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偽おおかみと少女はほらを吹く2

「じゃあ、あんたは森の薬草を採りたいんだね?」


 バルバの問いに、はい、とティハが頷く。


「薬師として、珍しいという森の植生も気になりますが、泊めてもらう礼として、ユエに渡したい、……のです」


 ユエは傍でそれを聞きながらふうん、と感心する。


 ちょっとぎこちないが、一晩で敬語が随分上手くなっているようだ。

 こうしてみると特徴的な文を切る話し方も、思慮深そうな青年を演出していて良いのかもしれない。


 薬草の知識もユエの家にあった資料からあるだけ詰め込んだようで、バルバがちょいちょい挟んでくる専門知識にも模範解答を返している。

 朝、ムッカが沈黙していたのは色々なものの習得に付き合って疲れていたからだろう。


 しかし、本当に頭が良くてうらやましい。

 彼は霊代なので比べても仕方がないとは思うが、少しずつ苦労して知識を獲得してきたユエは密かにむくれた。


「自警団の奴らには私のほうから言っといてやろう。……それと、ついでに私の頼みも聞いてくれないかい。今ユエには配達も手伝ってもらっているから、森に行かせられなくてね。ちょうど手が足りなかったんだよ」


「もちろん、構いません」


 すっかりバルバにも気に入られてしまったようだ。ティハは嬉しそうに笑っている。先ほど冷たい目で見られたばかりなので、その態度が軟化したことを喜んでいるのだろう。


 一方ユエはほっとしたような、悔しいような微妙な気持ちを持て余していた。




 バルバから今日の内容を聞いて、ユエが配達に、ティハが採集にそれぞれ出掛けようと腰を上げたときだった。


「……ああ、あとね。あんた、資料を丸呑みにしたような知識量は感心するが、いまいち応用力が無いね。もっと先人達の話を聞くようにしな」


 バルバがティハに何でもないように言ったひとことに、ユエは冷水を浴びたような気分になる。

 そう、ティハは薬師に師事している者なら知っていてもいいはずの知識が抜けているのだ。


 今回は問われなかったが、例えばキリムの根は咳止めとして有名で古い資料の調合レシピには必ずと言っていいほど載っている。だが、近年は乱獲による個体数の減少で別の薬草が使われるようになっているのだ。


 こういったことは現役で薬師をしているなら当然耳に入るような情報だが、貴重さから一度購入すると買い直すことの少ない紙媒体からとなるとそうはいかない。資料に書かれたままを答えていたのでは、薬師としての力を疑われることになる。


 ユエは感心するばかりで何も思わなかったが、バルバはティハの言葉の端々からそういう匂いを感じ取ったのだろう。

 この鋭い観察眼で薬師として素晴らしい成果を出しているのは知っているが、隠し事をしているときは本当に心臓に悪い。


「……肝に、命じます」


 言われたティハもユエと似た思いをしたようで、笑顔が凍りついていた。




 ティハと揃って外に出たユエは、緊張の解けた開放感でふー……っと息を吐く。


「……ユエの師匠は、鋭いな。表面上は、自分(ティハ)が薬師だと受け入れたように見えたが、たぶん、疑っているはずだ」


 (おのの)いたように言うティハにユエは嫌そうに顔を(しか)めた。

 バルバという一番大きな難関を越えたばかりなのに、そんな気が滅入るようなことを言わないでほしい。


 とにかく、疑われようがどうしようが、ルイの調子が戻るまでの数日間を乗り切れればそれでいいのだ。


「……まあまずは、それぞれ仕事をこなしましょう」


 ユエは、ふん、と腰に手を当てる。

 自分は配達だからいいとして、ティハにも仕事が割り当てられたのでそれを確認しなければいけない。バルバが採取を依頼した薬草を指折り数えて読み上げる。


「……と、これで全部ですね。師匠から言われた薬草で、分からないものはありましたか?」


「いや、大丈夫だ。昨日、資料で挿絵を見ていたものばかりだった。姿形さえ分かれば、森のどこにあるか大体分かる」


 ティハがさらっと答えて、ユエは目を丸くする。

 さすがは森の霊代、というところか。いや、もちろん既出の頭が良いという話ではなく、森のどの場所に目当ての薬草があるか分かる、という点である。薬師にとっては涎ものの能力だ。


「いいわねえ。そんな力があったらユエも楽ができるのにね」


 ムッカがまだ庭から出ていないのを良いことにポケットから顔を出す。

 家の外までごりごりと薬研(やげん)の音が響いているので、バルバに声は聞こえないと踏んだのだろう。


「ユエが欲しい薬草は、自分が採ってきてやるぞ。遠慮なく言ってくれ」


 ティハも輝くような笑顔で任せろと主張する。

 ユエは魅力的な提案にんー、としばらく悩むが、思い直したように首を振った。


「ティハは、師匠から頼まれたものと、料理の対価の分だけを採ってきてください。だいたい一食100ルピですから、一回につき希少度の低いランクに載っていたものが二、三あれば充分です」


