姫様を追え!
角を曲がった私とフェーンの目に、川に身投げしている姫様の姿が飛び込んできた。
どぼーん。
いくら気分が悪いからといって、川に飛び込む馬鹿……いや主に向ける言葉ではなかった。川に飛び込むおっちょこちょいがいるか!
手前に居た二人組の男性たちも硬直している。貴族の娘が川に突っ込んでいったら、それは驚くだろう。さもありなんだ。
変なものを見せてしまい、本当に心苦しいばかりだ。
「今の、姫様なのか!? 違うよな?」
フェーンは、目の当たりにした光景が信じられないらしい。
「伯爵令嬢が川に飛び込むはずがない=姫様ではない」
ということだろう。受け入れがたい現実を心が拒否しているのだ。常識が勝ってしまって、目で見たものを否定しているのだ。
それはそうだろう。正常な伯爵令嬢は川に吶喊したりはしない。もしそんなものを見てしまったとしたら、自分の目が間違っていると考えるのも無理はない。
だが私はフェーンよりも姫様のことを知っている。姫様は平素からうっすら変なのだ。
「伯爵令嬢が川に飛び込むはずがない。だが、姫様なら可能性はゼロではない」
くらいの耐性を身に付けていた。それに、やはり、川に不様な格好で飛び込んでいったのは姫様だった。とても残念だが、見間違えようがない。川に飛び込むような主で、とても残念だが。
助けなければ。
私は心の中で嘆息しつつ、川に飛び込んだ。
どぼーん。
◆
フェーンは、走りながら葛藤した。
「姫様に似た何か」が不様な格好で川に飛び込んでいったと思ったら、アディまで飛び込んでしまった。
やはりあれは、川に突っ込んでいった間抜けな物体は、姫様なのだろうか。
アディが後を追って飛び込んだのだからそうなのだろう。彼女はとても冷静で賢い。姫様以外のために川に飛び込んだりはしない。
護衛役として、助けない訳にはいかない。
とても嫌だけど。
水、冷たそうだな。
走りながら、私は胸と腹部に着けていた甲冑を外した。下の鎖帷子を脱いでいる余裕はない。右腕の手甲を外したところで川岸に着いてしまった。
仕方がない。このまま行くしかない。
鎖帷子と左腕の手甲と両足のすね当てが邪魔だなあ。
泳げるかなあ。
せめてすね当てだけでも外しておこう。
私は両足のすね当てを外した。
どうせ出遅れたのだ。左腕の手甲も外そう。
ここまできたら、鎖帷子も……。いや、さすがに時間がかかり過ぎる。
くそ、こんな重り付きで飛び込んだら……。
いや、私は騎士だ。姫様の護衛の騎士だ。
命を懸けろ、フェーンエル!
どぼーん。
◆
二人の男は、見守るしかなかった。
どこぞの貴族らしき娘が川に勝手に落ちたかと思ったら、侍女と護衛の騎士らしき男が次々に川に飛び込んでいったのだ。
意味が分からない。
貴族らしき娘が落ちたとき、三メルほど離れていたので転落に関係しているとは思われなかったようだ。
変なものを見せられた、不幸な目撃者だと思ったらしい。
「えーと……」
太った男が発した声で、細身の男は我に返った。
「拙いことになったな」
「あんな服や鎖帷子を着けてたら泳げまい。三人とも助からん」
「あの筒は水に浮くぞ。どこかに流れつくかもしれん」
「そうか! あの中には薬だけじゃなく……」
「追うぞ。筒だけは何としても」
男たちは、自分たちの馬をつないである宿屋に向かって駆け出した。




