生きるためのちから
――ティハがユエを見つける少し前。
「鶏は若い個体だと柔らかくて食べやすいんだけど、ちょっと滋味が足りないから薄味の調理には向かないの。もう少し歳を取った親鳥は肉が固くて調理にコツが必要なんだけど、その分味が濃いからそれもまた魅力ね」
「そうなのか。鶏は年齢によって、味が違うんだな。……森にいる鳥も、食べられるのか」
「飼われているものより運動しているから、親鳥に近いんだと思うわ。ユエは狩りをしないから、もっぱら家畜屋から鶏を買うんだけど」
家でも飼っているけれど、それらは卵を産ませるための鶏だから滅多なことでは食べない、とムッカが付け加える。
最近お気に入りの鶏についての雑学を聞きながら、ティハはほう、と頷いた。
湖の脇に座り、食後のお茶を口に含む。爽やかな香りの中に少し渋みを感じるが、これはこれでいい。
ティハはすっかり味を感じることにはまっていた。それに、人間の体は口も舌もよく動くので会話を楽しむのに最適だ。ひとり森の中で思考していた時より、ずっと日々が満ち足りている。
ユエ達と出会った時から季節は進み、蜥蜴の体では感じなかった少し汗ばむ陽気が新鮮だ。湖を見渡すと、最近富みに色濃くなった樹木の青さが目に付いた。
そういえば、と思う。ユエはどこに行ったのだろう。先ほどまで周囲の草地で薬草を探していたようだったが、今は姿が見えない。
「……ムッカ、ユエがいない」
声を掛けたが、返事がない。先程までうるさいほど喋っていたのに、と不思議に思ってムッカの方を振り向くと、鈍色のおたまは広げた敷物の上にことりと倒れ、動かなくなっていた。
「……!」
異変に気づき、意識して『繋がり』を視ようと目を凝らす。
「……繋がりが、薄い」
ムッカから延びている淡い光の糸が、以前視た時よりも薄く、細くなっていた。
倒れたままのムッカが、か細い声をあげる。
「……ティ、ハ。ユエを、探して……あの子、たぶん……迷ってる」
無理やり音を出しているのか、時たまキィンと何かを叩いたような雑音が混じって聞き取りづらい。そして彼女が無理に力を使ったためか、ただよう糸がまた揺らいでさらに薄くなった。
この繋がりが切れる前に探さなければ、ユエの居場所はさらに分からなくなるだろう。ティハはいつも、この繋がりを感じ取ってふたりを森に迎え入れていたのだから。
「……分かった。じっとしていろ。繋がりが薄くなると、ユエの居場所が分からなくなる」
そう言うと、返事も聞かずティハは飛び出した。
「ムッカ!!」
ティハに抱えられて枝から枝へ飛んできたユエは、地に転がるムッカを見てその腕の中から飛び出す。
持っていた籠を放り出して、ムッカを拾い上げた。集めた薬草がバラバラとこぼれたがそれも気にならない。おたまの表面を必死になでる。
「ムッカ!……ムッカっ!!」
「だ……いじょうぶ……、ユエ……。力が、少し……戻ってきた……から」
しばらくして切れ切れにムッカの声が響いて、おたまが少し身を震わせる。ユエはそれを聞いて、へなへなとくず折れた。
ティハから、ムッカはまだ「起きている」と言われていたが、動かないムッカの姿を見たらそんな事は吹き飛んでしまい。恥ずかしいほど取り乱してしまった。
ふたりの様子を見ていたティハがすっとムッカに手をかざす。
「少し、自分の力を、やろう」
力、とユエは呟いた。
ムッカにそんなものが必要だとは知らなかった。しかし、いくら目を凝らしてもユエにはかざされた手だけしか見えない。ティハはいったい「何」をムッカに渡しているのだろうか。
「……うん、楽になったわ。ありがとう、ティハ」
ぶるりと震えたムッカが、ユエの手の上で立ち上がる。声も明瞭になり、自力で動けるようになったようだ。一通り自身をチェックするように身をよじってから、ムッカはティハに向かっておたまの頭を下げた。
「問題、ないか。同じ存在に、力を渡したのは、さすがに初めてだ」
眉を寄せたティハがムッカを観察している。ムッカはいつものようにぴょんと動くと、今のところ問題ないわ、と答えた。
ユエは思った。ティハの、「力」とは何なのだろうか。
