つながりという名の鎖
というわけで、せっかくティハが人間の姿になれるようになったものの、女の姿ではユエに似すぎて痛くない腹を探られそうだし――ユエに付き合いのある親戚はいないと村の皆が知っている――、男の姿でも村の女性陣の間でひと悶着ありそうだしで、結局食事会は毎回森の中だった。
今日はムッカとティハが食後の料理談義に花を咲かせているので、手持ち無沙汰になったユエは周囲で薬草採取をしている。
ティハは人間の姿だとよくしゃべる。黒蜥蜴の姿だったときは拙い口調だったので分からなかったが、言っていることも高尚なことが多く、ユエより余程頭が良いようで驚きだった。
湖の畔はふだん見られない薬草がそこかしこに自生しているで、ユエは内心小躍りしながら歩いていた。浮ついている自覚はあるが、どうにも興奮は止められそうにない。
「これ、滋養強壮の効果の高いウルムだわ……!でも、普段使っているキコの実とどれくらい差があるのかしら。今度、ギードのおじさんに内緒で試してもらえば……」
バルバの持っている薬草見本を思い出しながら、根を掘ったり実を摘んだりと嬉々として動きまわるユエの手は、いつしかすっかり土濡れていた。
籠もいっぱいになり、満足して額をぬぐう。帰ったらこれらを処理しなければ。酒につけたり日陰に干したり、したいことは山積みだ。
ふと気づいて周囲を見渡せば、そこはすっかり木々で覆われていた。離れすぎないよう目印にしようと思っていた湖水のきらめきも全く見えない。
夢中になっていて、ずいぶん湖から離れてしまったようだ。あれだけ煩く聞こえていたはずの霊代たちの話し声も聞こえない距離に心細くなり、あわてて来た道を引き返す。
来た道、と思って歩き出したものの、地面ばかり見ていたせいかすぐに周囲の景色に見覚えがなくなっていく。不安になって、すがるように前掛けのポケットを押さえたが、嫌なことに気づく。
今はどこに行くにも一緒だったムッカがいない。
ユエは、ひとりだった。
あの、三年前にも感じた孤独がひたひたと近寄ってきている気がして、ぶるり、と身を震わせる。このまま、ムッカと会えなかったらまたひとりになるのだろうか。いやそんなことはない、ムッカもユエを探してくれるだろう。
大丈夫、少し離れてしまっただけだ。
戻ればまた一緒なのだから、心配しなくても平気だ。きっと探してくれる。
――大丈夫、大丈夫、大丈夫……。
馬鹿のひとつ覚えのように、それだけを唱えながら足を進める。
強がっていられたのも初めの内だけで、いつまで経っても見えない湖に次第に涙で視界がかすんでくるのを止められなくなっていた。
おかしい。何だか最近心が弱っているのかもしれない。こんなことで泣くなんて。
――とうとう、まばたきで涙がこぼれた、その時。
がさり、と音がしていきなり後ろから何かが飛びだしてきた。
「……っ」
心がいっぱいいっぱいだったユエは衝撃で叫ぶこともできず、その場にへたり込みそうになる。
「そちらは、湖とは反対だ」
そう低い声が聞こえ、ぎゅっと腕を掴まれた反動で転びそうになったかと思うと誰かに抱きとめられた。
おそるおそる顔をあげれば、男の姿のティハがその体で覆うようにしてユエを見下ろしていた。
「……どうした」
一言もしゃべらない少女を不思議に思ったのか、ティハが問う。
「……ムッカは、どこ、ですか」
声はみっともなく震えていた。
ああ、私はムッカがいないとこんなにも不安になる。それを自覚してしまった。
ただただムッカの所在を尋ねるユエに、驚いたような顔をするティハ。
腕の中の少女をしげしげと眺めると、その長い指で頬の涙をすくう。そして不思議そうにじっと水滴を見つめたかと思うと、おもおむろにそれを口に含んだ。
「……っ、なにを」
ティハの突然の行動に、泣いていたことも忘れ茫然とするユエ。そんな少女を見下ろし、ティハは破顔した。鋭い目がなにか面白いものを見つけたかのように緩んでいる。
「涙にも、味があるんだな。初めて知った」
奇行にびっくりしていたのもあるが、ユエはそれ以上に彼の表情から目が離せなかった。
ティハは笑うということをいつの間に覚えたのか。人間になったばかりの頃は瞬きくらいでしか感情を表さなかったのに、感情表現がどんどん豊かになっている。
「不安、だったのか」
「……え」
突然の問いに、ユエは目を瞬かせた。さっきとは打って変わって、ティハはユエを腕に囲ったまま真面目な顔をしている。
「ムッカがいなくて、不安になったのか」
再度問われて、恐る恐るうなずいた。
少し離れただけで不安になるなど、子供のようではないか。少し恥ずかしい。なんだかティハにはみっともないところばかり見られている気がする。
ユエの肯定を見たティハは少し考えたような顔をして言った。
「ムッカは、ユエの霊代だ。それほど強くない霊代は、繋がりが伸びすぎると、存在が希薄になる。人も得た霊代が希薄になると、何かしら、感じるのかも知れない」
希薄、という心許ない言葉。ユエはざっと血の気が引いた。
ムッカがいないと、私は駄目なのに。
「ムッカは、消えてしまうのですか……?!」
「大丈夫だ、最後は眠るだけ。それに、ムッカはまだ起きている」
ティハは詰め寄ったユエの背中に腕をまわし、宥めるようにさする。その行為はどことなく動物たちがお互いを労わる姿に似ていて、ティハの腕の中でユエはほっと力を抜いた。
どうやら早とちりだったようだ。気づくと男の人に抱きしめられるという普段は赤面ものの照れくさい態勢だが、相手は蜥蜴たるティハだ。落ち着かせようとしているだけで深い意味はきっとない。
それに実際、誰かにこうやって包まれるのは久しぶりで心地いい。そう思ってしまっている自分がいることに気づいて、ユエはあわててティハから身を離した。
今までは書き終えたらすぐ投稿していましたが、今後は【平日夕方18時】に更新しようと思います。
それがむずかしいときは活動報告でお知らせしますm(_ _)m




