恐怖の記憶
三人は、馬を走らせた。馬車がこの街道を進んでいるのなら、追いつける。どこかで脇道に入られたら終わりだ。
「フェーン、本当にアディの足を眺めていたのですか?」
「まだそれ続けます!? 舌噛みますよ!」
「フェーンはアディがいいのですか?」
「どうしてそうなるんです!」
「わ、私のことは見なかったのかと……」
「見てません!」
「どうして!?」
「どうして、とは!?」
わめきながら走る二人の後ろで、アディはイライラを募らせていた。いまだに、何に苛ついているのか分からない。ただ、リリーメルとフェーンが会話しているのを見ると嫌な気分になる。
「私の足を見たくせに……」
「見えた!」
「えっ!?」
フェーンの声に反応して、思わず足を押さえる。いや、見えるはずがないのだが。
「フェルカーデの馬車だ!」
三人は、馬の速度を落とした。完全に追い付いてしまったら、怪しまれる。
「お前ら、何やってたんだ?」
前方にポルメが居た。
「ポルメ……」
「姫さん、何だその頭は」
逆立っていた髪は風圧で後ろに倒れたが、左右に激しく広がって南国の珍しい鳥の羽のようだ。
吹き出したポルメの禿げ頭を、アディが張り倒した。収まらない苛立ちをついぶつけてしまった。
「痛いよ」
「申し訳ありません。イライラが募ってしまって」
「えっ、俺そこまで苛つかせたか?」
「さすがポルメ、ちゃんと追っていたのですね」
「当たり前だろ。姫さんたちこそ何やってたんだ?」
「少々取り込んでおりまして」
「??」
「三人とも、気をつけろ!」
突然、フェーンがじゃれ合いを制止した。その声には苛立ちと恐れと緊張がざらざらと交じっている。フェーンがこのような声を出すのは久しぶりだ。
「フェーン?」
三人は正面を見た。
そして、フェーンの緊張の理由が分かった。
前方から、風体の悪い三人の男たちが近づいてくる。傭兵でもない。恐らく、野盗の類い。
リリーメルとアディにいかがわしい視線を向けている。
男たちは、リリーメル一行を見て笑いがこぼれた。
若い騎士風の男はともかく、もう一人は小太りの小男。戦力は実質一人。三人がかりなら、若い男は確実に排除できる。
男どもを排除した後は……お楽しみの時間だ。
リリーメルの体が固くなった。
あの男たちの目を知っている。
何をしようとしているのかを知っている。
何をされるのかを知っている。
恐怖が甦る。
手が震えて、手綱を握れない。
動悸がして、冷や汗が背中を伝った。
「姫様、アディ、逃げろ!」
まだ距離がある。フェーンたちが時間を稼いでいる間に全力で走れば、逃げ切れる。
アディはフェーンの意図を察した。フェーンを見捨てることになるが、ここはリリーメルを逃がすことが最優先だ。
「姫様、行きましょう!」
「……」
「姫様!?」
「あ……アディ、私……」
「姫様、行きましょう。さ、早く!」
「こ、怖い……」
リリーメルは、姿勢を保つことができなくなり、ルルーの首に倒れ込んだ。
ストルン街道の出来事が甦って、全身がこわばる。
あのときの恐怖と絶望、無力感がリリーメルの力を奪う。
「助けて……フェーン」
リリーメルの震えるか細い声が、フェーンの耳に辛うじて届いた。




