はじめてのお酒は旨くて苦い
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ルイとティハが酒場に入ると、複数の視線が二人の方を向く。飲んでいるのはほとんど年配の男ばかりだったが、二、三人いた女の子が「やった!」とばかりに歓声をあげて駆け寄ってきた。
「ルイ!」
「なあに、ルイが来たの?」
「あら!リームルバさんじゃない」
姦しい声にああ、うん、と適当に返事をしていたルイがきょろきょろと辺りを見渡す。男たちは「げっ」と呻くと、何か思うところがあるのか一斉に視線を逸らしてちびちびと酒を口にし始めた。
「ああ!ギードさんじゃないですか。ご一緒してもいいですか」
生贄を見定めたルイが妙に明るく声をかける。一方、指名されたギードはぎくっと顔を強ばらせた。
「お一人ですよね?ティハも一緒なんですが、構いませんよね?」
「お……おう」
テーブルひとつを占拠していた大きな体を隅に寄せて、ギードは縮こまる。その様子を見て、ルイは機嫌良く席に腰掛け、ティハにも座るよう促した。
女性陣はテーブルとギードを見て「ねえ、あれって……」「独身なんでしょ……」ひそひそと囁き合うと、こそこそと元いた場所に退散していく。美形二人が座ると残る席はひとつしか空いていない。その席を取り合えるほど仲間内の結束は弱くもないし、かつ強面で独り身と有名なおじさんとご一緒すると手篭めにされそうだと判断したらしい。
隠すつもりもないその言葉はきっちりとルイ達にも聞こえて、ギードもちらりと女の子たちを見送って肩を落とす。
「……なあ、ルイ。ちょっとくらいおじさんに情けをかけてくれたっていいんじゃねえのか。謂れのない中傷はいくらなんでも傷つく」
「まあまあ。いいじゃないですか。ギードさん、結婚する気はないんでしょう」
総じて世話好きなおばさんが多いせいで、村内の既婚率は結構高い。特にギードのように四十代に入っても結婚していない人はほとんどいない。この場合の理由としては、本人に問題があるか、もしくは結婚する気が無いの二択になる。先ほどの女性達はギードに何か問題があるんだろうと踏んだようだが、ルイは彼との短くはない付き合いの中で「結婚する気が無い」だけだと判断していた。
渋い顔をするギードを適当にあしらい、早速ルイは飲み物を注文する。ティハが酒に疎いのは承知しているので、ビールを二つだ。昼間は食堂、夜は酒場に変わるこの店を切り盛りするベルタが「あいよ。そちらさんは初めてだろう?つまみはサービスしとくよ」と愛想良く笑った。
「うん、不思議な味だな。しゅわしゅわする。でも、濃くて美味しい」
初めてビールを飲んだティハが喜色を浮かべる。つまみとして出されたのは、温暖なルーシェン領の特産であるナッツを塩炒りしたものだ。それをつまみながら、またぐいっとビールをあおる。
「それは良かった。まあ、飲み過ぎると体に悪いから注意するんだよ。いざとなったら二日酔いの薬はもちろんあるけど」
ルイがにこにこ笑いながら薬師らしいことを言う。そして相席だからね、とティハに挨拶を促した。
「ティハ、ギードさんは知ってる?自警団の人なんだけど」
「ああ。確か、一番初めに会った……と思う」
ティハが村に来た初日、街道側の入口の警護に当たっていたのがギードだった。軽く挨拶しただけだったが、ユエが仲良さそうに話していたので印象に残っている。
「そうだ。あん時入口で会った、ギードだ。改めてよろしくな」
ギードは覚えてたんだな、と少し表情を緩める。打ち解けた様子を見て安心したルイはビールをあおってナッツをつまんだ。
「しかし、色男がふたりもそろうと目が痛いな」
「何を言ってるんですか。ギードさんだって、髭が無かった頃は相当もてたって聞いてますよ。……それ、女除けに生やしてるだけでしょう」
おどけたギードに、ルイがふん、と鼻を鳴らす。若い娘は知らない者が多いだろうが、自警団に来たばかりの若かりしギードの話は顧客のおばさま方から嫌というほど聞かされている。顔を覆うように生やしている髭のせいで人相が分かりづらくなっているが、元は良いはずなのだ。
「おお、おお。怖いねえ。もうこんなおじさんを相手にする女なんていないさ」
「その台詞は髭を剃ってから言ってくださいよ。……でも、ギードさんが一人なんて珍しいこともあるもんですね。いつもはクリエル団長と一緒なのに」
「ん?ああ……今日は月命日だからな。団長は剣塚に行ってるんだよ」
「ああ……そういうことですか」
「剣塚?」
聞き覚えの無い言葉に、話にも入らずビールを嬉々として飲んでいたティハが首を傾げる。ルイとギードは一種迷ったように顔を見合わせたが、「まあ隠すほどのことでもねえか」と結局ギードが頭を掻いて話始めた。
「剣塚ってのは、この村にある、霊代の『寄り代』を祀った塚のことだ。……ああ、安心しろ。四十年前に力を失って、今じゃただの剣になっているからな」
危険はねえ、とギードは手を振った。
