部屋からの脱出
母上から話を聞いた三日後の夜明け前。私は寝台からそっと抜け出した。
以前の私なら、あのような話を聞いたらすぐにでも飛び出しただろう。
母上は何か感づいている。私の行動を当然予測するはずだ。
ふふっ、だが私は以前の私ではないのだ。〇・五セル成長したのだ。
ひと味違うのだ。いやふた味くらい違うのだ。
もしかしたら、さん味くらい……何の話だっけ。
とにかく、動きのない私を見て、「リリーは成長したのね」などと思っていることだろう。
すっかり油断しているはずだ。
このときを待っていた。母上が気を許すのを待っていた。
毎晩、私室の扉の外に監視役を配置していたことは分かっている。彼らが発するわずかな息遣いや咳払いに、私は気付いていた。
予想通りだ。
そして予想通り、監視は解除された。
いよいよ計画を実行するときだ。
この日のために準備しておいた荷物を持っ……持って……。
重っ!!
持ち上がらない。
誤算だった。私には力がないことを忘れていた。
残念だが、持ち物を再考するしかない。
日持ちする焼き菓子は……やはり必要だろう。
お気に入りのお茶碗……これも捨てがたい。保留。
かなづち……何でこんなの入れたんだろ。
小さめの短剣。これも要らないかな。
刺繍道具。旅には時間つぶしも必要でしょ。
それから……。
◆
伯爵家所有の厩舎付近に、二つの人影がたたずんでいる。
フェーンとアディである。
「来ませんね」
「動くとすれば今日だと思ったのだが……」
「まさか姫様、城館を抜け出すおつもりはないのでしょうか」
「我々はまだ姫様を十分に理解していなかったのかもしれない」
◆
その翌朝。
まだかなり重いが、持ち上がるようになった。
準備は万全だ。
よし、今日こそ出発するのだ。
廊下に通じる扉に耳を押し当てて、廊下の様子を窺う。
人の気配は感じない。
よし、行くぞ!
扉をそっと開ける。
さらに、そ~っと開く。
誰も居ない。
廊下に出て、玄関に向かおうとしたら……。
「何をしているの、リリー」
「母上!」
こめかみに青筋を浮かべた母上が背後に立っていた。
「こんなことだろうと思っていました」
母上は、両手の拳で私の頭を挟むとぐりぐりと締め上げた。
「ぎゃあああああ。母上、痛い痛い痛い! エーメ姉様より痛い!」
「当たり前です。これをエーメに教えたのは私なのですから。年季が違うのですよ」
「ぎゃあああ」
隣の部屋の扉が開いて、シーラ姉様が顔を出した。
「リリー、うるさい!」
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