ティハは今まで森トロッコに対して「力を使う」という言い方をしていた。ユエも、枝葉になんらかの力を働かせて木々を動かしているのだと解釈していた。
しかし、その「力」は霊代間でもやり取りできる。そして、今回ティハはユエとの繋がりが弱くなったムッカを助けるために用いた。
さらに、ムッカはユエが近くに戻ると動き出し、「力が戻った」と言ったのだ。ふと脳裏に言葉が過る。
『霊代と契った者は、早死にする』
ユエは、気づく。「力」とは――……命、のことなのだろうか。
……霊代は、祈った者の命で、動いて、いる。
ふるり、と頭を振った。考えても、仕方がない。寂しさに耐えかねて祈り、ムッカを生み出したのはユエ自身なのだ。寿命が短くなるのは霊代と契った者の宿命だ。それに同じ命を奪われるにしても、それがムッカが存在するためなのだとしたら、後悔はしない。
「……今日は、家まで送ろう。ムッカも心配だが、ユエの顔色も、悪い」
ティハが提案する。それにムッカが賛成した。
ユエも賛成だった。正直気分が優れない。森トロッコがいつもの調子なら、早々に酔ってしまいそうだ。少し手加減して運んでほしい、とティハにお願いしようと決意して、散らばった薬草を籠に戻し腕に抱える。元気になったムッカも、ポケットに自ら収まった。
そういえば。……この森トロッコも、命を使っている。ティハが契った、森の命。
ティハにムッカもろとも抱き上げられながら、ユエは木漏れ日を宿す森を見つめていた。
村近くの草地にティハは降り立つと、抱えていたユエを降ろした。そして確かめるように尋ねる。
「人の姿まま入ると、面倒なのだろう?」
「……そう、ですね。街道からならともかく、森側から見たことがない人が出てくるのは、まずいと思います」
本当はそれ以外にも理由はあるが、ユエはこう答えることにした。
森の入り口はシュトカ村だけだ。見覚えのない人物が村を通り抜けようとすれば、村人が気づかないはずがない。
家まで送る、とティハは言っていたが何か策があるのだろうか。人の姿はもちろん、巨体の黒蜥蜴ではもっと問題がある。姿を見られた途端、村の自警団に囲まれてしまうだろう。
それに、思ったより体調も回復している。ティハに抱えられた状態で乗る森トロッコは予想以上に快適だった。いつもこうならばとても嬉しいのだが、取りあえずこれならひとりでも帰ることができるだろう、と思ってユエは隣に立つ男を見上げた。
「あの、ここまでで大丈夫です。自分で、帰れますから……」
そこまで言ったところで、あれ、と目を瞬いた。
さっきまでいたティハの姿がない。黒蜥蜴になったのだろうかと思って目線を下げるが、それも見当たらない。足元にティハの着ていた服があるだけだ。
ユエはきょろきょろと頭を振った。あんなに大きな生き物が見つからないはずがない。もう、帰ってしまったのだろうか。
その時、突然スカートにびたん、と黒い物体が張り付いた。
「ひゃっ……」
ユエが悲鳴を上げている間にも、手の平程の大きさのそれは、するするとスカートをよじ登ってくる。つるっとした表面に細長い体、カエルのような手足。
黒い色が特徴的な、小さなトカゲだった。
トカゲ、と思い「もしかして」とユエは目を見開く。裏付けるかのようにムッカが肯定した。
「これ、ティハね」
それに「きゅ」とちびトカゲは返事をすると、ムッカの入っているポケットに潜り込む。中でくるりと身を捩り、居心地の良い態勢を見つけたのか満足そうな表情をしてみせた。金色の瞳がくりくりしている。
ユエはポケットから顔を出しているおたまとちびトカゲを交互に見て、ぷっと吹き出す。それからゆるゆるとふたりを潰さないようゆっくりとした動作で身を屈め、地面に落ちていた服を籠にしまった。
「……ふふっ。なんだか、可愛い姿ですね。誰か居たら、ムッカと一緒にポケットに隠れてくださいね」
微笑みながら注意を促すと、またもや「きゅっ」とトカゲが返事をした。
ユエは村に向かって歩きだす。その足取りは少し明るくなった気持ちを表したかのように軽いものだった。
トカゲが「びたん!」笑
わたし、爬虫類だめなの!なんて言わないでー\(゜ロ\)(/ロ゜)/




