リリーメルの騎士
「姫様、そろそろ伯爵がお戻りとのこと。お出迎えのご準備を」
次女キーゼロイデ様の輿入れを控えて、帝都に行っていた伯爵が城館にお帰りになる。いよいよ輿入れ感が城館に満ちてきた。
……「輿入れ感」って何だろう?
姫様と私は、玄関広間に向かった。玄関広間といえば、恋文騒動から数日、フェーンのことをすっかり忘れていた。彼はどうしているだろうか。
玄関広間に現れた姫様を見たフェーンは、期待と失望が入り混じった複雑な表情を見せた。文の返事を私に託して以来、放置されているのだから生殺し状態なのだ。とはいえ、彼の身分では姫様に話しかけることは許されない。
ここは私から姫様に、「彼に言葉をかけるように」と進言すべきか……。
「あらフェーンじゃない。こんなところで何をしているの?」
姫様から声をかけた。いや、玄関の立哨なのをお忘れですか。
しみじみ忘れているのだろう。
色々と。
「フ、フェーン?」
「フェーンエルなのでしょう? だからフェーンと呼ぶことにしたの」
「はあ……」
「彼女のことは、アディと呼ぶことを許可します」
私の愛称を勝手に許可しないでほしい。まあいいけれど。
「フェーン、あなた玄関番なのね。これはおあつらえ向き。素敵な男性が来たら私に教えなさい。真っ先に教えなさい。速攻で教えなさい。私の恋の成功は、フェーンの献身に懸かっていると言っても過言ではない! 頼りにしているわ!」
「えええええっ?」
「彼は何を驚いているの? アディ」
私は驚かなかったが、フェーンが驚くであろうことは理解できる。彼は姫様の奇行を知らないのだから。
フェーンが助けを求めるような目で私を見つめている。そんな目で見ないでほしい。私にフェーンを救う力などないのだから。
「期待しているわよ、フェーン!」
姫様は、とても楽しそうに笑った。
しゃべったり動いたりしなければ、姫様はどこに出しても恥ずかしくない令嬢だ。
だが残念ながら、姫様はしゃべったり動いたりするのだった。
◆
この城館の主、キルエルト伯ゲーメルドが入ってきたのはそのときだった。
「ん? あの若い騎士は……」
「愚息ですな。いつの間に、四の姫とあのような……」
フェーンの父がゲーメルドに応じた。通常、家臣が主家の人間の名を呼ぶことはない。四女のリリーメルは、四の姫、四姫などと呼ばれる。
「ふむ……」
仲良く楽しそうに会話しているように見える三人を眺めながら、ゲーメルドは思考を巡らせた。
次女の輿入れ先であるウグナペリン伯領への旅は、いい機会になるかもしれない。
「ウグナペリン伯領との往復の間、フェーンエルをリリーメル付の一人に加えよう」
「しかし、愚息は出仕を始めたばかり。経験不足ですが」
「他にもリリーメル付はいるのだ、心配あるまい」
「伯爵がそうおっしゃるのであれば」
「歳が近くて気安い者もいた方がよかろう。それに……」
「それに?」
「いや、よい」
リリーメルの奇行は予想し難い。訳の分からない男と訳の分からないことになってしまうくらいなら、いっそのこと人品骨柄ついでに家柄も悪くないフェーンエルでもあてがっておこうと考えたのである。
――フェーンエルは見栄えも良い。リリーメルも気に入っているのだろう。
だが、ゲーメルドは知らなかった。フェーンエルは既に「クルンッ」枠にされていたことを。




