偽おおかみとおたまの悪巧み
結局ユエは心配するカミラの追求を、最近忙しくて疲れていたみたいです、とごまかしその場を乗り切った。
カミラが食事の準備を終えた頃、レオがタオルを首に掛けて戻ってくる。さっきまで自警団が揃いで着ているきっちりした服装をしていたが、今は村人と同じ麻の上下という楽な格好だ。
「自然と作り手に感謝を」
食卓につくと揃って祈りを口にし、三人は昼食に手をつける。
ユエは魚の塩漬けを使ったパスタをひとくち食べて顔をほころばせた。人に作ってもらった料理はなぜこんなに美味しいのだろう。
自分で作ると味見の段階で慣れてしまい食べた時の驚きが少なくなるからかとも思ったが、ユエはなんとなく他にも理由がある気がして、それを確かめるように黙々と食べた。
笑顔を見せたユエにレオとカミラが嬉しそうにしているが、パスタに夢中になっているユエがそれに気づくことは無かった。
*****
日暮れを迎えた頃。
ユエはそわそわと自宅をうろついていた。夕食はもう作ってあったが、ティハが来ることを思うと気が抜けない。今日は満月だ。そのせいか近隣で飼われている犬たちがうるさく吠えていて、それがなぜか不安を煽った。
ムッカは肝が座っているのか諦めているだけなのか、特に気負うことなくテーブルの上で料理本をめくっている。
今日仕事帰りに商店に行ったら入荷していたもので、ムッカはこういう類の本に目がない。せがまれたユエが度々購入するものだから、商店の主はユエが料理好きだと踏んで積極的に仕入れているようだ。
もちろんムッカはポケットに入っているので本を商店に置いてあるだけだと気づくことはない。だが、店主が入荷の度に決まって声を掛けてくるのでごまかすこともできない。
ユエがまた今度、なんて言おうものならポケットの内側からつんつんと怒ったようにつつかれるのだ。
本は高価なので痛い出費なのだが、一冊一冊大事そうに本棚に並べられ、毎日埃を払っているのを見たら何も言えない。
「ほっといても勝手に来るんだから、座ったら」
そう言われてユエは椅子に腰掛ける。ムッカに習ってバルバから借りた薬草の見本帳を眺めるが、全く頭に入ってこない。
やっぱり駄目だ、落ち着けないとユエが見本帳を閉じた時、コンコンと裏庭に面した木窓が音を立てた。
ぱっと立ち上がったユエが外を見に走る。
開け放った窓の下をのぞくと、黒蜥蜴姿のティハが背中に何かを乗せてそこにいた。あわてて正面の玄関から飛び出して裏庭に回る。
「誰かに見られませんでしたか?!」
日は落ちているが、月明かりがある。見通しは効かないものの外は人影が分かる程度の明るさがあった。ティハはぐう、と鳴く。
「ちょっと、みられたが、ごまかしておいた」
見られたの、とユエは青くなる。ティハはもんだいない、と言っているが、この近隣にティハほどの大きさの野生動物はほとんどいないのだ。もしいたとすれば逃げ出した家畜ぐらいである。
「ごまかしたって、どうやったのですか」
「いぬの、なきまねを、しておいた」
犬、とユエが繰り返す。ティハは何故か得意そうだ。窓からムッカが頭を出して、ねえ、とティハに問いかける。
「犬の鳴き真似って、どんな風にやったの」
こうだ、と言ってティハが胸を張った。次の瞬間。
アオォ――――――ン…
身の毛もよだつ様な、鋭く太い鳴き声。
ユエは一度も聞いたことがないはずなのに、その正体が分かってしまった。これは、まるで狼の遠吠えだ。犬なんて可愛いものじゃない。
ティハのような大きさの影に、こんな声で鳴かれたら。自分ならまず間違いなく自警団に通報する。もしかして犬たちがしきりに吠えていたのはこのせいだったのか。
今の遠吠えに反応したのかまた警戒したような犬の声が聞こえ初めて、ユエはあわてた。
「と、とりあえず中に入ってください!その背中のものは……」
「やくそう、だ。つるで、しばって、もってきた」
ティハは器用にも草のつるで束ねた薬草を胴体に巻きつけて背負っていた。蜥蜴の手足ではそんな芸当は無理なので、もしかしたら力を使って巻きつけたのかもしれない。
「……私が持っていきますから、小さくなって窓から入っていていただけますか」
