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思い出に埋もれるとき

2/9:活動報告に誤字以外の修正点について報告あげました。

気になる方はチェックよろしくお願いいたします。

 朝。ユエは窓の木扉の隙間から差す光で目が覚めた。

 ベッドの脇にある窓は東向きで、少し丁番が緩んでいるために朝日を受けると合わせの部分から光が入ってしまう。「お父さま(・・・・)がこんど帰ってきたら直してもらう約束だから、それまでのしんぼうね」とユエは小さくつぶやいてベッドから飛び降りた。


 肩口まで伸びた髪にブラシを通す。うねりの強いくせ毛の金髪は、あっちこっちを向いていて寝癖を直すのも一苦労だ。お母さまのような背中までかかる艶やかな髪を目指して長く伸ばし始めたのに、このままでは早々に断念してしまいそうで、ユエは悔しくなって何度もブラシをかける。

 お母さまみたいに栗色の真っ直ぐな髪だったらよかったのに、とぶちぶち文句を言いながらくしけずっていると、コンコンと部屋の扉がノックされた。


「ユエ?起きているの?」


「まって、お母さま。髪が言うことを聞いてくれないの!」


 くすくすと笑う声がして、ドアが開けられる。ちょうど朝食を作っていたのかふわりとチーズの焼けるいい香りがして、自慢の栗色の髪をひとつに結わえたお母さまがユエの側に寄り添った。


「じゃあ、こうしたらどう?」


 細い指先がすっとユエの金髪をふたつに分けて、手早く綺麗な編み込みを作っていく。そしてどこからともなく薄緑色のリボンを取り出すと、ほどけないように毛先を結んだ。

 ユエは揺れるふたつのリボンをつまんで眺める。薄緑のリボンはよく見ると白い糸でレース模様が刺繍されていて、とても可愛い。


「髪を長く伸ばしているのでしょう?もう少し伸びたら、色んな髪型ができてきっと楽しいわ。ふふっ、お父さまと同じユエの可愛いくせ毛が、お母さまはとっても好きなのよ」


 たおやかな手にそっと頭を撫でられて、ユエは目を細めた。

 自分は、顔も目の色もお母さまゆずりの中で、この金色の髪だけがお父さまにそっくりだ。村には他にも金髪の人がいるが、ユエのように白金に輝く色素の薄い金髪を持つ人はいない。

 陽に透けるとキラキラと輝く色は気に入っているが、毎朝格闘しなければいけないこの波打つくせだけはどうも好きになれなかった。


 ――……でも、こんなふうにかわいいリボンをつけられるなら、のばすのも悪くないかもしれない。


 そう思ってレース地に指を這わせると、くじけそうだった心がぐんぐんと上向きになってユエはにんまりと笑みを浮かべた。

 お母さまもそれをみてふわりと笑顔になる。


「さあ、朝ごはんにしましょう。今日の昼にはお父さまが村に着くと手紙が来ていたから、今日は早めに商店に行ってご馳走の材料をいっぱい買わなくてはいけないわ」


 手伝ってくれるかしら?と言われて、ユエは満面の笑みで頷いた。




 二人が夕食の材料を買い終えて商店から帰ると、お父さまが家に居た。


「お父さま!お帰りなさい!」


 ユエは手に持っていた買い物かごを床に放り出し、椅子に腰掛けていたお父さまに飛びつく。


「おっと。……ただいま、ユエ。いい子にしていたかい?」


 ひっくり返りそうになりながらも、お父さまはユエを抱きとめて嬉しそうに笑う。一方のユエはぷくりと不満気に頬をふくらませた。


「お父さま、わたしもう少しで十三歳になるのよ。『いい子にしていたか』なんて小さい子に言うことばだわ」


 レディに向かってしつれいよ、とつんとそっぽを向いたユエに、お母さまがため息をつく。


「ユエ、レディは買い物かごを床に置いたりしないわ。きちんとテーブルか、収納庫まで運んでちょうだい」


 はあい、とユエが気まずそうに肩をすくめると、お父さまがくすくす笑った。


 いそいそと買い物かごを回収し、収納庫まで運ぶ。中身のものをどこに置けばいいかは知らないので、ユエは棚の定位置にそっとかごを置くと居間に戻った。


 ユエが戻ったことに気づかないお父さまとお母さまが、少し声を潜めて話をしている。


「……そう、今回の商売はかなりギリギリだったのね」

「ああ、次は一緒に来てもらいたいんだが……ユエひとり残すのは、ちょっと心配だな」

「そう、ね……。でも、仕方ないわ。カミラか、二つ隣のバルバさんに面倒を見てもらえないか、頼んでみるわ」


 ユエと同じ金色の髪をぐしゃぐしゃとお父さまが困ったように掻き回して、お母さまが形の良い眉をひそめる。外はまだ明るく、二人は窓からの光を受けて顔に濃い影を落としていた。


