めざせ!女子力向上
「これで……いいわね」
ユエは窓辺に置いた小さなコップを見て満足そうに頷く。
昨日ティハからもらった花飾りを飾ってみたのだ。
長持ちする、と言った彼の言葉どおり生花はまだいきいきと白く輝いていたが、この陽気で普通の花であればそろそろ萎れる頃合いだ。昨日はその髪留めはどうしたと探りを入れてくる人が後を絶たなかったし、今日もユエが同じ飾りを付けていれば、一体何で出来ているのかといぶかしむに決まっている。
なので、ユエはこの可愛い飾りを自室に飾り、ひとり楽しむことにした。朝日に照らされる可憐な花ににまにましていると、部屋の扉がノックされる。
「ユエ―。そろそろ出ないと、バルバに怒られるわよー」
ムッカが呼ぶ声に、はあい、とユエは返事をして籠を手にした。
*****
今日もユエは配達にいそしむ。
昨日は朝から夕方まで頑張ったおかげで、本日の量は少なめだ。
ティハはすっかりバルバに慣れたようで、今日も出掛ける前になにやら二人で薬草の話をしていた。
昨日の朝二人っきりにしたことが心配になって、大丈夫だったか夕食の際に聞いてみたのだが、バルバが認めてくれたようだとだけ言ってティハは笑った。
さらに「薬草を売った金だ」と彼が持ち帰った大金には相当驚かされたが、あの頑固者のバルバがユエ以外に秘密にしている薬草のありかを教えるくらいなのだから、二人の関係は問題ないということだろう。
心配の種がひとつ無くなって、ユエは気持ちが少し軽くなっていた。
村の人たちも三日目ともなると新参者に気を取られてばかりではいられないのか、すっかりいつも通りで、配達中もすこぶる快適だ。
最後の配達先を回り終えると、時間はちょうど昼前だった。
近道しよう、と思って表通りの一本裏にユエは足を向ける。ちょうどそこは店が並ぶ区画の裏側で、ぎっちり隙間なく建物が並ぶ表通りを歩くよりも、裏道の方がすぐに目当ての横道に入れて便利なのだ。
時間も時間で、みな食事のために家にいるか表通りの店に足を向けているので道に人通りはまったくない。
「……ねえ、ユエ。今日は商店に行くでしょ?」
いい天気だわぁと思いながらユエが歩いていると、人が居ないのを良いことにポケットに入ったままムッカが声をかけてきた。
「もう、ムッカ、しーっ……。誰がいるか、分からないのよ」
あわててきょろきょろと辺りを見渡し、ユエが口を尖らせる。
「大丈夫よ、誰もいないから。ねえ、それよりも、いつもの隊商さんが来るから、今日あたり新しい本が入るって商店のおじさんが言ってたわ」
「……この前、買ったばかりじゃない」
高価なおねだりにユエが渋面を作ると、ムッカがさらに「ティハから昨日少しお金を分けてもらったから、資金は十分あるでしょ」とユエを懐柔しようとする。
確かに、昨日ティハが持ち帰った大金は「ティハが稼いだお金だから好きなものを買えばいい」と彼に一度全額を返したが、世話になっているし自分はそんなに必要ないから、と言われてしまい、それもそうかと結局一部をお礼として受け取っていた。
「ここからなら商店も近いし、寄って行って。ね、お願い。いつも買ってるシリーズの新しいやつだから、絶対ほしいの」
ムッカの言う、いつも買ってるシリーズ、とは「これで彼の心は私のもの!女子力向上☆マル秘レシピ」というタイトルのものだ。王都で流行っているということで商店の主が仕入れたものの、このいかにもな恥ずかしい名前のせいで長い間店の隅に売れ残っていた本だった。
それを、料理本の存在を知ったムッカに急かされてユエが購入したのだ。
ああやっと恋に目覚めたんだね、とでも言いたげな生ぬるい目で店主に見られた時は本当に涙が出そうになった。
ちなみに、やっぱりいいですとユエが言いかけて、ムッカがポケットの内側からおたまの柄でユエを刺すという暴挙に出たのもその時が初めてだった。
料理の本なら何でも買っているおかげで、もうその誤解も解けていると思うが、「その六」まで購入しているその本をカウンターに差しだす時は、今でも店主の顔を見られない。
「ティハがいるせいで女の子たちの恋心に火がついてるでしょ。そんな状態で商店にあんな本があったらすぐに持って行かれちゃうわ!」
鼻息荒くムッカが力説する。
ユエはティハを村に招いたのはムッカだし自業自得じゃないかともちょっと思ったが、確かに一度売れてしまうとなかなか入荷の目途が立たないのが高級品である書籍だ。食べ物の恨みならぬ、ムッカの本の恨みは怖いので大人しく買いに行くことにした。
*****
「ああ、ユエちゃん。いつもの本、入ってるよ」
商店にユエが顔を出すと、店主が待ってましたとばかりに声を掛けてきた。
「今日は何人もの女の子がこの本がいくらなのか聞いてきてね。金額を聞いて引き下がる子ばかりだったから良かったんだけど、売れちゃったらどうしようかと思って冷や冷やしたよ」