 その上のランクの薬草ならさらにその半分で大丈夫です、とユエは付け加える。


「えー。ほんとにそれでいいの?ユエがすっごく気になってる薬草が手に入るかもしれないのに」


 ムッカが口をとがらせる。


 ティハにお願いするのは簡単だが、将来のためにも森の植生は自分で把握すべきだし、何よりずる(・・)をしているようで気が引ける。それに村に来たばかりという設定の彼が希少な薬草をたくさん抱えて帰ってくると、びっくりする人が出るに違いない。


 ……いや、別にユエは珍しい薬草をしこたま採ってきてほしいなどとは思っていない。

 本当はちょっと、ちょっとだけ惹かれるが、無理やり思っていないことにする。


「それよりも。ここから森まで、村の人があまり通らない道と、人が多い表通りを通る道があるんですけれど、どちらが知りたいですか?」


 ユエは話を変えるためにティハに向けてぴっと二本の指を立て示した。


 今まではトカゲだったので村の中を縦横無尽にちょろちょろ出来ていただろうが、人の姿ではそうもいかない。いきなり草地に足を踏みいれたり、人の庭を通ったり、廃墟を突っ切ったりすれば不審に思われる。


「人が、あまり通らない道が知りたい!」


 ティハは間髪いれずに人通りの少ない道を選択する。朝がよっぽど辛かったようで美麗な顔が救いを求めるような表情になっている。

 それを聞いたユエは淡褐色の瞳をいたずらっぽく細めた。


「あら。昨日の今日でもう降参なんですね。それなら滞在期間を短くして、また料理をお届けできるようになるまで森で待っていていただけますか?」


 途端にティハが苦虫を噛み潰したような顔をして「うう、それもありか……いや、でも……」と唸り声を上げる。


 実は、ティハがまだ人間の興味に付きあう元気があるのか試してみたくなったので、ユエは二択を用意したのだ。思った通りもみくちゃにされたのが効いたようで、料理への情熱と好奇心に晒される苦痛とを天秤に掛けて苦しんでいる。


 ユエはにこにこ微笑んだ。

 村の人たちの反応が絶大過ぎて、ティハを村に入れたことをちょっと後悔していたのだ。このまま森に帰ってくれれば周囲はまた平穏に戻るだろう。


 ティハはまだううん、ううんと唸っている。


「もうユエ!そうティハをいじめないの。ほら、さっさと道を教えてあげて」


 それを見たムッカがぷんすかとおたまの頭を振って怒ったので、ユエは肩をすくめてティハに道を教えることにした。


 それにしても、とユエは思う。

 ムッカが料理を喜んでくれる相手と仲良くなるのは理解できる。

だが、ティハが黒蜥蜴の姿を見られても家に来ようとしたとき、ユエが困ると知っていてそれを止めようとしないのには閉口した。それどころか親戚として紹介しようと提案までする始末だ。

 森で待つように一緒に説得してくれてもよかったのに、と正直思う。


 ……なんだか、妙に村にティハが来るのを喜んでいる節があるのは気のせいだろうか。

 同じ霊代と出会うことはほとんど無いし、ムッカが興味を持つのも仕方ないのかもしれないが。


 もうちょっと、私の肩を持ってくれてもいいと思うわ、とユエは心の中でつぶやいた。



*****



「なあ、聞いたか?」

「ああ。バルバ婆のとこの、ユエのことだろう」


 興奮したような先輩たちのやり取りを聞いて、ベンチで休憩を取っていたレオは汗をぬぐう手を止めた。

 二年目のレオは訓練することが仕事のようなもので今日も一日剣をふるって疲れていたが、気になる名前があったので気を引き締める。


 この村でユエといえばレオの幼馴染しかいない。

 彼女はもともと可愛いうえに街育ちの母親のおかげで身のこなしも綺麗なので、男たちに噂されることが多い。下世話な話も多くてちょっといらつくこともあるが、まあ本人は警戒心が強く変な男にひっかかったことはないし、いちいちレオが突っ込むのもおかしな話なのでこれまで放置していた。


 そのはずが、今日はなぜか気になって最後まで聞き耳を立てる。


「親戚だって言って、男を連れてきたらしいな」

「なんでも、ユエに似てかなりの美形らしいぞ」

「でも、髪は真っ黒なんだろう?親戚にしては色が違いすぎないか」

「まだ実物を見てないからな……。ユエより年上らしいし、酒場に来たりしないかな」


 ――……親戚だって?

 レオは驚き過ぎて、一瞬息をするのを忘れた。


 ユエが親戚と縁が無いのは昔から知っている。

 両親の葬儀にも現れることはなかったから、どれだけ薄情な奴らなんだと憤ったくらいだ。ユエはもともと居ないような人たちのことで怒ったりはしなかったが、レオの母親もたまにこぼしていた。


 それが、ここにきて急に村に来たというのか。

 昨日、レオの家で昼飯を一緒に食べたときも、ユエはそんな話はしていなかった。


 ……何か、言えないような理由があったのかもしれない。

 オレや、母さんにも言えないような事が。


 レオは固い表情のまま手早く荷物を片づけると、自警団の屯所を後にした。

明日は土曜日ですが、更新がんばります。


★短編に『龍に鱗はあっても竜に鱗はない!』というたわごとをあげてみました。

ティハさんとユエのやりとりから湧いた疑問をネタにしてみましたので、よかったら見てやってください。ほんで誰かワタシに答えをください(´Д` )笑

注:超短いです。


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