現実への挑戦
次女キーゼロイデ様の輿入れのため、ご一家はウグナペリン伯領に向かって移動を開始した。三日間の馬車旅である。
「ううっ、キモチ悪い……」
馬車の乗り心地はすこぶる悪い。姫様は特に馬車酔いがひどくて、馬車に乗るといつもこの調子だ。いつも血色の良い顔が、今は真っ青になっている。
侍女は馬車になど乗れない。いつもは徒歩で同行するのだが、姫様がこの調子なので同乗して介抱することを命じられた。
元々同乗していた三女のシーラメリテ様は、「嘔吐する人と一緒はイヤ」と言って伯爵夫妻の馬車に移動してしまった。
キーゼロイデ様は輿入れのためにウグナペリン伯から差し向けられた馬車に一人で乗っているので、この馬車に乗っているのは姫様と私の二人だけだ。
黙っていると余計に気分が悪くなるものだ。こういうときは会話でもして気を紛らわせた方がよい。
黙り込んでいる姫様のために、話題を振ることにした。
「姫様もいずれは伯爵が決めた殿方に嫁ぐのでしょう。美男探しなどしても仕方がないではありませんか」
「私は母上のようにはなりたくないの」
「奥様ですか?」
「そう。私が幼い頃、母上は言ったの。『顔で選べるなら、この人と結婚などしなかった』と。母上は父上と結婚したことを後悔しているの。だから私は顔で選ぶの」
初めて聞いた姫様の決意に、少々驚かされた。そんなことを思っていたとは。
だが、私は姫様とは少し異なる見解を持っている。奥様は「顔で選べるなら、この人と結婚などしなかった」と言ったのかもしれない。でもこれは言葉通り、「顔で選ぶのであれば、伯爵ではなかった」。つまり「顔で選んだのではない」ということではないか。もちろん、政略結婚なのだから奥様には選ぶ権利がそもそもなかったはずだが。
私は、奥様が後悔しているとは思わなかった。夕食時、伯爵が食堂でぶどう酒を飲んでいる間、奥様も隣でぶどう酒を飲んでいる。伯爵が居間に移動すると、奥様も居間に移動して伯爵のそばで編み物をしていたりする。時折、お二人で談笑したりする。
奥様は、いつも自ら伯爵のそばに寄り添っているように見えるのだ。
「それに、父上も姉様たちも、嫁ぎ先は好きにしなさいと言ってくれているの」
伯爵令嬢とは思えない扱いだが、これも分かるような気がする。伯爵はそもそも政略結婚が必要だと思っていない節がある。エーメレイア様もキーゼロイデ様も、先方から望まれたので縁組したまでで、無理に諸侯と縁付かせようとしていたわけではない。
姉君たちは、奔放な末っ子を見て「やれるものならやってみなさい」というお気持ちなのだろう。
騎士階級も含めて、貴族の娘たちは皆「結婚相手を自分の意思で決めてみたい」と思う。それは、「決められない」ことの裏返しだ。
だが、現実問題として「決めようがない」のだ。
貴族の娘の行動範囲は狭い。多くは屋敷の周辺が限界だ。
視界内に居る男は、皆家臣なのだ。
自分よりも身分が低いのだ。
リリーメル姫様は例外として、多くの姫君たちは「自分より身分が低い男」を結婚相手として認めない。とはいえ、伯爵令嬢が自分の年齢とつり合う爵位貴族やその子弟と巡り会う機会はないに等しい。
領地が帝都に近い貴族や、出世欲が強くて宮廷に積極的に出仕する貴族は、帝都に住んだりする。帝都では、他の貴族と知り合う機会も多いと聞く。多くの貴族と浮き名を流す姫君の話も耳に入ってくる。だが、出世欲もない地方貴族のキルエルト伯は、帝都に行く機会も少ない。
そう、相手を選ぼうにも候補者が存在しないのだ。親の交友関係に依存して、相手を探してもらうしかないのだ。
姫様の姉君たちは、それをよく知っていた。
姫様は、この状況に抗い、自分よりも身分が低くてもよいから納得できる相手を探そうとしている。
「色男がいる」と聞くと取るものも取りあえず駆け付ける姿は慎みがないが、この姫様を助けてやりたいと思う。
「おえェ~」
まずは馬車酔いから助けてやりたいと思う。




