帝都へ!
「姫様、妙なことをお考えではないでしょうね?」
自室に戻る姫様の顔をのぞき込みながら確認した。確認せずにはいられなかった。
姫様は、明らかに「妙な状態」になったときの顔をしている。良識ある侍女として、主人の奇行を止めねばならない。
姫様が「帝都に行く」などと口走ったら、羽交い締めにして縛り上げてでも阻止しなければならない。
前回の旅とはわけが違うのだ。
「あら、アディ。何を心配しているの? 私は何も考えてなどいません。ただ父上と姉様を案じているだけです」
姫様は、ふふっと笑って「嫌ねえ」などと言っている。これはダメだ。「妙な状態」になっている。
私には分かるのだ。幼い頃から姫様の近くに居たのは伊達ではない。
お部屋に着くと、姫様は「ちょっと一人になりたいの。呼ぶまで入ってはいけません」と言って扉を閉ざした。かんぬきをかける音までした。私を閉め出すとは、いよいよおかしい。そんなことは、幼い頃に喧嘩したとき以来だ。
何か企んでいるのは間違いない。よからぬことを企てているに違いない。
私には分かる。
姫様の部屋の前で考え込んでいたら、フェーンに声を掛けられた。
「姫様のご様子は?」
「変です」
「それはいつも通りという意味か?」
フェーンも段々遠慮がなくなっているような気がする。
「いつもよりさらに変、という意味です」
「それは……よくないことが起こりそうだ」
やはり遠慮がなくなっている。
「伯爵の件がもう広まっているのですか?」
「いや、口止めが徹底しているので知っている家臣はほとんどいないはずだ。私は、帝都に居る父上からの使者で今知ったところだ」
「なるほど、デルバーエル卿は帝都にいらっしゃるのですね」
フェーンに、姫様の様子について手短に話した。伯爵の件は口止めされている以上、フェーンは事情を共有できる数少ない相手だ。利用しないわけにはいかない。
「……つまり、姫様は伯爵のことを知って妙な行動をしていると?」
「ええ」
「アディは、姫様が一人で帝都に向かうつもりだと考えているのだろう?」
「よく分かりましたね」
「『できることをやるのです』とでも言いそうじゃないか。あのときは一蓮托生の感があったが、今は私たちを巻き込まないようにしようとお考えなのだろう」
「どうしますか?」
「私の選択肢は二つだ。お母上にお話しして姫様の軽挙妄動を抑える。姫様の安全を第一とするなら、これに勝る方法はない」
「もう一つは?」
フェーンは、表情を固くした。
「……姫様をお守りして帝都に行く」
「姫様を危険にさらし、たとえ無事だったとしてもフェーンは処罰を免れません」
「そうなるだろうな」
「どうするのが正しいのか。それは姫様もお分かりのはずだ。帝都に行ったとて、皇帝陛下を相手に何かができるわけがない」
「姫様は変わっていますが頭の良い方ですから」
「……」
「覚悟はもう決まっているのですね、フェーン」
「間違っていることは分かっている。だが、結果がどうあれ座して待つことは姫様の後悔となるだろう。姫様が後悔せず、姫様らしくあること。姫様がそうしたいと望むこと。それをお支えするのが私の役目だと思う」
私は、胸の中の全ての息を吐き出す勢いで深い深いため息をついた。
「ならば、私がどうすべきなのかも明白です。姫様とフェーンだけを行かせるわけにはいきません」
「しかし……」
「姫様のお世話を誰がするのですか? フェーン、あなた姫様のお着替えを介助できるのですか? 姫様のご入浴を……」
「分かった、分かったって。アディにしかそのお役目は務まらない。危険な旅になるかもしれないが、アディが居てくれたらとても助かる」
フェーンは両手を挙げて首を振った。
そして、ふっと笑った。
「では、準備をいたしましょう。前回は香油もお着替えもなくて十分なお世話ができませんでした。侍女として、あんな無念な思いはごめんですからね」
私は、頼れる護衛役にほほ笑んだ。頼れる護衛役も、一点の曇りもない目でほほ笑んだ。




