稼ぐトカゲは妬まれます
一話の文量が多くなってきたので、わかりにくい場面転換に
***** アスタリスクを付けることにします。
※これ以前の話も場面転換のところに追加しています。
――キンッ、キィンッ
抜き身の刃が打ち合う度に鋭い音が鳴る。
何度か激しい剣戟を見せた後、二人の人間がお互いから距離を取るように飛び退った。
一人は金髪のまだ年若い少年、もう一人は歴戦の猛者を思わせる壮年の男だ。
少年は暑さと激しい運動のために荒く肩で息をしているが、鳶色の髪を短く刈り上げた男は一切動じていない。
男が少年の反応を窺うように剣を握りこんだ手を捻り、刀身の角度を変える。銀色の刃が陽光を反射して白く煌き、相対している少年が眩しそうに一瞬目をすがめた。
それを見逃さなかった男が少年に向かって駆ける。
隙を突かれた少年は慌てて剣を正眼に構え迎え撃とうとするが、一瞬後にはギイン、と鈍い音がして手から剣が離れ、体は後ろに吹っ飛ばされていた。
弾かれた少年の剣が宙を舞い、少し離れた地面に勢い良く突き刺さる。
近くに剣が落下してきた不幸な見物人が飛び上がって、げえ、とうめき声を上げた。
「くそ……っ」
レオは地面に転がったまま呟く。
容赦無く吹っ飛ばされた所為で、体のあちこちが痛い。親父は手加減ってものを知らないから若い奴らから敬遠されるんだ、と心の中で悪態をついた。
「いつまで寝ているんだ。次の訓練の邪魔だ」
先ほどまで斬り合っていた父親にガツッとごついブーツで蹴りを入れられる。その所業に腹が立ったが、ここでは文句も言えない立場の差があるレオは、黙って起き上がる。
それを冷ややかな目で見ていた父親――……シュトカ自警団団長の、ジークが、低い声で忠告した。
「何を考えていたかは知らんが、気もそぞろな奴は相手にならん。……実戦だと、お前のような奴から死んでいくぞ」
レオは唇を噛み締めるが、反論はしない。「ありがとうございました」と礼を取りその場を次の団員に明け渡した。
「お疲れ。相変わらず、団長は息子のお前にも容赦が無いな」
訓練待ちの団員が囲いを作っている中にレオが紛れると、笑うギードから肩を叩かれた。
ギードはレオの父親と同じ時期から自警団にいる古株だ。団長の息子ということで若い団員から距離を置かれがちなレオを気遣ってか、よく声をかけてくる。
見た目は女子供に怖がられそうな強面だが、中身は陽気で付き合い易い人だ。
「家でやり合ってたときからあんな感じなんで、平気です」
レオは地に刺さった自分の剣を抜きながら苦笑いする。
村人初の自警団員として採用されたジークに憧れて、レオは小さい頃から稽古をつけてもらっていた。そのときから母親のカミラが怒るほど生傷だらけにされていたので、剣を受けれるようになっている今の方が遥かにましなのだ。
それに、ジークに「気もそぞろ」と注意されたことは自分でも自覚があった。
まさにぐうの根も出ない。
昨日の夕方見えたあの色男に端を発するこの苛立ちは、訓練中も自分を苛んで仕方なかった。
「ユエの料理を食べるために村に来た」などと意味深な言葉を吐いたあの男は、同性であるレオが見ても驚くほど出来た容姿をしていた。
笑う顔など、惚れない女は居ないのではないかと思うほどに魅力的で、あれがユエとひとつ屋根の下にいるなど考えたくもない。レオは危機感しか感じなかった。
焦った末にユエに直接会って事の次第を聞こうとしたが、昨日はバルバの家に遅くまでいたのか留守だったし、今日は朝から訓練三昧で屯所から出ることもできていない。
その上、午前見回りの役についてた先輩が、帰ってくるなり「ユエが珍しく花の髪留めを付けていた」と騒ぎ始めたのだ。
贈ったのは前々からユエに気のあるレオか、それとも昨日村に来たユエの親戚かと普段は遠巻きにしている団員までもが興味も隠さず聞きに来たのには辟易した。騒がれるのが嫌だったレオは言葉を濁して逃げたが、自分に全く身に覚えがないのは言うまでもない。
とにかく、男と言えば幼馴染であるレオ以外に付き合いの無かったユエにいきなり降って湧いた色恋沙汰に、自警団どころか村中がざわめき立っているような状態なのだ。