 ユエはその光景に既視感(・・・)を覚える。

 そう。その後、父母は、ユエがどうしたのかと聞いても笑ってごまかすのだ。「何でもないよ」「ユエは心配しなくてもいいのよ」と。


 全然、何でもなくはなかったのに。

 二人とも、逝ってしまうのに。


「……いや、いやよ」


 ここで二人に行かないでと言っていれば、止められただろうか。


「ねえ……っ、行っては……だめっ」


 そう大声で叫びたいのに、喉はからからに乾いていてかすれた声しか出せない。

 これは過去(・・)だと気づいたユエを責めるかのように世界が急に狭まって、さっきまで鮮明だった父母が膜を張ったかのようにぼやけて遠ざかっていく。


「おねがい……置いて行かないで……っ」


 だんだんと小さくなる二人に、手を伸ばしても届くことはない。

 ユエは迫る孤独に耐えかねて、声も限りに叫んだ。


「……私を……ひとりにしないでっ!!」



*****



「ユエ、ユエ」


 肩を揺すられる感覚で、ユエは夢から覚醒した。


「ユエ、大丈夫か」


 まぶたを開けると、涙で視界が滲んでいて周囲が見えづらい。

 ベッドの側には木扉がぴったりと閉じた窓がひとつ。それ故に部屋の中は月明かりなど少しも差し込んでいない暗闇だった。

 そんな状態でも馴染み深さは変わらない、そう、ここは自分の部屋だ。


「ユエ」


 もう一度声をかけられて、ユエはようやく目の前に誰かが立っているのを悟った。視認はできないが、恐らくティハだろうことは分かる。


 ムッカを生んだ時の話をした所為か、久しぶりに両親の夢を見ていたようだ。のろのろと身を起こそうとすると、ティハに身体を支えられた。頬を涙が伝うのが分かってごしごしとそれを手の甲でぬぐう。


「……すみません。夢を、見ていたみたいです」


「……そうか。かなり、うなされていた」


 ティハは気遣うように声をひそめる。

 ユエはもう一度大丈夫です、と言おうとして至近距離にあるティハの姿に目をしばたかせた。まだ暗闇に目が慣れていないのでぼんやりとしか分からないが、何だか肌色の部分がかなり多い気がする。というか、上から下まで全部その一色しかない。

 あわてて目を逸らす。


「……もしかして、服を着ていないのですか!」


「……す、すまない!隣りから、苦しげな声が聞こえたから、あわてて!」


 あたふたとティハが部屋から出ていこうとする。

 肩に触れていた手の温もりが離れて、ユエは急に心細さを感じた。


「待って!」


 とっさにティハの腕を掴んでしまって、掴んだ本人であるユエがひどく動揺する。


「あ、その……ええと……」


「……ユエ?」


 ティハも狼狽えている。服を着ていないのに引き止めているユエに困惑しているのだろう。裸の姿は見ないように目線は逸らしたまま、ユエはこくりと喉を鳴らす。


 今、ひとりになりたくない。誰かに、側にいてほしい。でも、ムッカは……。

 実は勝手にティハに話しをしていたムッカにちょっとした意地悪(・・・)をしてしまったので、彼女は呼びにくかった。


「……その、トカゲの姿なら、ここに居てくれていいのですけれど……」


 弱さに負けて、ティハの腕を掴んだままユエがか細い声でつぶやく。


 しばらく沈黙が落ちたかと思うと、唐突にユエの手の中から腕が消失した。驚いて顔を上げると、ティハが居ない。

 ユエは眉を下げる。居てくれていい、ではなくて、居てほしい(・・・)と言うべきだったのか。


 すると「きゅっ」と鳴き声が聞こえた。ユエがベッドの下をのぞくと、ちびトカゲの姿になったティハがこちらを見上げている。


 ここにいる、とでも言いたげな姿に嬉しくなるが、その可愛らしくも頼りない姿にユエはうーん、と首をひねった。近くにいてほしいけれど、布団に上げると潰してしまいそうだ。それにもう少し存在感があってくれたほうが寂しくないような気がする。


