反感と不審
四人の旅は順調だった。旅をする前提で、それぞれ路銀を用意してきたことも大きい。だが、リリーメルが持ってきたのは金貨ばかりだった。
「嬢ちゃん、金貨がじゃらじゃら入った銭入れを安易に出すんじゃねえ。無駄な騒動の元だ」
ピーデは顔をしかめて、「カネはフェーンが出せ」と命じた。
「女がカネ持ってると見られるのも駄目だ。『カネ持ってんのは男だ』と思わせろ。常に人の視線を気にしろ」
ピーデの言は正しい。反論の余地はない。だが、あらゆるものを冷笑するように見つめる男に言われることに、フェーンは苛立ちを覚えた。世間知らずの青二才として扱われることが我慢ならない。
「平民風情が」と言い返すたびに、「騎士様ならもっとしっかりしろよ」と反撃された。そして、この論法を使ったことを恥じて、一人顔を赤くした。
――能力で後れを取ったことへの反撃が「平民の分際で」か。
能力ではなく身分で優位に立とうとした自分の醜さに気付いて絶望した。
アディは、そんなフェーンの葛藤に気付いていない。彼女もまた、ピーデの言動に目を奪われていて、フェーンを見る余裕がなかった。
この男は、何を考えているのか。何が狙いなのか。今のところ役に立っているが、どうにも底が知れない。彼が時折姫様を見つめていることが、彼女の神経を逆撫でしていた。姫様の薄々の体に良からぬ劣情を抱いているのではないか。姫様を利用して、よりあくどいことを考えているのではないか。
アディはリリーメルに常に寄り添い、離れないように注意し続けていた。
アディが神経を砂利で擦られるような思いでいることなど、リリーメルは思いもしていない。それどころか、宿の窓から見えた男が素敵だったと言って宿から飛び出そうとして、フェーンに羽交い締めにされている。
ピーデは、そんな三人を眺めてから、南の空を睨んだ。空ごと南の方角を切り刻むかのように――。
「姫様! お待ちを!」
フェーンの叫び声で、ピーデの意識は現実に引き戻された。
「どうかしたか」
「あの、姫様が、フェーンを振り切って外に飛び出してしまって」
「あああ? どういうこった。さっき騎士さんが羽交い締めにしてたろ」
「姫様は、好みの殿方を見かけると信じられない力を発揮するのです」
「何だそりゃ。怪力色ボケ姫か。とんでもねえ姫を飼ってんだな、貴族様は」
「とにかく、私たちも追いましょう」
「俺もかよ」
「お願いします!」
ピーデを信じ切れないが、とにかく人手が必要だ。
「手の掛かる嬢ちゃんだぜ」
などと言いながら、それでもピーデは動き出した。
最も先行しているフェーンは、リリーメルを見失って焦っていた。彼女の走る速さは歩きの一割増し程度でしかない。とにかく不憫なほどに遅いのだ。だが、彼女に蹴り飛ばされて、起き上がったときには人込みに紛れて視界から消えていた。
どちらの方角に向かったのか分からない。
そのため捕獲に失敗した。
「色男を見付けると、騎士を蹴り飛ばして追い掛け回すのか。そんなんで大丈夫なのか。頭イカれてんじゃねえのか」
見るからに怪しい男に正論を吐かれて、アディはうつむいた。改めて考えると、正気の沙汰とは思えない奇行だ。その奇行を、奇行と認識しながら当たり前のように受け止めているアディとフェーンも十分異常だった。
――何でこんな男の方がまともなのだ。
「姫様は一体どこまで行ったのだ」と慌てふためくフェーンとアディを尻目に、ピーデは宿のすぐ近くの垣根を眺めていた。
「垣根に突っ込んで尻だけ出してるアレじゃねえのか」
垣根に頭から突っ込んでジタバタしているリリーメルの不様な姿を確認して、アディは眩暈を起こした。
「何と、すぐそこにいらっしゃったのか」
と思った瞬間、汚い風体の男がリリーメルを抱えて逃げ出した。
「えっ!?」
「ヤベえ。ありゃ人買いだ」
戸惑うアディの脇をピーデが駆け抜ける。
人買いにあっという間に追い付くと、長剣で男の首を斬り飛ばした。
男の首から血が噴き出し、リリーメルに降り注ぐ。
ぼう然とするリリーメル。
アディは駆け寄りながら叫んだ。
「な、何も殺さなくても!」
「甘ぇことを。クズ一匹、駆除したまでのことよ」
「しかし……」
「なら、その嬢ちゃんから目ぇ離すなよ。手綱も握れず、文句だけは一人前か」
ピーデはアディに冷笑を浴びせかけると、背を向けて宿に帰っていった。血だらけのリリーメルを抱き締めるアディと、遅れて駆け付けたフェーンは、ピーデのやりようにさらなる反感と不審を募らせていった。




