倒がった役人があの男達に書状を押し付けた可能性も否定できない。
どちらにしろ、居るはずも無いものを盾に村に居座られては、いつ何が起きるか分からない。有無を言わさずそう思ってしまうほど男達の眼つきは欲にまみれていた。
「……こっちは奴らを森に締め出して時間を稼ぐ。すまないが、走ってくれるか」
ジークの頼みに言葉も無く頷く。まったく、金持ちは碌なことを考えない。ギードは馬を取りに走りながら、領主の気まぐれを呪った。
領主さまの思いつきは怖い。
しばらく緊迫した状況が続きます。
今日もありがとうございます。