「あの……大きい方の姿で、お願いします」


 ティハは一瞬きょとんとしていたが、すぐにユエの我が儘に応じてくれた。黒い岩のような姿の中に金色の瞳が浮かび上がる。


「この、すがたで、いいのか」


 久しぶりに聞く舌っ足らずな口調に、ユエは少しほっこりする。

 上掛けを掴むと、床に降りて黒蜥蜴姿のティハの隣りに座った。初夏の夜は空気も熱を孕んでいるし、多少寝床を出たところで風邪をひくこともないだろう。


 上掛けにくるまってベッドにもたれると、犬よりも大きなティハが守るかのようにユエをくるりと囲った。

 薄い布越しに感じる、ティハのひんやりとした冷たさが気持ちいい。人の体の時とは違って温かさは感じないけれど、この蜥蜴特有の体温の低さも心地よかった。


 そういえば、両親が亡くなってすぐ、よくユエがうなされていたときはいつもムッカが側にいた。

 夢を見るのが怖くて目を閉じられなくても、話す相手がいることが慰めになっていた。トカゲのティハと同じように冷たい、そのうえ抱き心地の悪いおたまが、ユエにとっては精神を落ち着かせるための薬だったのだ。

 そうして、いつの頃からか悪夢を見なくなって、ムッカと一緒に笑えることが増えていた。


 ユエは後悔した。今日は大人げない態度を取ってしまった。明日、謝らなくては。


 悪夢の緊張が溶けたユエはうとうとし始める。まだ外は闇が濃い。もう一眠りできる、と思ってユエはそのまま睡魔に身を任せた。



*****



 ティハが眠りに落ちたユエをベッドに戻し、部屋を後にしようと丸ノブを回す。


「……ユエ、眠った?」


 扉から出ると廊下にムッカがいた。ティハはこくり、と頷く。

 一度部屋から締め出されてしまうと、彼女は自由に部屋を出入りすることができない。扉の外から様子を伺っていたのだろう。


「……そう。ありがとう。助かったわ」


 いつもはムッカが出入りできるように少し扉を開けているらしいのだが、ユエは食後の席で話をした後、ひとり部屋にこもってしまっていた。ティハとムッカが中の気配を探っていたところ、夜中になってユエがうなされているのに気づいて居ても立っても居られなくなったのだ。

 それでもユエに締め出されていたムッカは尻込みして、結局ティハだけを部屋に入れた。

 彼女は自嘲気味に笑う。


「慰める、なんて言ってるくせに、あたしは失敗してばかりね。ほんと情けない」


「……自分も、浅はかだった。すまない」


 霊代たちはそろってうなだれた。


 ユエ自身は一人で暮らしている理由を何も話さなかったが、ティハは噂好きの村人たちからユエの両親について色々聞かされていた。

 いわく、父親はどこから来たのかも分からない、旅商人だったこと。彼が何度めかに村を訪れたときには街の良いところのお嬢さんと思われるユエの母親を連れていて、妊娠を機に村に居を構えたこと。そして、三年前。二人が出向いた商い先の街で、心中を図ったと思われる状態で発見されたこと。


 表向きは「可哀想に」だとか「あの人たちに限って」と憂いを見せる人々の多くが、あなたは何か知ってるのよね、という裏の意図を読み取れないティハにじれて(・・・)、「それで?!本当のところはどうだったの?!」と興味も露わに聞いてきたのには閉口した。


 人間は、生き物の中でも特に親子の情が深いという。それ故に、ユエとの話題で両親については触れないように気をつけていたつもりが、思わぬところで尾を踏んでしまった。


「あたしも、中途半端に話さないで、ユエが言い出すまで黙っててほしいって言うべきだったの。だからティハは悪くないわ」


 ムッカがふるふるとおたまの頭を振る。


「それに、あなたが居てくれて助かった。……最近は無くなってたけど、前はよくああやってうなされていたの。あたしじゃ扉を開けることもできないし、側にいてもただの金属の塊だから。……だから、ありがとう」


 彼女はそれだけ言って、ぴょんぴょんと跳ねながら居間に消えた。


 ティハは思う。ムッカは自分の価値を分かっていない。この三年間、ユエと共にあったのはあの「おたま」なのだ。ムッカが消えれば、ユエはおそらくあの時以上に取り乱すだろう。

 ムッカはムッカであってだれにも代わりは務まらなし、自分も代わりになりたいとは思わない。それに自分にとっては、ユエも、ムッカも……代わりの効かない、大事な存在なのだ。


 ――……もし、今彼女たちが消えてしまったら。自分はいったいどうするだろうか。


 ティハはムッカが消えた先を見てしばらく立ち尽くしていたが、そっと首を振ると充てがわれた部屋に戻った。

いつもご覧いただきありがとうございます。ブクマ、励みになります。

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