終わりの予感
話は少しさかのぼる。
まずは私事から始めよう。私事で恐縮ですが、私の話から始めよう。
ある日、父に呼び出された。
「すっかり忘れていたが、お前も既に十八歳だったな。行き遅れぎみだったな。というわけで、縁談だ。アディーメ」
ツッコミどころ満載だ。
忘れるな。
「行き遅れ」言うな。
何が「というわけで」だ。
縁談って唐突過ぎだろ。
父はいささかぼんやりしているところがあって、どうにも頼りない。切れ者として伯爵の信頼も厚いデルバーエル卿とは大違いだ。だが、なぜか父とデルバーエル卿は馬が合うらしい。
不思議なことだ。
実は私もすっかり忘れていたが、十八歳で縁談もないというのは女としていささかマズい状況なのは確かだ。十五、六歳で嫁ぐのが常識なのだ。父に忘れ去られていた私は、もらい手がかなり限られる年齢になっていた。
行き遅れ女に残されているのは、先妻を失ったオッサンの後妻か家督を継げなかった次男三男にあてがわれるという運命だった。
あるいは、生涯独身を貫いて主家の女官の道を歩み続けるか。
縁談……ろくな条件ではないだろうが、女として生まれた以上は子をなさねばならない。それが女に課せられた義務だ。
数日後――。
「アディ、結婚するの!?」
一体どこで聞きつけたのか、姫様に絡まれた。全て聞き出すまで、ウザ絡みし続けるに違いない。
「正式に決まったわけではありません。どこぞの家の方との縁談を父がまとめつつある。それ以上のことは私も知らないのです」
「あら、いいじゃない」
自分の相手は自分で決めると言いながら、人ごとについては適当なのである。この姫様は。
「でも、結婚してしまったら侍女は続けられないのよね?」
姫様は、恨みがましく上目遣いで私の目を見つめる。その目はやめてほしい。かわいいじゃないか。
「確かに、そうなれば城館への出仕は難しくなります。子をなし、子育てが終わったら女官として再びお仕えすることはかなうかと」
「その頃には二人ともお婆さんじゃない! それは寂しいわ!」
「お婆さん、という程ではないと思いますが……」
しかし、十数年は姫様にお仕えできなくなる。
考えるのを避けていたが、それは……。
いや、私のことよりも大問題が残っているではないか。
「姫様! まずはご自分のことをお考えを。姫様は十七歳なのですよ? 行き遅れのとんちんかん姫なんて誰ももらってくれませんよ?」
「ちょっ……どさくさに紛れてひどい誹謗を正面からたたき込んできたわね」
「申し訳ありません。油断して心の堰を決壊させてしまいました」
「……つまりいつもそんなことを思ってるのね」
「話が逸れています。本当に、姫様どうするおつもりなのです」
「う~む」
二年前の冒険で、姫様を取り巻く環境は激変した。
まず、「縁談が一切なくなった」。
マイツァーデイン公をはじめ、関係者は口々に姫様を称えてくださるのだが、当時の逸話がごちゃ混ぜになって流布した結果、
「傭兵たちを率いて伯爵領や公爵領を巡り、不埒なる謀反人に天誅を下す流浪の傭兵姫」
ということになってしまったのである。
夫に寄り添い、そっと支えるのが女の美徳とされる帝国にあって、傭兵を従える荒々しき武闘派など望まれるはずがない。私だって嫌である。
断るべき縁談すらなく、かといって伯爵領や公爵領を巡って色男探しをするなど許されるべくもなく、姫様は城館とその近辺で無聊をかこっていたのである。
「そうそう。父上が帝都からお戻りになる頃、ゾーン兄上が帰ってくるそうよ」
「ゾーンエルド様が? 珍しいですね」
「もう四年くらい会っていない。そういえば、ゾーン兄上もまだ独身なのよね。もう嫡子がいなければいけない歳なのに」
「素敵な姫君が見付からないのでしょうか」
「素敵な殿方もなかなか見付からないものね……」
二年前よりも少し大人びた姫様は、ふうとため息をついた。
まあまあいい線いっている殿方はいないでもないのだが。
◆
私の名はソド・デルバーエル・フェーンエル。二年前に主君キルエルト伯によって騎士に叙任された。
つまり、自分の領地も持っている。
デルバーエル家は父ディランエルと私の領地のおかげで、二年前より少し裕福になった。
弟たちも騎士に叙任されれば、我が家は安泰だ。
これも皆、キルエルト伯の信頼を勝ち得た父のおかげである。
「フェーンエル。お前に縁談話がある」
「縁談、ですか」
「もうすぐ確定するだろう。帝都から戻ったら詳しく話す」
そう言い残して、父はキルエルト伯と共に帝都に旅立った。
実は、私の縁談はこれが初めてというわけではない。以前、ある騎士の娘との縁組が持ち込まれた。しかし、その娘が病を得て気の毒にも若い命を散らしてしまったのだ。まだ十五歳だったという。お会いしたことはないが、私は胸を痛めた。
そんなこんなで、相手探しは振り出しに戻ってしまった。私は焦っていないのだが、父としては自分の目の黒いうちにデルバーエル家の跡取りを見ておきたいのだろう。
父の気持ちは理解できるので、期待に沿わねばとは思うのだが。
思うのだが――。
そんなある日、四の姫様からお召しがかかった。
アディと遠乗りに出かけるから護衛をせよ、というのである。
あの姫様の命令に逆らうことはできない。
私には他のお役目があるのだが、上役に「四の姫のご命令」と伝えると、ひどく悲痛な顔で「またか。気の毒にな」と言われて送り出された。どうやら四の姫にいつもひどい扱いを受けていると思われているらしい。
それは誤解だ。
ひどい扱いを受けるのは四回に一回程度に過ぎない。
遠乗り当日。
厩舎の前で、姫様が眉間に皺を寄せて仁王立ちになっている。
ますます美しくなられて、不機嫌な顔も魅力的だ。
「遅いですよフェーン。朝食を取ったら出発すると申し伝えたはずです」
「も、申し訳ありません」
「まあいいでしょう。さ、参りましょう」
通常であれば、主家の方と馬を並べるなど騎士身分には許さない。だが、姫様の非公式の遠乗りのときだけは別だ。アディも私も、姫様の隣に馬を並べて走ったり、常歩で会話を楽しんだりする。
「フェーンはまた役目が変わったのでしょう。その後変わりはありませんか?」
「お役目は何とかこなしております。後は……縁談が来たことくらいでしょうか」
「え、縁談!?」
「ええ。私も十九歳。デルバーエル家の跡取りを儲けなければなりません」
「えええ縁談。そそそうですか。フェーンはち嫡男でですかららね。ええそうでしょううとも。さっさと組んずほぐれつ子作りにいい勤しむがいいいいでしょう」
「姫様、何を口走っているのですか!」
アディが姫様をたしなめる。
いつもの光景だ。
そう、いつもの光景。
これまでは。
だが、これからはそうもいかなくなるだろう。
アディも私も伴侶と添うことになる。
姫様もまた、夫を定めなければならない。
三人でこうして遠乗りに出かけることも、遠からずなくなるのだろう。
二年前の苦しく恐ろしく、そして楽しかった旅に終わりがあったように。




