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花咲く少女とトカゲの甲斐性

 翌朝。ユエはいつものように朝食を作る。


 豚の燻製を薄くスライスし炉に置いたフライパンに乗せる。庭で飼っている鶏が産んだ卵に刻んだ臭み消しの薬草とチーズを加えよく混ぜていると、加熱された燻製から脂が染み出して部屋中が美味しそうな香りに包まれる。

 それを胸いっぱいに吸い込んで微笑むと、ユエはフライパンから燻製を取りだしてふたつの皿に分ける。


 そしてぱちぱちと爆ぜる油分を利用して、今度は卵液を流し込んでスクランブルエッグを作る。卵は半熟、チーズはとろりと溶けたタイミングを見計らって火から下ろし、燻製と同じ皿に盛り付ける。


 最後に生で食べられる野菜の葉を添えると、彩りの綺麗なワンプレートの出来上がりだ。小さな固焼きパンも炉で温め直してからバスケットに移し、皿の横に並べる。


「朝ごはん、出来たの?」


 おたまの()に布をひっかけて本の埃をぬぐっていたムッカが手を止める。

 朝は簡単な調理しかしないので彼女の出番はあまりない。その代わり、いつもこの時間は本棚の掃除をしている。


「出来たわ。ティハは?」


「燻製とチーズの良い匂いがしてるから、今必死で着替えていると思うわよ。そろそろ出てくるんじゃない」


 黒蜥蜴の姿でも香りは分かるようで、昨日は朝ごはんの支度が始まると寝室を出てきてテーブルに着いていた。

 ユエが先に火の後始末をしていると、寝室の扉が開いてティハが姿を見せた。ユエとムッカが声を掛ける。


「おはようございます」

「おはよう、疲れは取れた?」


 今日は旅装の外套は付けず、ティハは楽なシャツとズボンに変わらずブーツを履いていた。人の姿で寝ている訳ではないので、その黒髪は艶やかでクセひとつない。

 毎朝寝ぐせを直すのが面倒で波打った金髪をおさげに結ってしまうユエは、それが少しうらやましい。


「おはよう。昨日は、森にも行っていたから、大丈夫だ」


 爽やかに微笑んだティハは、テーブルに足を向けず炉の前に立つユエに近づいてくる。ユエは何か気になるものでもあるのかと首を傾げるが、何も言わずティハはユエの前に立った。


 そして握りこんだ手を差し出し、ユエの目の前でそっと開く。ティハの手の平に乗るものを見て、ユエは目を丸くした。


「可愛い……」


 それは、生きた花で出来た飾りだった。

 可憐な花弁を持つ白い小花がいくつも淡緑色の蔓で束ねられ、まるでリボンで結ばれているように見える。蔓に残る少しの葉を背景に、輝く白い花と緑の蔓が垂れる様はまるでお店で売られているブローチのようだ。それも、生花が生き生きとした魅力を放っている。


 宝石で出来たブローチと一緒に並べられていたとして、いつか枯れてしまうと分かっていてもユエはこちらを手に取るだろう。これを、ティハが作ったのだろうか。本当に植物に関しては器用な真似をする。


「力を加えているから、普通の花よりも持つ。ユエに、やろう」


 そう言ってティハは少しかがむと、ユエの耳の上に花飾りを無造作に差し込む。

 急に近くなった造作の綺麗な顔にユエは赤くなったが、せっかくの飾りを適当に差したんじゃないかとあわてて押さえた。指で軽くなぞると、ティハが力を使ったのか飾りは蔓が髪に絡んで上手くとまっている。ユエはほっとした。


「あ……っ、あの、ありがとう、ございます」


 しどろもどろになりながら礼を言う。

 お洒落を気にする年頃になる前に両親と死に別れたので、こういった装飾品を贈られたのは初めてだった。


 ユエだって可愛いものは大好きだが、いかんせん家計のことを考えてしまってなかなか手を出せない。だから、そのうち萎れてしまうものだとしでも贈られて悪い気はしない。正直言って、とても嬉しい。

 昨日からの幸せな気分がまだ続いているようで、ユエはにやけそうになる顔を引き締めるのに必死だった。


「ユエ、とっても可愛いわよ!ティハはセンスが良いわね」


 飾りをもらったのはユエなのに、ムッカは自分のことのように喜ぶ。ティハも少し離れて飾りをつけたユエを眺め、満足そうに目を細めた。


「昨日、女たちが頭に飾りをつけていたからな。森に、ユエに似合いそうな花があったのを、思い出したんだ。髪の色に、よく合っている」


 ユエは苦笑した。女性たちが髪留めをつけていたのはティハに見せるためだ。

 意中の人に会うときならまだしも、村の人は普段そこまで容姿を気にしない。毎日化粧をするのだって、ティハにしつこく迫っていたアイーダとその取り巻きくらいだ。


 着飾った子供を愛でる親のような生温かい目線でふたりに眺められたユエは気恥ずかしくなって、雰囲気を変えるために食事を勧めた。


「ほら、朝食が冷めてしまいます。食べませんか」


 実際せっかく温め直したパンは冷たくなっていたが、ユエには今日の朝食がいつもより美味しく感じられて、バルバの家に出掛ける前も両親の部屋に残る鏡台でこっそり髪を整えてから家を出た。



