ピーデ
「ナルファストは、継承問題がこじれて去年皇帝軍が乗り込んできた。今もアルテヴァークと戦争中だ。殺気立ってるから近づかねえ方がいい」
正確には皇帝軍ではなく、帝国監察使が率いる監察使軍なのだが、ほとんどの人間にとって皇帝軍と監察使軍の区別などつかない。
「ナルファスト公国って南の国ですよね?」
「そうだよ。だから、ストルン街道を北に行けば帝都。南に行けばナルファストの首都ワルフォガルだ。あんた、北から来ただろ」
「どうして知ってるんです?」
「周りの音を窺ってたからな。ケツ出してるときに襲われたらたまらねえ」
「そうか……誰も追ってこなかったのは……」
「あんた追われてんのか? なら追っ手は北に向かったんじゃねえか? 見事に出し抜いたってわけだ」
男はげらげら笑い出した。
「改めてお願いします。帝都までの護衛。駄目ですか?」
「言ったろ。俺はクズだって」
「あなたは、私を見捨てることも犯す側に回ることもできました。でもそうしなかった。あなたは悪い人ではありません!」
「あのな……」
「さ、ドルゲゾンに誓って。私を犯さずに帝都まで送り届ける。はい、あなたも!」
「あんたを犯さずに……って、だから俺の知ったこっちゃねえ」
リリーメルが、血だらけの顔をずずいと近づける。
男は嫌そうに(実際心底嫌がって)、顔を背けた。
血の生臭さが鼻を突く。
血だらけでにっこり笑うこの女も不気味だ。
男は、このやりとりが面倒になってきた。どうせ北に向かおうとしていたのだ。そのついでにカネ儲けする。悪い話ではないような気がしてきた。
この面倒で気味の悪い血だらけ女に絡まれ続けるよりはいい。
そう思い始めた。
リリーメルを無視して馬を走らせれば済むことに、なぜか思い至らなかった。
「分かったよ。帝都まで送ってやる」
「ありがとうございます。では契約しましょう。ドルゲゾンに誓って。私を犯さずに帝都まで送り届ける。はい、あなたも!」
「あんたを犯さずに帝都まで送り届ける。これでいいか?」
「ええ! 契約成立です。私はリリーメル。あなたは?」
「ピーディントだ。傭兵のピーディント」
「ピーディント! ではピーデにしましょう」
「ああ!?」
「さ、ピーデ。帝都に向かって出発です!」
「その前に、ヤルことを済ませておこう」
「えっ!? 犯さないという契約でしょう?」
「いい加減、犯す犯さないから離れろよ! その血だらけの状態をどうにかしようと思わねえのか。よく平気だな。臭くねえのか。すげえ臭いぞ」
「そういえば……ぎゃああああああ! 気持ち悪い。イヤー!」
男はため息をついた。
「誰か、この馬鹿女引き取ってくれねえかな」
「ナルファストは、継承問題がこじれて去年皇帝軍が乗り込んできた。今もアルテヴァークと戦争中だ」
については、『愚者たちの輪舞 ―ブランタール公の凱旋―』(https://ncode.syosetu.com/n1332ko/)の第一章をご参照ください。