早速棚から本を引きぬき、店主はにこにこと差し出してくる。
ユエはできるだけ無表情を装って、ありがとうございます、とそれを受け取った。そして誰にも見られないうちに手早く本を籠の一番底に押し込むと、先に代金を店主に支払う。
そうしてやっと、ゆっくり店内を物色し始めた。
「本を買いたいという女性、そんなに多かったのですか?」
店先に並ぶじゃがいもをひとつひとつ確かめながら、ユエが店主に問いかける。
経済的に余裕がある家が多いこの村の識字率は高い方だが、わざわざ料理のために高額な本を購入するのは今までユエくらいのものだった。
「そうだねえ。なんでも、ユエちゃんの御親戚……リームルバさん、だっけ。彼が、好きなものは何か聞かれて『料理』って答えたそうだよ。だからじゃないかな」
それを聞いて、ユエはあんぐりと口を開けた。
店主は何でもない風を装っていたが、まったく興味を隠し切れていない。
「まあ、ユエちゃんもぴったりな男を捕まえたもんだね。……あ、それとも、彼を捕まえるために料理の勉強をしてたのかい?」
大いなる誤解にユエは真っ赤になってぶるぶると首を振る。
「偶然です!それに、彼は本当にただの親戚ですから!」
「まあまあ、そう照れなくても。良い男ってのはすーぐ余所を向きたがるから、しっかり手綱を握っておくんだよ。こんなおじさんの年になっても、そういう話はちらほら聞くからさ」
もし浮気されたらああしてこうしてと対処法を細々教えようとする店主をユエが必死になって押さえようとしていると、「すみません」と後ろから声がかかった。
「いらっしゃい」
新しい客が来たようだ。
店主の声にユエが後ろを振り向くと、すらっと背の高い女性が入り口に立っていた。
眉を八の字に下げて、優しげな顔が困ったような表情をしている。
確か、食堂で働いている、鍛冶屋の娘のマリーだ。無理を言って抜け出してきたのか前掛けを着けたままで、髪も走ったせいか少し乱れている。
「あの、そこにあった料理の本……売れてしまったんでしょうか」
本が少しだけ並べられている棚をマリーが指差した。
さっきまで「これで彼の心は私のもの!女子力向上☆マル秘レシピその七」があった場所だ。ユエは心当たりがあり過ぎてびくりと肩を揺らした。
「ああ……申し訳ないね」
店主が謝罪の言葉を口にすると、マリーは泣きそうな顔をする。
一瞬にしてどんよりと重たい空気を背中にのせたかと思うと、頭のてっぺんが見えるほど深く俯いてしまった。
そんなにあの本が欲しかったのだろうか。
ちら、とマリーを見ると、そうユエが罪悪感を感じるほど彼女は意気消沈していた。
「……そんなに欲しかったのかい?」
店主も少し焦っている。さっきから「どうしよう」とでも言うように、ちらちらと目線をユエに送ってきているのが丸わかりだ。ユエは、はあ、と息をつくとムッカに心の中で「ごめんね」と呟いた。
「マリーさん、その本を買ったのは私です。それで、あの、……少しの間で良ければ、お貸ししましょうか」
ユエがマリーに声をかけると、ポケットの内側でびくり、とムッカが身を震わせたのが分かった。がもう言ってしまったものは仕方がない。
目に涙をためたマリーがすごい勢いで顔を上げ、輝くようにぱあっと表情を明るくする。
「本当?!あのっ……その、すぐに読んで、すぐに写し終えたらすぐに返すから……っ」
不自然に「すぐに」と何度も繰り返すマリーがユエの手を握る。
「ありがとう……っ。これで、トージと仲直りするつもりだったの……」
とうとう嗚咽を堪え切れなくなったマリーに、手を握られたままユエは困惑する。
トージ、と言ったか。そういえば、兄弟子のルイと喧嘩したのはトージだった。もしかして何か関係があるのだろうか。
そんなことをユエが考えていると、また商店の入り口に誰かが立った。
「まあまあ!どうしたんだい?」
驚いたような声をあげたのはレオの母、カミラだった。丁度食材の買い物に来たところだったらしい。
どう説明して良いか分からないユエが、とりあえず「こんにちは」と小さく挨拶をする。一方のマリーは涙が止まらないのか泣き続けたままだ。
彼女に手を握られているので仲違いをした訳じゃないと分かると思うが、道行く人々までもが興味深そうにこちらを見ているのが煩わしかった。
その様子を交互に見ていたカミラは、ふん、となぜか気合いを入れると、店主に「これとこれとこれ、レオに後で取りに来させるから、置いといてちょうだい」とちゃっかり頼んでから二人に向き直った。
「とりあえず、二人ともこのままだと目立つから、うちにおいで。話はそれからだ」
そう言ってユエとマリーの手を引くと、邪魔するよ、とカミラは堂々と商店の中を横切って裏道に出たのだった。
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