ティハは「安心しろ」「危険はない」と付け加えられる意味が分からなくて黙り込む。人にとって、霊代はそんなにも危険視されるものなのだろうか。確かに自分は森の、ムッカはユエの命を喰らって存在している霊代だが、他の誰かに危害を加えるつもりはない。
言葉を発しなくなったティハの様子に、不安を覚えたと勘違いしたルイが気遣って言葉を続けた。
「契約者を失った霊代は命を求めて次の契約者を選ぶ、なんて巷じゃ言われているけど、この村じゃ少なくともそんなことは起きていないしね。それに、早死する理由もよく分かってないみたいだし」
「まあなあ。王都じゃ霊代の研究をしてるって話だが、下々に伝えられるほどの成果はあがってないんだろうよ。……それに、もし霊代を得たヤツがいても、そいつ自身はそのことを隠すだろうな」
「……なぜ?」
ぽつり、とティハはこぼす。ギードは腕を組むと天井を仰いだ。
「よく分からんものを人は嫌うからな。それに一度バレちまったら、王都に召喚されることは必須だ。いつ死ぬか分からないのに、家族や友人から離されて研究対象として扱われるんだ。……そんなの、嫌だろう」
思うところがあったのか、ギードは怖い顔をしている。楽しかった気分はすでに霧散していて、ティハは旨かったはずのビールにどうしようもない苦さを覚えた。
*****
――翌朝。
「本当に帰っちゃうんですかあ?」
「寂しいです」
「また来てくださいね!絶対ですよ!」
どこから情報を聞きつけたのか、朝から女性陣に盛大に見送られティハは村を後にした。もちろん、出たふりをして森に戻るので、衣服の回収のためにユエも村の外までついていく。そんな一人だけ特別扱いのユエにブーイングが起きたが、素知らぬ顔をして切り抜けた。
「ユエ。今日は森に来るのか?」
「ええ。久しぶりなので、自分の勉強用に薬草を少し確保したいですし」
「そうか。……なら、森で待っている」
ティハはそう言って笑うと、ちびトカゲの姿に変化する。そして「きゅっ」とお決まりの鳴き声をあげぺたぺたと走り去って行った。
その後ろ姿を見送ると、ユエは苦笑しながら残された衣服を小さく畳み、いつもの籠にしまった。昨夜の飲み会は大した失敗もなく終わったようだし、これでティハの奇行に気を揉む毎日に終止符が打たれたことになる。今は周囲がまだ少し騒がしいが、数日もすれば収まるだろう。
……そう、森に行けばティハには会えるし、家に来ることもある。今まで通り、ムッカと二人の生活に戻った、ただそれだけだ。
ユエは胸を押さえた。バルバにルイが復帰する、と言われたときと同じで少し苦しい。
両親と違って、ティハは二度と会えない訳じゃない。それに、村の人に嘘をつき続ける罪悪感が薄れて気持ちも楽になった。そのはずなのに、どうしてまた寂寥感が襲うのだろう。
思ったよりも、ティハの存在感にユエは安堵を覚えていたのかもしれない。自分より大きなものが、家にいるという安心感。両親が亡くなって以来忘れていた「守られている」という感覚が、息を吹き返してしまったようだった。
ユエはそっと首を振って今しがた考えたことに蓋をした。
ティハは霊代だ。人の常識にも疎く、外見は意識して変えなければ年をとることもない。短期間なら誤魔化せる違和感も、長くなれば気づく人が出てくるだろう。ムッカのことを隠さずにいられる唯一の相手だが、一緒に暮らすなど土台無理な話なのだ。
それよりも、今は重要案件をひとつ抱えている。ティハが帰ると聞いてへそを曲げたバルバの機嫌を取らねばならないのだ。ひとつ気合いを入れると、ユエは来た道を戻っていった。
*****
「まったく、私のおせっかいはなんだったんだろうね」
ぶちぶちとバルバは文句を垂れながら薬研を挽いている。ユエは指示された薬草を取り出してバルバに渡す。
「……師匠がティハに目をかけてくださったのは、感謝しています。貴重な薬草を教えてくださったおかげで路銀も調達できたようでしたし」
「私が言いたいのはそういうことじゃないよ!私ぁね、あんたとティハが結婚すればと思って色々手助けしてやってたんだよ。なのに、あんたらときたら……鈍いにもほどがある」
バルバの嘆きに、やっぱりそうだったのか、とユエは首をすくめる。ティハは本当に気づいていないようだったが、ユエはわざと気づかない振りをしていたのだ。まあ、どのみちトカゲと人間では未来はない。
「ティハも私も、そういう気持ちは無かったのです」
「ああ、そうかい……まったく、何時になったら私は安心できるんだろうね」
バルバは遠い目をしていた。親のいないユエの結婚を心配しているのだろうその言葉に、ユエは心の中で謝る。相手がティハであろうとなかろうと、たぶん、その時が来ることはないだろうと思いながら。
ティハさんの初めてのお酒の後味は苦いものに。
明日は久々に森に舞台が移ります。
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