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一目惚れ伯爵令嬢と下僕たち ~イケメンを探していたら陰謀を暴いてしまいました~  作者: 中里勇史
冒険の始まり

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7/27

川辺の恋

 伯爵ご一家は、キルエルト伯領への帰路に就いた。

 姫様は、たちまち顔色不良を催してぐったりしている。


「もうすぐ次の宿場町に着きます。宿場町の脇に川が流れているそうですから、冷たい水でお顔を拭いましょう」

「結局、婚礼の出席者に目ぼしい男はいませんでした。最大の機会だったのに」

「嫁入り前なのですから、もっとご自重を」

「そのことだけど、私あまり覚えていないの」

「覚えていない!?」

「何とか副伯に勧められてお酒を飲んで……何だか舞い上がってしまって。本当に、別室に行こうなんて言ってた?」

「おっしゃていました。もうすっかり『ヤル気』になって」

「いくら私でも、そこまではしたなくはないつもりなんだけど」


 唇を尖らせている姫様を見ていると、確かにあの夜の姫様は変だったような気がする。平素もうっすら変だし、色男を前にするとさらにおかしくなるけれど、貞操をほいほい投げだそうとしたことなどない。

 フェーンに文を渡すときとは別の方向に暴走していたのだろうか。目を離すと何をしでかすか分からない。


 馬車が止まった。宿場町に着いたようだ。


「ああ、さっぱりしたい! さあ、川に急ぎましょう」


 姫様は、馬車から降りると水音がする方角に走り去ってしまった。いや、走っているけど「去る」ほどではない。

 遅い。


「ああ、もう。デルバーエル卿! 付いてきてください。姫様の護衛をお願いします!」


 私はフェーンを呼びながら、姫様の後を追った。突き当たりの角を曲がったのか、姿が見えなくなっていた。少し焦る。

 走るのは遅いのに、無駄に行動力がある姫なのである。



 ああ、気持ち悪い。早く冷たい水で顔を洗いたい!

 私は走った。ツバメのように。放たれた矢のように。一陣の風のように。

 水音が近づいてきた。あの角を曲がった先が川に違いない。

 曲がった。


 曲がったと思ったら、数歩先に二つの黒い影が見えた。

 見えたけど、ツバメは急に止まれない。


「どいて!」


 叫びながら影の間に突っ込んだ。

 ちょっとぶつかったけれど、うまく擦り抜けた。


 急に飛び出して、ぶつかったのはこちらの落ち度だ。淑女のたしなみとして、謝罪しなければ。

 ちょっとだけだったので、ちょっとだけ謝ればいいだろう。

 勢いを殺し切れず、さらに数歩進んでしまった。

 おっと、目の前はもう川だ。危ない危ない。


 振り向いて謝罪しようとした瞬間、頭に何かがゴツンと落ちてきた。

 痛い! 痛い痛い痛い!

 木でできた筒のようなものが足元に転がった。

 「ちょっと」ぶつかった拍子に彼らが手にしていた筒が跳ね飛ばされ、落下してきたのだ。

 痛い!

 何この筒。

 筒を拾い上げて、改めて彼らに目を向けた。

 その瞬間、雷に打たれたような感覚が私の全身を駆け抜けた。まあ、雷に打たれたことはないのだけれど。

 胸のときめきが止まらない! 心臓が肋骨をバキリと突き破って飛び出して、コロコロ転がってしまうのではないかと心配になった。

 顔が熱い。川の水を沸騰させてしまうかもしれない。


 右側の、太ったハゲちゃびんはどうでもいい。左側の、細面の男性は何て素敵なの。目元に少し険があって、何やら陰があるところがまた良いではないの。危険なニオイがする男……。


「失礼、お嬢さん。お怪我は?」

「ええ、大丈夫です。少しのぼせそうなだけ」

「のぼせる? とにかく、拾っていただいて助かりました」


 左側の素敵な男性が、そう言って右手を伸ばしてきた。低い声も素敵……。

 素敵な彼が、さらにぐっと焦りをにじませた顔を近づけてきた。

 あら、何をそんなに焦っていらっしゃるの? 私はもうあなたのものなのに。

 私は彼に近づいた。宙を浮いているような気分だ。浮いたことはないけれど。

 これが、恋?


 素敵な彼が、ふっとほほ笑んだ。ああ、苦み走った笑顔……。


 スンとなった。虚無になった。

 彼の前歯に、何か……野菜?が挟まってる。


「ナイわー。歯に野菜ッて……ナイわー」


 私は思わず後ずさりした。歯に野菜を挟んだ男は、さらに近づいてくる。


「キモッ!」


 私は後ろに飛びしさった。

 飛びしさったら……地面がなかった。

 宙を浮いているような気分だ。というか浮いていた。

 ああ、これが宙に浮いているということなのね。


「えっ!?」


 っと思う間もなく、私は川の中に頭から落ちていた。

とうわけで、今回から冒険編の始まりです。

以後、原則として毎日17時20分に新エピソードを公開する予定です。

もしよろしければ、ブクマ&評価よろしくお願いします!

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