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薬師に照れはありません

「ええっと……これはガルドスさんのところだから……」


 籠の中の薬の入った包みと、リストを見比べながらユエは村道を歩く。太陽はもうすぐ中天に差し掛かろうかという時間で今日も日差しが強い。


 ティハの件は、もう考えないことにした。一度別れてしまうと連絡する術はないので、ユエは待つしかないのだ。とにかく今後のことは相談するとして、今回だけは誰にも見つかりませんように、と祈るしか手はない。


 ユエは腕をほぐすようにぐるぐる回した。午前中は薬研(やげん)をごりごり挽いていたから腕がだるい。

 この機会にとバルバが特訓を始めたのだ。仕上げはもちろん師匠たるバルバが行うが、薬草を細かくする作業のほとんどをユエが請け負った。


 ……まあ、いつもより数が多いので、本音を言えば年老いたバルバが全てを担うには少しきついのだろう。


 それでも、客前に出す薬に触らせてもらえたことは薬師を目指すユエにとって大きな前進だ。それに作業を見ていたバルバは、これなら明日以降はユエに薬研を任せると言ってくれた。


 明日は筋肉痛になりそうな予感がするが、道行く足取りは軽い。自身の薬師にしては細い腕を見て、ユエは鼻息荒く気合を入れた。


「繰り返せば、もっと力も付くわよね」


「何を付けるって?」


 背後から面白がったような声がかかる。

 振り向くと、腰に剣帯を吊ったレオが立っていた。ユエと同じ金の、しかしそれよりも少し濃い色合いの髪が汗にぬれて光っている。訓練の帰りだろうか。

会うのは裏庭の件以来だ。久しぶり、と挨拶をしてからユエは答えた。


「力を付けようと思ったの」


 ユエは無い力こぶを見せるかのようにむん、と腕を持ち上げる。それを見たレオがぷっと吹き出した。

 ユエはむっとする。腕力は仕事に関わる大事なことだし、ユエは真剣なのだ。


「どうして笑うの」


「いや、似合わなさすぎて、ちょっと……。大丈夫だよ、ユエは力が無くても」


 力仕事は荷運びか自警団に任せとけば、とにやにや笑ってレオは腰に帯びた剣を叩く。彼は去年から自警団で働いているので、村内での帯剣を許されているのだ。


「そういう意味じゃないわ」


 ユエは彼の蒼い瞳をじとっと睨む。年齢の割りに小柄なユエは、レオより頭ひとつ背が低い。彼のからかいに腰に手を当てて怒って見せても、いつも本気にしてもらえないのだ。


「いえいえ、礼儀を重んじるシュトカ自警団があなたをお守りいたします」


 ぷくりと膨れたユエの頬を見て、レオがさらにふざけて胸に手を当てた騎士の礼をとる。


 一年経って様になってきたその姿に、ユエは怒った顔を見せながらも内心少しだけ感心した。


 四十年前に起こった盗賊事件の後、村の人々はお金を出し合って自警団を設立した。それまでも豊かになった村の噂を聞いて、素行の悪い者が現れることが度々あったからだ。

 事件の前から設立の話はあったものの、軍備を持つ領主に警護のお願いをしたからその派遣を待とう、と二の足を踏んでいるうちに人が死ぬような事態になった。

 結局、自分の身は自分で守るしかない、そう気づかされたのだ。


 初めは外部の騎士崩れや傭兵を雇って作られた自警団だが、お金の問題で数を揃えられなかったことが幸いした。ふるいに掛けた結果、質の良い者だけが残ることになったのだ。

 ただの自警団なのに騎士の礼を挨拶としているのも、元騎士だった人が多かった名残だ。


 そして今では規律ある少数精鋭として村の男の子たちの憧れの的で、目指す者も多く、門戸は年々狭くなっている。レオはその難関を突破した一人なのだ。


 それをからかいの種に使うとは。試験に落ちた他の人たちに袋叩きにあっても文句は言えないと思う。


「もう、薬師だって薬草を挽くのに力がいるのよ。からかわないで。……私、まだ仕事があるから、またね」


 相手にするだけ無駄、とユエがひらひら手を振ってその場を離れようとすると、さっと表情を変えたレオがあわてて追いすがってきた。


「ごめん、ごめん。冗談だって。……ユエがこんな道を歩いてるなんて珍しいなと思ってさ、声かけたんだよ」


 確かに、森とバルバの家と商店くらいしか行かないユエはふだんこの道を使わない。今日はルイの顧客に配達をしているから特別だ。


「師匠に頼まれて薬を配達してるの。これからガルドスさんのところに寄って……ああ、そういえばレオのおばあさまの所にも届けるのよ」


「そうなのか。そういえば、ばあちゃん最近食欲ないからって薬飲んでたな。……でも、カルドスさんのところって?今朝もみんな元気そうだったけどな」


 カルドス家とレオの家は近所なので、様子を知っているのだろう。病気かな、と心配そうにしている。ユエはレオを安心させようと明るく言った。


「ああ、心配ないわ。ただの精力剤よ」


「……なんだって?」


 聞こえなかったのだろうか。さっきよりも大きな声で言う。


「なにって、だから精力剤よ。頼まれているのは」


 その途端、レオが慌ててユエの口を手で塞ぐ。辺りをきょろきょろ見回してかなり焦っているようだ。ユエは全く理解ができないレオの行動に、口を塞がれたまま眉根を寄せた。


 薬師にとって精力剤なんて特に珍しいものではない。滋養強壮と似たようなもので、中年に差し掛かった男性のいる家からはよく注文がくるし、外部との取引でもかなり幅を利かせている主力商品だ。