*****



 ユエたちがバルバの家の扉を開けると、彼女はがしがし頭を掻きながらどろどろした緑色の液体が入ったコップを手に薬部屋から出てくるところだった。


 ユエは顔を歪める。バルバはまだ食事前だったようだ。

 あの得体の知れない、湖にはびこる藻のような物体を朝食として飲むのがバルバの日課だった。

 体に良いからとユエも一度飲まされたことがあるが、気を抜けば胃が拒絶反応を起こしてひっくり返りそうな青臭さと、奥歯がきゅうと締まるような酸味、そして泥のような味がするのだ。しかも、一度飲むと胃から鼻に掛けて何とも言えない残り香がしばらく続く。


「おや、早いね。……あんたたちも飲むかい?」


 ひょいとコップを掲げたバルバに、ユエはぶるぶると首を振ってすぐに断りを入れる。

 あんなものを飲んで健康を維持するくらいなら、多少面倒でも運動したり食事に気を付けたりする方がましだ。


「そうかい。……ん?ユエ、あんたが髪留めをつけるなんて珍しいね」


 ユエが頭を振ったために、バルバが花飾りに気付く。

 何かとティハとの関係を茶化したがるバルバの反応を警戒して、ユエはうっと言葉に詰まった。


「……まあ、たまには良いかと思いまして」


「ふうん。まあ、似合ってるし、いいじゃないか。あんたも年頃の女の子なんだしね」


 あっさりと流したバルバに、ユエは拍子抜けする。ただのお洒落と受け取ってもらえたようだ。

 バルバはきびきびと今日の配達の指示をすると、ユエの籠に薬を詰める。今日は少し多めだ。ユエは礼を言って受け取った。


「ティハは今日の予定はあるのかい」


 ユエの後ろで大人しく立っていたティハにバルバが声を掛ける。


「いえ。特に無いので、今日も森に行こうかと思っています」


 森に居るのは薬師か、小遣い稼ぎをする子供だ。まともな大人は皆仕事があるはずなので、さすがの自警団も明らかにティハ目的の女性たちを森に通すことはしない。

 それゆえ、昼間ティハが一番落ち着けるのは森の中なのだ。


「そうかい。じゃあ悪いが今日も私の用を言いつかってくれるかい。ちょっと分かりにくいやつだけど、生えてる場所は教えるから」


 そう言ってバルバはメモ用の紙片を取り出した。それを見たユエは眉を寄せる。

 バルバをティハと二人きりにしたくなかったが、すでに仕事の指示をもらっているユエが話の間ずっと部屋にいるのもおかしい。それに今日の配達はいつもより多いので、さっさと動きださなければ帰りが遅くなってしまう。


「……じゃあ、私は配達に行ってきます」


 長くなりそうな話を始めた二人をちらちら振り返りながら、後ろ髪を引かれる思いでユエはバルバの家を後にした。




 玄関の扉が閉まる音がして、話ながらメモを書きつけていたバルバがふと黙った。家を出たユエの気配を探るかのように耳を澄ませている。

 ティハはその様子に、嫌な予感がした。


「……行ったね」


 にまり、とバルバが笑う。

 ティハは反対にこれから何を聞かれるのかと背筋が寒くなった。今までしていた薬の話とは全く違うことが飛び出すに違いない。


 バルバが口を開く。


「あの髪留めをユエにやったのは、あんたかい」


「え?……え、ええ。自分が、ユエに贈りました」


 ティハは目をしばたく。てっきり、薬師だというのは本当なのか、とか、お前は何者だ、とか言われると思っていた。

 一方のバルバはさらに笑みを深めている。


「そうかい、そうかい。……お前さん、ユエと一緒になる気はあるのかい」


 ティハはバルバの言っていることが分からず、心の中で滝のような汗を流す。

 一緒になる(・・・・・)とは、どういうことだろう。毎日一緒にいたいと思っているが、そのことだろうか。

 動揺のあまり、敬語が乱れる。


「そ、その、毎日一緒にいたい、とは思って、いる……いえ、います」


 それを聞いたバルバがさらに口の端を吊り上げる。

 答えとしては間違っていなかったようだが、人間としてそこまで口が裂けていいものなのかとティハは恐怖を感じた。


「なかなか言うね。やっぱり街の男はこういうのに慣れているのかねえ」


 バルバは「村の男は皆口下手だからね」と嘲るように口にする。


「……あたしゃ、あんたが薬師だろうと、そうでなかろうとどっちだっていいんだよ。ユエを大切に出来る、そういう男だったらそれで満足だ。それに、あんたはなかなか頭もいい。薬師だってことも、経験を積みゃあそのうち本当になる」


「は……はあ……」


 ティハはとうとう本当に流れ出てきた汗を必死にぬぐう。

 どうやらバルバはティハが薬師ではないと知っているが、ユエを大切にすれば口外しないと言っているらしい。貴重な存在であるユエを大事にするのはもちろんだが、そんなことでいいのだろうか。


「ユエもあんたの面倒を見るくらいだから、憎からず思っているのは間違いない。今までに無かったことだよ。まあ兎にも角にも、準備には金がかかる。高く売れる薬を教えてやるから、それでここにいる間だけでも荒稼ぎするんだよ!」


 ばしっと痛いほどの力で背中を叩かれ、ティハは「はい」と同意した。いや、同意する以外にこの場を持たせる術を知らなかったともいう。

 準備ってなんのことだ、と思うには思ったが、薬を高く売って金を作ればユエは喜ぶに違いないので、ティハはとりあえず大人しくバルバの教えを受けた。

明日もがんばるんば。

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