ティハはこくりと頷くとちびトカゲの姿になり窓の中に飛び込んだ。
ユエが地面に落ちた薬草を拾っていると、おいこっちだ、という騒がしい声が遠くから聞こえはじめる。びくりと肩を震わせたユエは、それから逃れるように音を立てず玄関から室内に戻った。
*****
「ああ……結局大騒ぎになってしまったみたいだわ……」
ユエはテーブルに突っ伏す。あれから1日が経った。
昨日は冷や冷やしながら緊張で味のしない食事を食べ、薬草はいらないからとりあえず明日はちびトカゲの姿で来るようにとティハに念押しして森に帰ってもらった。
一方、村は朝から噂で持ちきりだった。
なんでも、世にも奇妙な大トカゲが狼を伴って村に現れたとかなんとか。
自警団は見回りを強化し、お年寄りなどは森の主様だ、などといってありがたがる始末だ。
……この点はユエにも前科があるので何も言えないが。
結局、脚の短さとシルエットでトカゲとばれたらしい。しかも目撃者は影をひとつ見ただけのはずなのに、話に尾ひれがついてお供を連れていたことになっている。やっぱり噂は怖い。
「申し訳、ない」
食後の紅茶を飲みながら、ティハはしゅんとしている。
ユエは顔を横に向け冷たい目でその様子を眺めた。
反省しているからといって油断は禁物だ。こういう態度を取ってはいるが、じゃあ森に通えるまで我慢してほしい、というとあれこれと言うだけで決して了承しないのだ。
全く、ティハの料理への執着は本当に凄まじい。
「もう、諦めて人間として紹介したら。ユエは一時恥ずかしい思いをするかもしれないけど、人の噂も四十九日っていうし居なくなったらすぐ皆忘れるわよ」
ムッカが、そうね、とさらに提案する。
「顔も似てなくはないし、母方の親戚ってことにしたらどう?お母さんは遠い街の出身で村の人は誰も知らないんだし」
ユエは顔をあげる。ティハの顔をじっと検分して考える。
確かに、親戚と言われてから見るとユエに似ているに違いない。ただしルイにも似ているからそこは要注意だ。救いはルイとも髪の色合いが異なるので、言われなければ分からない点か。
出会いに飢えたお姉さま方がしばらく騒がしいかもしれないが、彼氏よりも親戚として紹介したほうが彼女たちに恨まれる率も低くなるだろう。
よし、とユエは腹をくくる。
「分かりました。親戚ということで家に滞在していただきます。明日、街道脇の茂みで落ち合うことにしましょう」
「……そうか!ありがとう、感謝する」
ティハは破顔する。本当に嬉しそうだ。どれだけ料理が好きなんだ、とユエはちょっと呆れた。
「人の姿だったらこの家の出入りも自由だし、ユエの親戚ってことで特別に許可をもらえば森で薬草を取るくらいは大丈夫でしょ」
ムッカがこれで万事解決ね、とおたまの柄でコンっとテーブルを叩く。
「待ち合わせするにしても、連絡もできないしタイミングを図るのが難しいんじゃない?今日は泊まって、明日はポケットの中に入ったまま村の外に出るでしょ。それから人間になってユエと落ち合ったフリをすればいいのよ」
すっかり参謀役になってしまったムッカは頭をふりふり自身のプランを披露した。
……何だか、面白がっているように見えるのは気のせいだろうか。ユエは楽しそうなムッカを半眼で見る。
「それはいい考えだ。ユエ、泊まってもいいか」
ティハまでのりのりのようだ。ユエは匙を投げた。もう勝手にしてちょうだいといった気分だ。
「……ご自由にどうぞ。部屋は、両親が使っていたものがありますから」
「ああ、自分はここでも、大丈夫だぞ。姿さえ、元に戻していいなら」
ティハはそう言ったが、黒蜥蜴の姿に戻るには一旦脱いでからでないと服が破れてしまう。
居間で寝起きされていては、いつまた不幸な事故が起こるか分からない。お付き合いもしたことがないのに結婚前に三度も異性の局部を見るのはごめんこうむる。そんなもの、薬師の勉強用資料だけで充分だ。
ユエは「ぜひお使いください」と言い直してティハを寝室に放り込んだ。段々扱いが雑になってきている自覚はあるが、こればっかりは許して欲しい。
ユエは明日から始まる嘘の日々を思って痛む胃を押さえた。
今日もありがとうございます。