 あれだけ売れるのだから男性の必需品だと思っていたがレオの家では見たことがないのだろうか。


「……それ、ユエが届けるのか?」


 不思議に思ってレオを見上げると、何故か渋い顔をしている。汗もすっかり引いてしまったようだ。ユエは首を傾げた。


「どうかしたの?」


「……いや、何でもない。そうだ、ユエ、それは俺が後で持って行っといてやるよ。それより、うちにも届けるものがあるんだろう?ついでに昼飯でも食っていけば。母さんも喜ぶ」


 ユエの籠の中から有無を言わさず「カルドス」と書かれた包みを奪うと、レオはごまかすようにユエの背を押した。

 レオの母は両親が生きている時からの知り合いで、今もユエのことを色々気にかけてくれる人だ。喜ばれる、と言われると断ることができない。それに、ちょうどお昼でお腹も空いていたからタイミング良く腹の虫が鳴ってしまった。


 それを聞いてまたにやにや笑い出したレオに、薬必ず持っていってね、と赤くなったユエは念押しをして、しぶしぶ言葉に甘えることにした。



*****



「まあまあ、ユエちゃんじゃないか!久しぶりだねえ」


 クリエル家の玄関をくぐると、嬉しそうなレオの母、カミラに出迎えられた。そのレオに似た屈託のない笑顔を見てほっとする。


 両親を失ってから様々な人が声を掛けてきたが、中には心配を装って自分の興味を満たそうと不躾な質問をしてくる者もいた。だから、バルバやこのカミラのような一部の心を許せる人を除いて、ユエはあまり深く付き合わないようにしている。

 小さな悪意など軽くいなせればよかったのだが生憎そう器用でもなかったし、これも自分の心を守るための自衛手段のひとつだった。


「お久しぶりです、おばさま。お元気でしたか」


「ふふっ。相変わらず、お母さんに似て綺麗だねえ。その丁寧な言葉遣いまでそっくりだ」


 懐かしいねえ、とカミラが微笑む。生活がそう派手では無かったのであまり意識したことはなかったが、ユエの母は大きな街から嫁いできた良いところのお嬢さんだったらしい。あまり人付き合いの得意な人では無くいつも他人から少し距離を取っていた印象があったが、なぜかカミラとは仲が良かった。


 先に奥に入ったレオが、剣を壁に立てかける。


「母さん、ユエも一緒に昼飯を食べようと思って誘ったんだ。いいだろ?」


「もちろん!お父さんが急な見回りの交代でいないから、ちょうどいいね」


 大きく頷いて、カミラはさあさあ、とユエの背を押した。親子そろって同じ誘い方だ、とユエは可笑しくなる。その笑いを咬み殺すと、そうだ、と籠の中から薬包を取り出しカミラに差し出した。


「これ、おばあさまのお薬です。ルイさんが来れないので、代わりに私が。ご存知かもしれませんが、空腹時に飲ませてください」


「そうかい!ありがとうね。今日も奥で寝てるんだけど、あとで飲ませておくよ」


 代わりに代金を受け取り籠に収める。そうこうしているうちに、レオは汗を流してくる、と言って裏庭に行ってしまった。その後ろ姿を見送って、カミラが目を細める。


 その瞳に子供を思う親の色を見つけて、ユエは唐突に心が苦しくなった。その色を見ていると、否応なく死んだ父母の顔が蘇ってくる。

 自分だけをこの目で見てくれる人は、もう、いない。そう思い知らされてしまう。


 ユエは黒いものを押し出すかのように息を吐いた。

 駄目だ、自分を気遣ってくれる人たちを見て、こんな気持ちになっては。もう三年も経ったのだ。自分も早い者なら独り立ちしている歳になった。いつまでも死んだ両親の影にすがっていては前に進めない。


 そう思うからこそ、こんな気持ちになる自分が嫌で、このところレオの家に近づかないようにしていたのに。


 ふと向き直ったカミラが、顔色を観察するようにこちらを見ていた。

 必死で気持ちを立て直していたユエはどきりとする。両親が死んでから、これまでも何度かこうやって心を見透かされるかのような思いをすることがあった。動揺しながら取り繕うように笑う。


「自警団も大変ですね。訓練がいっぱいあって」


 すこし逡巡していた彼女はおもむろにユエの手を両手で包むと、真剣な表情になった。


「……我慢しなくていいんだからね。しんどくなったらいつでも吐き出しにおいで。私たちがいるんだから」


 握られた手からぬくもりを感じて、かろうじてその芯を保っているユエの強がりがぐらぐらと揺れる。じわり、と視界が滲んだが、目元を擦って耐えた。あなたたちを見ていると辛くなるんですなんて、この人たちに言えるわけがない。


 人肌の温かさは安心もするけれど、それに飢えている者にとっては仮面を剥ぐ道具になってしまう。ティハに抱きしめられたときも、カミラにこうして手を握られている今も、弱い自分が顔を出す。


 ムッカと居るから自分は寂しくないと思っていたが、どうも触れ合いが恋しかったようだ。ユエは密かに嘆息した。

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