噂によるとユエ本人はただの親戚だと言っているようだが、誰もそんな風に見ていないのは明白だった。
「まあさ。確かになんじゃこりゃ、と思うぐらいの良い男だったが、俺はレオを応援してるからな。ぽっと出の奴に負けるんじゃないぞ」
ギードまでもがそんな慰めの言葉をかけてくるので、レオは深いため息をついた。
この調子だと、「レオ対ユエの親戚」の話は団長であるジークの耳にも入っているに違いない。
まったく、自分の父親に色恋のあれやこれを逐一知られるなど、どんな息子が喜ぶというのか。
原因になった「ティハ」にレオは静かに怒りを募らせた。
*****
森から早めに帰ったティハは、きょろきょろと何かを探しながら表通りを歩く。
若い娘たちはまだ仕事中なうえに、彼がこんな時間から村の目抜き通りを歩いているとは思っていないようで、往来しているのは遊んでいる子供や散歩している老人ぐらいだ。それでも皆ティハを見ると目を丸くし、同行者とひそひそ言葉を交わしている。
「しょう、てん……商店だな。か……鍛冶屋に、調味料……ええっと、専門店……?や……『薬草卸問屋』、あった」
ひとつひとつ看板を読み上げながら進んでいたティハは、目当ての店を見つけて嬉しそうに笑う。腕に大量に抱えた薬草の束を持ち直し、さっそく店の扉を開けた。
カランカランと扉についた呼び鈴の音がして、ゆったり昼下がりの珈琲を飲んでいた卸問屋の店主が「いらっしゃーい」と声を上げる。気の抜けた声は一応歓迎の意を表しているが、その実顔はこちらを見向きもしていない。
「あー……ええと、薬草を、買い取ってほしいのだが……」
ティハがおそるおそる声をかける。
「はいはい。買取ね。それで何を……」
ようやく動き出した店主が軽く答え、薬草の鑑定をしようと眼鏡をかける。
そして顔を上げたところでカウンター越しにティハと目が合って、驚いたように瞳を見開いた。眼鏡のレンズを通して見た両眼は気持ち悪いほど拡大されている。
「きっ……君は……噂の……」
「うわさ?」
覚えのない言葉にティハが眉間に皺を寄せる。
すると、店主はティハの機嫌を損ねたと思ったのか慌てて頭を振って言葉を変えた。
「い、いや、何でもないんだ。それで、買取だったね。何を持って来たんだい」
「ああ……これを買い取って、ほしいのだが」
ティハは脇に抱えていた薬草の束をカウンターに無造作に乗せる。
よく見ようと眼鏡のツルをくいっといじった店主が、一拍置いて大声を上げた。
「こ……これは……!ヨクーデルの葉じゃないか!!!!君、これをどこで見つけたんだい?!」
さきほどまでのやる気の無さはどこへ行ったと思うほど爛々と目を光らせて、店主はひとつひとつ熱心に検品し始める。
ティハはその勢いに気圧されて一歩後ろに下がった。
「そ、その、ある場所は、バルバから口止めされている」
それを聞いた店主は「バルバ婆の入れ知恵か!」と悔しげに叫ぶ。それでも手を止めず全ての薬草を見終えると、怒涛の勢いで計算機を弾き始めた。
ティハはそわそわしながらも黙ってそれを待つ。
「……ひとつ、三千ルピとして、全部で十五万ルピでどうだい」
ぱちり、と最後の計算を終えた店主が眼光鋭くティハを見た。ティハはむっと顔を険しくする。
「バルバは、ひとつ三千五百でも買い取るだろうと、言っていたが」
「……ちっ、さすがはバルバ婆だな。いや、何でもない。じゃあ、今回は色を付けて十八万で買い取ろう。だから、今後も良い薬草があったらぜひうちに持ち込んでほしい」
ティハに聞こえないよう小さな声でバルバへの悪態を吐いた店主が、くるりと表情を変えて明るく取引を申し出る。
一方、言い値よりも良くなったことにティハは満足して大きく頷いた。
「分かった。今後もこの店に、買い取ってもらうことにする」
「よし、取引成立だな」
「じゃあ、今後もご贔屓に。バルバさんにもよろしく言っといてくれ」
「ああ、分かった」
大金を手にしたティハが足取りも軽く店を出て行く。
それを見送った店主はにんまりと今後の予定を考えて笑みを深め、「利益いくつ載せようかな」などとつぶやきながら、ヨクーデルの葉を大事そうに抱えて店の奥に引っ込んでいった。
今日もご覧いただきありがとうございます。




